異世界転生して、スローライフを送っていた少女 後段
◆英◆
マジかよ? それってめっちゃ疲れるやつじゃん……
九鬼班長の気まぐれな言動に俺は頭を掻き、わざとらしく大きな溜め息を吐いた。
濡れて顔に貼りついた髪を両手でかきあげ、菊田に聞いた。
「さっきお前が言ってたペットってのは、あのドラゴンのことか? ご主人様の後を追ってくるなんて健気な奴だな」
ネクタイを少し緩める。
「十二の穢悪よ、我が肉体に宿れ……」
俺は血流の中に魔力を流し込んだ。これは身体能力を向上させる俺だけの手段だ。
体は高熱を纏い、周りの雨が蒸発して赤い蒸気を上げる。
三年前、異世界転生して魔王になった時に手に入れた特異能力。
本来ならば、異世界で得た『魔法』『スキル』『レベルの概念』は現実世界へ持ち帰ることは出来ない。だが俺は“特別”だ。
「ちょっと! シロに何をする気なのッ!?」
「悪いが、アイツをこの世界からの排出する」
グオォォォーーッ!!
俺の魔力を感知したドラゴンが大気を震わせるほどの咆哮をあげた。ぬかるんだ地面を蹴り上げ、まっすぐこちらに向かって突進して来る。
俺はジャケットの内ポケットから、短刀を二本取り出し、その一つをドラゴンに向けて投げつけた。
短刀の刃先はドラゴンの眉間に当たったが、跳ね返されて地面に落ちる。鱗の皮膚は鉄のように硬い。
だがそれは想定内……ドラゴンの近くに落とせればそれでいい。
短刀の柄には長い鎖がついてあり、俺が握っているもう一本の短刀と繋がっている。
ドラゴンの前足での攻撃を避け、尻尾を使った攻撃は飛んで躱した。俺は握っている短刀を縦に、鞭のようにしならせて振る。
すると、落ちていた短刀が地面から反発するように勢いよく跳ね上がり、先端がドラゴンの喉元、鱗で覆われていない柔らかい部位に突き刺さった。
「ガェッ!」
苦しむ声を発したドラゴンは、突き刺さった短刀を抜くために激しく首を振って暴れる。だが、先端には返しがついているため、そう簡単には抜けない。
好機だ。魔王の権能を発動させる。
「これで終わらせる……出てこい! 肆の穢悪! 魂を奪い取る死神!」
握っている短刀から、ドラゴンに刺さった方の短刀へ魔力を流し込む。するとドラゴンの喉元に紅い霧が発生した。
その霧が短刀に集まると、忽ち髑髏の死神の姿へと変化し、手にしている大きな鎌をドラゴンの首へ振り下ろした。
鎌が首をすっと通り抜けると、ドラゴンの動きがピタリと止まる。目から光が失われると、ズシンとゆっくりとその場に倒れた。霧の死神はドラゴンに外傷を与えることなく命を奪った後、すぐに霧散した。
何が起きたのか理解できていない菊田は呆然と立ちすくむ。
俺は能力を解除する。直後、目眩により平衡感覚を損なった。この力は魔力と体力を消耗し、使用後は反動で目眩や頭痛、動悸などの身体異常が起きる。
「見事だ英。私が以前見た拾壱番目の穢悪よりはるかに強力だったな。やはりその分、消耗は激しいのか?」
いつのまにか俺の隣にいた九鬼班長は、またタバコに火を付けていた。煙を燻らせ、指をパチンと鳴らす。結界を解く仕草だ。このグラウンドは、再び外の世界と繋がった。
菊田が倒れたドラゴンに駆け寄り、何も言わずに身を寄せる。
俺は班長を恨めしそうな目でじっと見つめる。目眩が落ち着いたら──
「なんで班長がやらなかったんですか? あと、煙たい」
──そう言ってやろうと思っていたが、その言葉は奪われた。
「なんでアンタがやらなかったんだ……それと、煙たいって顔しているな」
班長はくくくと笑っている。
……なんでわかるんだよ。
ジト目で見る俺に、班長は指を二本立てた。
「では、私が戦わなかった理由は二つ。まず、私の戦い方は汚い。戦斧でドラゴンを必要以上に痛めつける可能性があった。仮にも彼女のペットだったドラゴンだ。酸鼻な姿は見せたくなかった」
「それと、単純にこの場所が汚れる。あとの掃除が大変だ。」
班長はドラゴンを抱きしめている菊田を見て煙をゆっくり吐いたあと、タバコを携帯灰皿へ捨てた。
「救出対象者の心情に寄り添って、もっとも苦しまない方法で倒しましたよ」
俺はわざとらしくゆっくり言った。
「上々……だが、妙だな」
九鬼班長が顎でドラゴンの方を指し示す。
「………消えてない!」
異世界の住人である追跡者は、こちらの世界で死ぬと肉体が崩壊して炭化するはずだが、それが起こっていない。一体なぜ……?
アンカーを使って必中効果を付与した死神の鎌は、確実にドラゴンの魂を刈り取ったはずだ。
雨に濡れている菊田とドラゴンをよく見ると、周囲を仄かな光が包んでいた。菊田は瞳を閉じて何かを呟いている。それは詠唱だった。抗魔法『神力』を帯びている。
死んだはずのドラゴンの瞳に色が蘇った。その色は紫ではなかった。
「あれは……蘇生魔法!?」
「希少種だ……どうやら彼女も英同様、異世界での能力をお持ち帰りしているらしいな」
アイツは魔法使いではなく神官だったのか?
蘇生魔法なんて、相当高度な演算を必要とするはずだが……それを、次元もエネルギー法則も違うこの現実世界でやったのか? この短時間で?
「シロ! よかった!」
泣いて喜んでいる菊田の頬を、ドラゴンが犬のように舌で舐めとる。本当に懐いているペットのようだ。
ドラゴンだろうと人だろうと、追跡者と成り果てた者は、異世界の外へ出た者を分別なく襲うはずだ。この世界で人に懐くなどありえない。
もしかすると、死んで蘇れば正気に戻るのか!?
「さて、現時刻をもって救出対象者の奪還作戦は別プランに変更する」
九鬼班長はニッと笑った。
本気かよ?
まぁ、死者を生き返らせる能力を持った人間が、現実世界に誕生してしまったのなら、悪用される前に取り込むしかないよな……
異世界転生者救済課に。
◆一年後 ◆
晴れ渡った空の下、とあるビルの屋上に私達はいた。
「悪いが、お前は今日からまたこの世界で生きてくれ」
この人は学習しないなぁ……私の時と同じセリフを言っている。
それ、異世界から無理やり連れ戻されて失意の底にいる人に掛ける言葉じゃないでしょ。
「英さん、救出対象者の心情に寄り添えって言われてますよね?」
彼はジトっとした目を私に向けながら反論してきた。
「心情に寄り添えっていうなら、まずはそのドラゴンをしまえよ。救出対象者がビビるだろう。何よりデカくて目立つ」
「それは結界を張っているのでご心配なく。それにシロは可愛いからいいんですよ。ほら、ピンクの首輪がオシャレでしょ? 誰かさんが付けた傷も隠せるし。ねぇ? シロ」
私の隣でちょこんとお座りしているシロは、ぐるると声を鳴らして頬ずりしてくれた。
「はぁ……お前と一緒だと調子狂うわ」
彼はため息を漏らした。
「あははっ」
突然聞こえてきた笑い声の方を向くと、フェンスにもたれかかり、タバコを指にはさんでいる九鬼班長を見つけた。
「班長! いらしてたんですね!」
声色が自然と上がった。
九鬼班長は私を見て微笑んでくれた。
「ああ……久しぶりだな、千代草。息災か?」
「はい! 元気いっぱいです!」
私は背筋を伸ばし、言葉の通り元気よく返事をした。
「おい、対象者を運んでやれ」
九鬼班長が、隣に連れていた黒いスーツを着た二人に指示すると、救出対象者を連れて行った。
「班長ぉ、なんで俺とコイツを組ませたんですか? コイツは桔梗と一緒に回復要員として内勤に就かせるべきだったでしょう」
「本人たっての希望だ。それに、こんなに可愛らしい後輩が、バディはお前がいいと指名したんだ。もっと喜べ、英」
煙を吐き出しながら嬉しそうにそう言った班長を、彼は恨めしそうな目で見ている。
「九鬼班長が不在の時は、私が英さんの性根を叩き直してあげますから、覚悟してくださいね」
親指を立てて彼にウィンクすると、オエッと吐き出すジェスチャーをされた。
ちょっとムカついたので……
「シロ、英さんが遊んでくれるそうよ〜」
私はシロをけしかけると、シロは喜んで犬のように彼を追い回す。
「おい! やめろバカ! こいつをしまえ!」
屋上をぐるぐる回る英さんとシロを見て、私と班長は声を出して笑った。
「お前たちはいいコンビになるよ。千代草、英の事を頼んだぞ」
九鬼班長は私の頭を優しくポンポンと叩いてくれた。
「了解です! 班長!」
私は元気よく返事をした。
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読了、ありがとうございました。これにて序章、終わりです。
次話から本格的に、異世界転生救済課の物語が始まります。希少種、千代草を迎え入れた九鬼班に巻き起こる事件とは……
今後の展開を是非お楽しみください。
☆を★に変えていただけたら嬉しいです!(*≧∀≦*)
ブクマ、リアクションも大歓迎!
*次回、男性の願望! 『異世界ハーレムに御用心!』




