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灰色の闇の中を私は走っていた。死に物狂いで駆けていた。何処までもぶよぶよとした地面が続き走りにくい。
後ろからぺたぺたと足音が追い掛けてくる。何が追掛けて来るかは知っていた。
振り返らなくても解る。奴だ!短距離陸上選手の様に蛙が二本足で走り追い掛けて来ているのだ。渾身の力で全力疾走していた。心臓は口から飛び出しそうだった。だが恐怖が身体中を包み、足は震えで力が入らず直ぐにでも力尽きそうだった。それでも恐怖に背中を押されに走らずにはいられなかった。
ぺたぺた響いて来る足音のテンポが変化した。ぺたっ・・・と間が空きぺたんと音がする。奴は飛び跳ね始めたらしい。戦慄が走る。追い付かれると思った途端、脚は鉛の固まりみたいに重くなり身体から力が抜けて行った。
ペたっ・・・ぺたん。ペたっ・・・ぺたん。と徐々に足音が近づいて来る。狼狽え、速度を上げようとしたが力の抜けた膝に足がもつれ転んでしまった。頭に大量の血液が流れ込みこめかみがどくどくと脈打ち頭の中が真っ白になる。背後からはどんどん足音が迫ってきていた。
後を振り向く勇気は無かった。逃げるためにひたすら前方へと必死でぶよぶよとした地面を手足で掻きむしり這いずり回った。
伸ばした手の先で突然、地面が渦を巻き始める。絶望が身体中を貫く。
目の前の渦から湧き出した蛙が底知れぬ闇を宿した真っ黒な目で何か言いたげに此方をじっと見つめていた。外鼻孔をひくひくと律動させ、白濁した半透明の瞬膜が瞬きを繰り返していた。気が付くと辺り一面に無数の渦が現れ始めている。無数の渦から這い出す無数の影が見え始めた。
真後ろでぺたっ・・・と飛び跳ねる音が頭上で聞こえ、覆い被さる物の痛い程の気配が感じられた。
闇に包まれ視界が奪われたかと思うとぼんやりと天井が見え、心臓は激しく胸を打っていた。気怠く重い身体を起こすと汗にまみれた寝間着が身体に冷たくへばり付き更なる不快感を増進させていた。暫く放心状態でいたが酷い悪夢を見ていた事に気付き安堵するが恐怖は全く消えていなかった。
悪夢で見た蛙の何か言いたげな真っ黒な瞳から何かしら予感めいたものが脳裏に残っていた。
気分を変えようと布団から這い出すと縁側へ向かい、空を見上げた。風は吹かず空気は淀み蒸し暑さが増し、朝から庭先の蛙も頭の中の蛙も騒いでいた。庭中が蛙の鳴き声で埋め尽くされていた。庭先でモトが雲一つ無い空を見上げ雨が降るのだろうかと訝しみ呟いていた。
突然叫び声が上がる。庭先を見るとモトが竹箒を振り回しヒステリックに叫んでいた。
「あっちへお行き」
庭中を埋め尽くすほどの蛙が蠢きぬらぬらと鈍く光っていた。ただ蛙が大量にいただけではなかった。雨蛙、殿様蛙、蟇蛙などありとあらゆる種類の蛙が集まっている。異様なことに全ての蛙は一点を見つめていた。その視線は私へ向けられていた。
私のその時の精神状態は膨れ上がる恐怖と嫌悪感に、それ以上の好奇心で乖離し混乱していた。分かっていた。蛙は迎えに来たのだ。いつの間にか私は激しい雨に打たれるような蛙の鳴き声の中を歩き出していた。
黒い森へ向かって。




