異世界転生して、スローライフを送っていた少女 中段
*次回、『序幕、後段』
◆英◆
ドラゴンが巨体を地面に叩きつけると同時に、九鬼班長は結界を発動した。グラウンドを透明な膜のような物が包む。
これでこのグラウンド内の空間と外の空間は切り離された。外での時間は停止し、結界の内側の時間だけが進む。
落ちてきたドラゴンのすぐ近くで、俺たちと同じ服装の人影が見えた。
「経緯報告ッ!」
班長はドラゴンを見据えたまま二人に要求する。
「俺たちが数匹の思念体を倒した四分後、幼体のドラゴンが次元の歪みより出現! 暴走状態を示す紫色の瞳だった為、戦闘回避は困難と判断! 即時、ドラゴンを送り返す作戦を敢行! その最中にコイツが左腕を欠損しました! 現在、歪みは消失! いずれも九鬼班長がタバコ休憩と称して現場を離れた後です!」
「すんません班長! 左腕、いわされました!」
一人の男の左腕は肩から先が無かった。ドラゴンを見ると、鋭い牙の間からは、だらんとぶら下がる前腕が覗いていた。
「戦闘禁止と言ったはずだが……いや、現場を離れた私の判断ミスだ。あのドラゴンの目の傷はお前たちがつけた傷か!?」
白いドラゴンの右目には、縦に切られた痕がある。
「いえ、あの傷は最初からついてました! オレらの攻撃ではかすり傷すらつかへんかったです!」
「ドラゴンへの斬撃、銃火器、効果無し!」
「二人は本部へ帰還! 医療班に傷を直してもらえ! ここは私と英が引き継ぐ!」
「了解!」
彼らは直ぐに現場を去ろうとした。その時、腕を失った仲間が俺に向けて「頑張りや、ルーキー」とだけ言い残して煙のように消えた。
まだ幼いとはいえ、暴走状態のドラゴンだ。危険度は高い。ドラゴンはグルルルと喉を鳴らしながら九鬼班長の前に立ちはだかったままだ。
「あの目の傷……シロ?」
菊田はそう呟くと立ち上がり、ふらふらとした足取りでドラゴンに近づこうとした。
「シロ! シロだよね!? 私よ! 雫だよッ!」
ドラゴンは叫ぶ菊田の方へ首を回す。しかし、威嚇するようにグルルと喉を鳴らすだけで好意的な反応は無い。瞳の色は依然として暴走を意味する紫色のままだ。
「おい、危ないぞ! 下がれ!」
俺は菊田の腕を掴んでドラゴンに近づくのを止めた。班長のサポートに回りたいが、今は菊田を抑えておかなきゃならない。しかしまぁ、班長ならドラゴンくらい余裕で倒してしまうだろう。
「英! お前がコイツの相手をしろ!」
はい?
「私のせいで、部下が腕を一本取られてしまった。本当なら私が責任を取るべきだが……お前のあの力をもう一度見せてほしい」
九鬼班長は巨大な戦斧を手品のようにフッと消すと、両手をあげてドラゴンからゆっくり距離を取った。
「英、一番スマートなやり方で逝かせてやれ」
班長は意地悪そうな笑顔を俺に見せた。
俺は嫌そうな顔を班長に返す。
マジかよ? スマートって、それってめっちゃ疲れるやつじゃん。
九鬼班長の気まぐれな言動に俺は頭を掻き、わざとらしく大きな溜め息を吐いた。濡れて顔に貼りついた髪を両手でかきあげ、菊田に聞いた。
「さっきお前が言ってたペットってのは、あのドラゴンのことか? ご主人様の後を追ってくるなんて健気な奴だな」
ネクタイに指をかけ、少し緩める。
「十二の穢悪よ、我が肉体に宿れ……」
体内の血流に魔力を流し込んだ。これは身体能力を向上させる俺だけの手段だ。体は高熱を纏い、周りの雨が蒸発して赤い蒸気を上げる。
三年前、異世界で魔王になった時に手に入れた特異能力。本来ならば、菊田雫のように異世界で得た『魔法』『スキル』『レベルの概念』は現実世界へ持ち帰ることは出来ない。だが俺は“特別”だ。
「ちょっと! シロに何をする気なのッ!?」
「悪いが、アイツをこの世界からの排出する」




