私の素敵な思い出たち
◆千代草
また知ってる天井だ……
これが夢だったらどれだけ良かっただろうか……涙を流したまま眠りについてしまったせいで睫毛がパリパリに固まり、瞼を開けづらい。
窓の外を見ると家の外には夕闇が迫ってきていた。
牧場の生き物たちが、いそいそと小屋に戻ろうとしている姿が目に止まる。
私は違和感に気づいた。再びここへ戻った時、一番最初に気づかなければいけない事だった。
私がこの家に居ない時間は長かったはずなのに、家の中や牧場が綺麗に保たれている。
きっとリアだ。毎日ではないかもしれないけれど、彼が主なきこの場所を守ってくれていたのだろう。
「つらいなぁ……傷つくことも、傷つけることも……」
太陽が姿を消して暗くなった丘の麓に、チラホラとゆらめく数個の灯りが見えた。こっちに近づいてくる。
「あれは……? ……火?!」
私はハッとした。武装した騎士の集団がこの場所を目指しているのだ。見覚えのある旗印が灯りに照らされいる。
あれはリアの家の紋章だ。私を捕らえに来たんだ。
でもおかしい……この世界は魔王が消えて以来、地方の領主が許可なく騎士団を結成してなはらない条約が、国家間で定められていたはずなのに。
私は慌てて裏手から家を出て、山の中へ移動し、崖の上から家の様子を伺う。
私の家に到着した集団はやはりリアの家に仕える騎士団だった。全員が、まるで戦地にでも来たかように完全武装している。
「この家には人心を誑かす魔女、雫が棲んでいる! かまうことはない! 取り囲んで火矢を射て!」
騎士達を率いる者の号令が聞こえた。私は愕然とした……あれはリアの声だ。
一斉に放たれた火矢は、家と牧場に飛び、瞬く間に炎に包まれた。
小屋から飛び出す生き物達……中には火に包まれた子もいる。その凄惨な光景に私は口を両手で押さえた。
「魔女が出てきたらすぐに捕らえて首を刎ねよ!」
優男のリアの口から出た恐ろしい台詞に、私の体は震え上がり、自然と涙が出てきた。
とにかく今は逃げなきゃならない。
「崖の上にいるぞ!」
リアが私を見つけた。マズい! 追ってくる!
私は踵を返して森の奥を目指す。森の湖近くに、洞窟を改装して作った研究室がある。リアはそこの存在は知らないはずだ。
涙は止まらない。滲む視界の中、私は走りながらリアとの思い出を振り返っていた。
魔王を倒した勇者パーティの一員だった私を、快く領地に迎え入れてくれた日のこと……
リアが自分の綺麗な服を汚しながらも、一緒に牧場の整備をしてくれたこと……
一緒にピザを沢山焼いて、村の人に振る舞ったこと……
屋敷を抜け出して、私に会いに来てくれた夜のこと……
牧場の生き物達に囲まれて、一緒に歌った日のこと……
全部、忘れられない素敵な思い出だ。
そんな思い出の相手から命を狙われて逃げている自分が、情けなくて悔しくて仕方なかった。
途中で地面から飛び出た木の根に躓き、私は転んでしまう。振り返ると馬に乗ったリア達がすぐそこまで迫ってきている。
*次回、『悲喜交交』




