01. 異世界ハーレムに御用心!
2045年……衰退、腐敗した極東の国は、年間の行方不明者が14万人を超えた。その内の0.5〜0.7%ほどの人間が異世界へ旅立っているのだ。
事態を重く見た政府は、異世界へ逃れた者を連れ戻す組織、異世界転生救済課を発足したのだった。
※◆……一人称視点
◇……三人称視点
『嚆矢濫觴』
意:物語のはじまり、事の起こり。
◆英◆
「いぃぃーーやぁぁあーーッ!」
千代草の絶叫を、両耳を塞いでやり過ごした。俺は今、辟易している。
そのやかましさを例えるならば、密林奥地に棲息している怪鳥が、敵を威嚇する時の奇声……とでもするか。まぁ実際にそんな鳥がいるかは知らんが。
この小さい体から、どうすればそんな大声が出るのか不思議に思う。
奇声の主、千代草は、スーツの上に羽織っているフード付きカーディガンを頭から被り、真っ赤に染まった顔を両手で覆っている。俺が能力を使った時みたいに、蒸気が吹き出るのではないかと心配になる程だ。
やれやれ……
「だからお前は来るなと言ったんだ」
────とある異世界へやってきた俺達は、口を塞がれ、全身を複雑に縛られた男性救出対象者を無事に保護した(たぶん無事)。しかもコイツは下着一枚の姿だ。
「エッチ! 馬鹿! 変態ッ! 英さんの野獣! 私にこんなものを見せるなんて信じらんない!」
千代草は罵声を浴びせつつ、俺の腕をバシバシと何度も叩いてくる。大きな瞳にはうっすら涙が浮かんでいた。ちなみに悪い事をした心当たりはいっさい無い。
今回の任務は、【異世界転生して自分だけのハーレムを作り、ムフフなことをヤリたい放題】の世界に引きこもっている中年男性を連れ戻す事だ。
しかし、なんというか……コトの最中に乗り込んでしまったから、年頃の女の子である千代草はこの反応である。
俺たちが乗り込んだこのベッドルームには現在、全裸のスレンダーなエルフ、半裸の巨乳メイド、ギャル風の猫耳娘、目隠しされた褐色の少女の四人が恍惚の表情を浮かべて失神している。
そして床には、古今東西ありとあらゆる大人の玩具が……いや、これ以上は言うまい。
なんにせよ、直視するのも憚られる惨状(?)だ。
このオッサンひとりで全員の相手をしたのか? この救出対象者……精力強すぎるだろ。男として感心はするが、いつまでも情事の臭気がするこの部屋に居たくはない。
「そろそろ帰還するぞ、千代草」
転がって悶えている救出対象者と、顔を隠してしゃがみ込んでいる千代草の後ろ首を掴む。
「お前をこの異世界から排除する……帰還」
俺の声に反応して空間が捩れる。いつものことながらこの空間転送は、能力を使った後の目眩に似ているから苦手だ。現実世界に戻れるまで、俺はギュッと目を閉じている。
ほどなくして瞼の裏側に光を感じると、俺は瞳をゆっくり開いた。
今回のポイントR(※異世界からの帰還地点)は早朝の採掘場だ。朝日を直視してしまったことで自然と眉間に皺が寄る。
「おかえり、おふたりさん」
帰還した俺達を迎えてくれたのは、先輩の施覆花さんと、同期の南天だ。
今回の任務はこの四人で行なっている。
黒のスーツにベースボールキャップの施覆花さん。歳は俺より三つ上の先輩。昨年の『ニの十四号、菊田雫奪還任務』の最中、ドラゴンに左腕を食いちぎられる重症を負ったが、異世界転生救済課の医療班のひとり、桔梗の能力で回復。食いちぎられた腕は今ではちゃんと元通りになっている。
もう一人は、南天。右眼だけが夕陽のように赤い大柄の男。黒のスーツに革手袋を装着している。昭和の銀幕スターのような濃ゆい顔に角刈り頭。規律に忠実な堅物。俺より一つ年上の同期だが、そうは思わせない貫禄がある。ちなみに硬派を気取っているがムッツリスケベである。
「英、千代草、救出対象者、共に現世に還す完了」
「予定より三分三十二秒遅い……お前、遊んでたのか?」
仏頂面の南天は、自分の腕時計を、反対の手の指でトントンと軽く叩く。
「遊んでねーし。細かいこと言う奴はモテねーぞ。てゆーか、お前行きたかったんだろ? 異世界のハーレム」
「ふん! オレは硬派なんだ。興味ない。そんな腐った性癖の救出対象者とは違う」
腕組みをして、なぜか誇らしげな南天を見てイラッとした俺は、救出対象……オッさんのケツをばちんと平手で叩く。
「んふぅ!」と言って身をよじるオッさんの反応が俺の不快感を煽った。
「ほんで、なんで千代ちゃんは拗ねてるん? 英、お前またなんかやらかしたん?」
施覆花さんは、頭からフードを被って三角座りをしている千代草を見て訊ねた。
「施覆花さん! 南天さん! 聞いてくださいよ! 英さんが私にセクハラをッ!!」
千代草は、赤い顔をバッとあげてとんでもない事を言いはじめた。ショートカットの髪型からのぞく耳も真っ赤だ。
「うおおいっ! 馬鹿な事を言うな! お、俺はお前に何もしていないぞ!」
聞き捨てならない発言に慌てて反論する。
「せ、セクハラだと……これは、九鬼班長に報告せねば……」
南天も頬を赤らめて呟く。
「英、お前、いきなり部屋に転送したやろ? もしかしてヤッとる最中やったんか? もっと気ぃつけたれよ」
施覆花さんは、やれやれといった感じでキャップのツバの部分を摘んで俺に言った。
「英さんはもっと、救出対象者と私の心情に寄り添ってください!」
みんな好き勝手言いやがると思い、頭を掻いたその時……
ピピッ! ピピッ!
イヤホンが二連二拍の警告音を告げた。
それは異世界を往来した時に生まれる次元の歪みから、追跡者が襲来した事を意味する。
俺達四人はすぐさま四方に散った。
俺はオッサンを隅の方にぶん投げる。裸のまま採掘場の砂利の上に転がしてしまったが、今はそれどころではない。かなり痛いだろうが死にはしないだろう。
俺たちは空中に発生した次元の歪みを注視する。
「隔離結界! うつしよとのわかれ!」
さっきまでウダウダ言っていた千代草が、気持ちを切り替えて素早く採掘場全体に結界を張る。これでこの場所の空間の時間は現世より隔離された。
────この国では今、出所が不明な異世界転生アプリ『ネペンテス』が水面下で流行の兆しを見せている。
そのアプリを使って異世界転生を果たす失踪者が急増しているのだ。
異世界から救出対象者を連れ戻した際、高い確率でその世界から追跡者がやってくる。救出対象者を殺すために。
追跡者のほとんどは、救出対象者が異世界で親しくしていた者だ。家族だったり、恋人だったり、ペットだったり。
今回の追跡者……どんな奴が来るのか大体の予想はついていた。
────俺たちが睨みを利かせている歪みが、横に広くたなびくと、空間がべろんとめくれ、中から四体の追跡者が飛び出してきた。
「やっぱりコイツらか」
「なんや、目に優しい格好やなぁ」
「くっ……鼻血が……出そうだ!」
「ちょっと! 服くらい着てきなさいよッ!」
俺たち四人の反応は千差万別。
「ようこそ! 客間へ!」
施覆花さんが戦闘開始の合図を告げた。
迫る敵は、瞳を紫に光らせ、鬼気迫る表情の四人の追跡者。先程の女性らしい容姿からは一変して異形の者へと姿を変えていた。
両腕が蔓のように長く変化したエルフが施覆花さんへ
大量の血濡れの包丁を自分の周囲に浮かばせているメイドは南天へ
全身の関節があらぬ方向に曲がり、顔を全て覆い隠すラバーマスクを被った褐色の少女は千代草へ
巨大な虎の獣人になり果てた猫耳の女が俺へと、それぞれが向かってくる。
「一人一殺や! みんな、死ぬなよ!」
*次回『蔓と隠れ蓑』




