異世界ハーレムにご用心
「いぃぃーーやぁぁあーーッ!」
千代草の絶叫を、俺は両耳を塞いでやり過ごす。
そのやかましさを例えるならば、ジャングルの奥地に棲息しているカラフルな怪鳥が、天敵を威嚇する時にでも発する奇声……と言ったところか。
この小さい体からどうやったらそんな声が出るのか不思議だ。
奇声の主、千代草は、真っ赤に染まった顔を両手で覆っている。耳まで赤い。俺みたいに蒸気が出るのではないかと心配になる。
このおぼこい反応をしている千代草は俺のバディだ。去年からだいたいの任務はコイツと一緒に遂行している。もうすぐ丸一年が経つ。
やれやれ、今日は特別騒がしい日だ……
「だからお前は来るなと言ったんだ」
裸で縛られている男性救出対象者を無事に(たぶん無事だろう)保護した俺は辟易している。
「エッチ!馬鹿!変態ッ!英さんの野獣!信じらんない!」
千代草は俺に罵声を浴びせながら、俺の腕をバシバシと何度も叩いてくる。大きな瞳にはうっすら涙が浮かんでいた。ちなみに俺には悪い事をした心当たりはいっさい無い。
今回の仕事は、『異世界転生して自分だけのハーレムを作ってあんなこと、こんなことヤリたい放題』の世界に引きこもっている中年男性を現世に還すことだ。
まぁ、汚いオッさんが美女集団に囲われる展開ってやつだな。
しかし、なんというか…コトの最中に乗り込んでしまったから、年頃の女の子である千代草はご覧の反応だ。
俺たちが乗り込んだこのベットルームには現在、全裸のスレンダーなエルフ、半裸の巨乳メイド、ギャル風の猫耳ケモナー、目隠しされた褐色の少女が恍惚の表情を浮かべて失神している。
そして床には古今東西あらゆる玩具が……いや、これ以上は言うまい。
なんにせよ、直視するのも憚られる惨状だ。
コイツひとりで全員の相手をしたのか?この救出対象者…性豪すぎるだろ……。
このオッさ……救出対象者から、やいのやいの言われたくないので、既にガムテープで口を塞いでいる。ちなみにこの男は、下着一枚姿で縛られているが、これは俺達が突入する前からだ。まぁ、プレイの一環だろう……
「帰還するぞ、千代草」
転がってフーフー言ってる救出対象者と、顔を隠してしゃがみ込んでいる千代草の後ろ首を掴む。
「帰還」
俺の声に反応して空間が捩れる。いつものことながらこの空間転送は、俺の中に宿した穢悪の能力を酷使した時の目眩に似ているから苦手だ。現世に戻れるまで、俺はギュッと目を閉じている。
閉じた瞼の裏側に光を感じると、俺は瞳をゆっくり開いた。
今回のポイントRは早朝の採掘場だ。眩しい朝日を直視してしまったので眉間に皺が寄る。
「おかえり、おふたりさん」
帰還した俺達を迎えてくれたのは、先輩の施覆花さんと、同期の南天だ。
今回の任務はこの四人で行なっている。
黒のスーツにベースボールキャップの施覆花さん。俺より2つ上の先輩。昨年の『ニの十四号、菊田雫奪還任務』の最中、ドラゴンに左腕を食いちぎられる重症を負ったが、異世界転生救済課の医療班のひとり、桔梗の能力で回復。無くなった腕は今ではちゃんと元通りになっている。
もう一人は、南天。右眼だけが夕陽のように赤い大柄の男。黒のスーツに黒の革手袋を装着している。昭和の銀幕スターのような濃ゆい顔に角刈り頭。規律に忠実な堅物。俺より一つ年上の同期だが、そうは思わせない貫禄がある。ちなみに硬派を気取っているがムッツリスケベである。
「英、千代草、救出対象者、共に現世に還す完了」
「予定より三分三十二秒遅い……」
仏頂面の南天は、自分の腕時計を、反対の手の指でトントンと軽く叩く。
「細かいこと言う奴はモテねーぞ。お前らこのオッさ…、この救出対象者みたいに、性癖こじらせたいのかよ?てゆーか、お前行きたかったんだろ?異世界のハーレム」
「ふん!オレは硬派なんだ、興味ない!そんな腐った性癖の救出対象者とは違う」
腕組みして誇らしげな南天を見てイラッとしたので、救出対象……オッさんのケツをばちんと平手で叩く。
「んふぅ!」と跳ねるオッさんの反応が、余計俺の不快感を煽った。
「ほんで、なんで千代ちゃんは拗ねてるん?英、お前、またなんかやらかしたん?」
「施覆花さん!南天さん!聞いてくださいよ!英さんが私にセクハラをッ!!」
施覆花さんの問い掛けに、ガバっと顔をあげた千代草はとんでとない事を言いはじめた。
「うおおいっ!馬鹿な事を言うな!お、俺はお前に何もしていないぞ!」
聞き捨てならない発言に慌てて反論する。
「これは、九鬼班長に報告せねば…」
南天は頬を赤らめて呟く。
「英、お前いきなり救出対象者の部屋に転送したやろ?ハーレム設定の異世界やぞ。ヤッとる最中やったんか?もっと気ぃつけたれよ」
施覆花さんは、やれやれといった感じでキャップのツバの部分を摘んで俺に言った。
「英さんはもっと、救出対象者と私の心情に寄り添ってください!」
みんな好き勝手言いやがると思い、頭を掻いているその時だった。
ピピッ!ピピッ!
イヤホンから鳴る二連二拍の警告音。
それは異世界を往来した時に生まれる歪みからの追跡者襲来を意味する。
俺達四人はすぐさま四方に散った。
俺はオッサンを隅の方にぶん投げる。裸のまま採掘場の砂利の上に転がしてしまったが、今はそれどころではない。かなり痛いだろうが死にはしないだろう。
俺たちは中空の歪みを注視する。
「隔離結界!うつしよとのわかれ!」
さっきまでウダウダ言っていた千代草が、気持ちを切り替えて素早く採掘場全体に結界を張る。これでこの場所の空間の時間は現世より隔離された。
この国では今、某国が開発した異世界転生アプリ、『ネペンテス』。別名『靫葛』が水面下で流行の兆しを見せている。
そのアプリを使って異世界転生を果たす失踪者が急増しているのだ。
俺たち『異世界転生救済課』は、現世から逃げ出し、異世界で引きこもっている者を連れ戻す仕事をしている。
異世界転生より救出対象者を連れ戻した際、高い確率でその世界から追跡者がやってくる。夢の外へ逃げた救出対象者を殺すために。
追跡者のほとんどは、救出対象者が異世界で親しくしていた者だ。
家族だったり、恋人だったり、ペットだったり。
今回の追跡者……どんな奴が来るのかぼぼ予想はついている。
俺たちが睨みを利かせている歪みが、横に広くたなびくと、空間がべろんとめくれ、中から四体の追跡者が飛び出してきた。
「やっぱりコイツらか…」
「なんや、目に優しい格好やなぁ」
「くっ……鼻血が……出そうだ!」
「服くらい着てきなさいよッ!」
俺たち四人の反応は千差万別。
「ようこそ!客間へ!」
施覆花さんが戦闘開始の合図を告げた。
迫る敵は、瞳を紫に光らせた鬼気迫る表情の四人の追跡者。先程の女性らしい容姿からは一変して異形の者へと姿を変えていた。
両腕が蔓のように長く変化したエルフが施覆花さんへ
大量の血濡れの包丁を自分の周囲に浮かばせているメイドは南天へ
全身の関節があらぬ方向に曲がり、顔を全て覆い隠すラバーマスクを被った褐色の少女は千代草へ
巨大な虎の獣人になり果てた猫耳の女が俺へと、それそれが向かってくる。
「一人一殺や!みんな、死ぬなよ!」
*次回、『蔓と隠れ蓑』




