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異世界転生救済課─「お前をこの異世界から排除する……」【ロストチルドレン】  作者: ねず ただひま
脚下照顧(きゃっかしょうこ)の章

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18. 昔日の記憶 三

◆英《はなぶさ》◆


 

 魔王の権能の行使。先ほど取り込んだ十二の穢悪《エオ》の力を解放する。全身に力が漲《みなぎ》り、腹の底から魔力が湧き上がってきた。ドクンドクンと痛いくらいに強く脈を打つ。破壊の衝動は俺の心のドス黒い沼に沈み、殺意へと生まれ変わった。


 殺す……


 殺す……


 こいつを殺すッ!


 全身から赤い蒸気を吹き出している俺を見て、女は驚いた顔をしている。


「首を捻じ切ってやろうか? それとも腹に穴でもあけてやろうか? どっちにしろ楽に死ねると思うなよ」


「キミは……まさか、希少種《レアケース》なのか!?」


 女がそう呟くが早いか、俺は拳を振り上げて飛びかかっていた。


 女は再び巨大な戦斧を出現させて俺の一撃を受け止めたが、かまうことなく力任せに押し切った。


 女は吹っ飛び、岩場に背中を強く打ちつけ、両膝を地面につけた。


 束ねていた髪がほどけて顔を覆ってしまい、その表情は見えない。


「どうしたぁ!? 立てよ、オバサン! 更年期かぁ!?」


 女は両手をだらんとぶら下げたまま、ゆっくり立ち上がる。乱れた髪を両手でかきあげて後ろに撫で付ける。その表情は崩れていなかった。攻撃が効いていないのか、それとも強がっているのか分からない。


「キミのその『怒り』の根源はなんだ? 別に、私がキミを現実《こっち》へ連れ戻したからではないのだろう?」


「俺の怒り?」


 女の話す声のトーンが、少し穏やかに、優しく感じられた。俺は荒い呼吸を落ちつかせてから答えてやる。


「それはな、世界の理不尽に抗えなかった俺への怒りと、弱者を救わない神への怒りだ。お前、知ってるか? 神ってやつは、乗り越えられない試練は与えないそうだ……でもな」


 女は憐れむ様な目で俺の言葉を聞き入っている。


「俺の知ってる神は、与えられた試練に悩み、苦しむ者を最後に裏切ったんだ! 絶望の淵に立った者の背中を押して、地獄に突き落とすクズだったぞ!」


「……それは、キミの母親が亡くなった事と関係があるのか?」


「チッ、俺のことを調べてたのかよクソが……」


 俺は十壱の穢悪《エオ》の一つ、柄を握る騎士(グラスプ)を背後に召喚した。それは堅牢な鉄甲を装着した二本の巨大な両手。そいつを女に向けて飛ばした。


「掴んで捻り殺す!」


 女は向かってくる巨大な両手のひとつを戦斧で叩き落とし、もうひとつの攻撃を高く跳んで躱《かわ》した。


「元気いっぱいじゃねーか! これはどうだ!? 質《しち》の穢悪《エオ》! 逆さ首の道化師(スラッカー)!」


 空中で身動きが取れない女に向かって数本のロープが勢いよく伸びる。だが、ただ真っ直ぐ伸びるだけのロープは、すべて戦斧で斬られてしまい、やすやすと女の着地を許してしまった。


「私が倒した悪魔の数だけ技が出せるのか? 素晴らしい。だが遅く、範囲が広すぎる。狙った対象に必ず当てる工夫が必要だ。」


「う……うるせぇ……講釈たれてんじゃねーよ!」


 連続して穢悪《エオ》を使ったせいか、俺は急激な疲労と目眩に襲われていた。視界が歪み、女が二人に見える。


「最初の強烈な一撃……あれは魔力を血中に混ぜて身体能力を底上げした攻撃だったのだろう? そして、悪魔達の技を使う度に、キミは体力を消耗している」


 女の声が水中に潜っている時のようにくぐもって

聞こえる。攻めているハズなのに、疲れているのは俺の方だ。


 なんてことはない、まだやれる! コイツを殺してから死んでやる!


 ガランッ!


 女が突然戦斧を手離し、地面に転がした。


「はぁ? 降参かよ? じゃあ今から殺してやるからそこを動くなよ……」


 俺が平衡感覚を失ったまま足を前に出した時だった。


「廣田英臣《ひろたひでおみ》さん……異世界の能力を持ち帰ってしまったキミは、もうここでは普通の生活を送ることは出来ない」


「……だろうな……この世界で普通じゃなくなった俺は、お前を殺してこの世界も壊してぜんぶ終わらせてやる」


 込み上げてくる気持ち悪さを我慢しながら女へ歩みを進める。


「私から頼みがある……一緒に、キミのように間違えた夢を見ている人を救ってやってはくれないだろうか?」

 

 女はあまりに唐突で、ふざけた事を口にした。だが、先ほどよりずいぶん柔らかな口調だったせいか、その言葉はすんなりと俺の心に溶け落ちた。


 そして、女は濁りのない澄んだ瞳で、真っ直ぐに俺を見てこう言った。


「彼らを助けてほしい……」

『英臣、助けて……』


 魔力を血流に流し込んだ代償なのか、疲弊しきった俺の脳内には優しい母親の声と顔が浮かんだ。


 だが、その顔はすぐに目玉と舌を飛び出させた紫色の顔になり、俺の心臓はドクンと強く脈打ち、胃の中のモノを全て吐き出してしまった。


 そこから動悸は一気に激しいものとなった。大きく口を開けて酸素を求めるが上手く吸えない。パニックになった俺は胸を押さえて膝をつく。


 呼吸が苦しい。


 脈が煩《うるさ》い。


 全身からベタついた汗が吹き出る。


 生命存続の危機を告げる警告音《アラーム》が鳴り響く。


 視界がオレンジ色に染まる。


 天井から首を吊ってぶら下がる母さんが静かに揺れる。


 弟の呼吸は止まってしまった。


 ピーッ……ピーッ……ピーッ……ピーッ……



『英臣……』



 ………



 ────目を開くと、俺は落ち着いた視界を取り戻していた。夜の静寂の中で星たちが瞬いている。


 どれくらいの時間気を失っていたのだろうか……俺の頭はいつの間にか、正座をしている女の膝の上にあった。


「ほんの少しだけでもかまわない……教えてくれないか? キミのことを」


 俺を逆さまに覗き込む女の顔は、戦っていた時とはまるで違う優しいものだった。





*次回、『昔日の記憶 四』

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