昔日の記憶 五
◆英
「あー、万年青班長、こちら施覆花。ポイントRで救出対象者と九鬼さんを回収。現在護送中です。二人は激しく戦闘をしたようで、九鬼さんは怪我しとります。追跡者は現れませんでした……了解です」
……
揺れるトラックの荷台の幌の中で、俺は毛布をかけられて横たわっている。さっきまで背中にあった芝生の感触とは違った固い簡易ベッドの上で、振動ではためく天井をみつめていた。
顔を横に向けると、あの女……九鬼と、おぐるまという男が並んで座り、揺られながら二人はタバコを吸っている。
ふと九鬼と目が合った。彼女の目はまだ少し赤く、腫れたままだった。俺はとっさに顔を反対側に向ける。
さっき心情を吐露し、気の済むまで泣いてからは、ずっと黙っているので正直居心地が悪い。
気まずい空気の中、さっきまで本気で殺すつもりで戦った相手に俺は謝罪した。
「オバサンって言って……悪かった」
俺が小声でそう言うと、少し経ってから、九鬼のフフっと笑う声が背中に聞こえた。
「はぁ? ガキお前コラ! こんな若くてべっぴんでナイスバデーな九鬼さんのどこがオバハンやねん!」
おぐるまって奴が予想外の反応を見せた。
関西弁の奴がうるさい車内で、俺はこれからどうなるのか自分の手を見つめて考える。
手からは異世界にいた時と同じ魔力を感じられる。普通、異世界からこ現実世界へ戻ると、あちらの世界で使えたチートや魔法の類は、一切使えなくるとさっき聞いた。だが、先ほどの九鬼との戦闘で穢悪の能力は普通に使えた。どうやら俺は特別らしい。
この人達は何者なのか……異世界とはいえ、大量の人を殺した俺は罪に問われないのか……俺の能力が何に使えるのか……
不安なことばかりだが、もう疲れた。今はもうこの固いベッドの上で眠ろうか……
「おぉいガキッ! こっちを向けぇい! 俺が今から九鬼さんの素敵なところを百個……いいや、百億個紹介したるわ! まずはひとつ目! 美人! ふたつ目! 美女!……みっつ目! 綺麗! よっつ目! っておい、聞いとんのかコラッ!」
この……おぐるまって奴、うるさいな
―――
目が覚めると、俺はオフィスのソファーで横になっていた。体にはカーディガンがかけられている。いつの間にこんな深い眠りについていたのだろうか……
時計の針は午後十一時を指していた。
部分的に消灯している静かなオフィスの奥側で、一箇所灯りが点いている事に気がついた。
そこからタイピングの音が聞こえる。俺が上体を起こすと、革のソファーがメリメリと軋む音を立てる。すると同時にキーボードを叩く音が止んだ。
「あ、起きました? 英さん」
奥にいたのは千代草だった。
千代草はペットボトルの水を持って俺のところへ来てれた。
俺はソファーに座り直して聞いた。
「みんなはどうした?」
「先に帰っちゃいましたよ」
俺は千代草からペットボトルを受け取り、水を一度口に含んでから飲み込んだ。
「お前ひとりか?」
周りを見渡す。
「ええ、残って報告書を作ってましたから」
千代草はそう言うと立ち上がり、ロッカーからゴミ袋を取り出し、散らかったテーブルの上を片付けはじめた。
俺が起きるまで片付けるのを待っていたのか……
立ちあがろうとした時、体に掛けられていたカーディガンがずれ落ちそうになり、俺はそれを掴んだ。
「あぁそうだ、このカーディガン……」
「ん?」
「これ、千代草のだろ? ありがとう……」
俺がそう言うと、千代草は片付けている手を止め、大きな瞳をさらに大きく見開いた。目を数回ぱちくりとさせた後、ポケットからスマホを取り出して俺に向ける。
「おい、なんのつもりだ?」
「もう一回言って下さい! 英さんが私にお礼を言うなんて希少な事ですから! 動画にして班のみんなと共有します!」
「はぁ!? ふざけんな、二回も言うかよ、バーカ!」
「あ、馬鹿って言いましたね? これもう撮ってますから! 上に報告してパワハラ案件にしますよ!」
「ざけんな! 誰か撮っていいっつったよ! そもそもお前は……」
少し開いた窓の隙間から、春風が桜の花びらと共に舞いこんだ。
この日は、九鬼班のメンバー全員が揃った最後の日だった。
*次回、『急襲』




