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その町は蛙と狸で溢れていた。
亀田駅に降り立った我々を迎えたのは澄み渡る青空とひんやりとした初夏の爽やかさを運ぶ風だった。駅の時計は十時五分を指していた。駅前ロータリーや通りにはこれといって目立つ建物も特徴もなく、ありふれた地方の町風景が広がっていた。
ミズホは相変わらず不機嫌そうな表情で辺りを見渡していた。服装もいつも通り昭和四十年代にスタンダードな事務服で上着は縹色のコンバーティブルカラーに銀の四つボタンがきらきら輝いている。下はすね丈の紺色で襞が広めのプリーツスカートに白いソックスを踝で折り返していた。自分が子供の頃見掛けた事務のお姉さんみたいで懐かしさを感じる。
おや、と何時もと少し違う事に気付く。腕カバーを付けていない。普段は洗いざらしのよれっとした事務服なのに糊が利きパリッとしている。それに銀ボタンだ。肩胛骨までの後ろ髪は平元結を摸した銀のバレッタで一本に結われている。靴も普段履きの木下駄では無くコインローファーを履いている。更には左胸にはネームプレートを付けていた。プレートにはミズホとカタカナで書かれている。もしかして余所行きの事務服なのか。何時も思うがどういうセンスなのだろう。彼女の服装で事務服以外は見たことがない。私服なのかそれとも九十九屋の制服なのか。そう言えばミズホは名前なのか名字なのかどっちなのだ。今の今まで気にした事が無かったことに今更気付かされた。
無遠慮な視線を向けられたミズホはあからさまに嫌悪の表情を浮かべ古林の後へ隠れた。ミズホのその態度はまるでセクハラ親父対するそれと同じじゃないかと訴えていた。
言い訳しようと口を開いたが、その様子を見た古林は気にすることはない今日のミズホは戦闘装束なんだ。それに例のお守りも持って来たと言った。例のお守りとは緋色の袋に入っている十五センチ程の日本刀の切っ先で霊力が宿っているとか言っていた。いったい何と戦闘するつもりなんだ。
「さて、何処へ向かえばいい」
辺りを見渡しながら古林に尋ねる。
「まず郷土資料館と図書館へ行こう。幸い郷土資料館と図書館が同じ敷地に併設されている」
古林がiPadを見ながら答える。
「日帰り予定だぞ。さっさと取材を済まそう」と抗議する。
「いいや。調べ物が先だ。時間は取らせない」そう言うと古林はミズホへ視線を移した。
「ミズホのご託宣か」
ミズホは此方をひと睨みすると不機嫌そうな表情をそのままに逃れるようにまた古林の後ろへ隠れた。
「ある程度この土地の情報や成り立ちを知らなければ蛙男発生の原因を探れない。忘れたのか。俺たちが初めて都市伝説番組を手掛けたときのコンセプトを。電波からネット配信になっても番組コンセプトは変わって無いと思っていたが」
古林の言葉にはっとする。すっかり頭から抜けていた。自分達の番組は都市伝説の起源を探る事が一貫したコンセプトだった。元々はワイドショーの特集番組内企画で十数分の再現ドラマだった。それが評判となり、深夜枠のシリーズ番組にまで成長し、最終的には海を渡り映画化された事もあった。スケジュール進行が思うように進まず遅れが出始めていたので焦りそのことばかりに気がいっていた。古林の一言で番組コンセプトを忘れていた自責の念とスケジュール進行への不安が一挙に襲ってきた。
だが内省もスケジュール調整を考える間もなくいつの間にかタクシーへ乗り込んだ古林が手を振っていた。やれやれと手を振る古林の元へ向かった。
駅前を出発しタクシーで走り出すと程なく田園風景に変わり水田や果樹園を見ながら十分程走ると郷土資料館が見えてきた。
郷土資料館へ入館した古林は館内を一通り眺めると併設されている図書館へ向かった。その間十数分程。確かに時間は取っていない。さして広くもない資料館だが何のために入館したのか。ここで調べ物をする時間はあったのだろうか。古林とは対照的にミズホは縄文時代の出土品が展示されたケースを熱心に見ていた。
二人きりで取り残され気まずい思いをしていた。ミズホとは相性が悪い。初対面からして最悪だった。未だに馴染めないでいる。取り敢えず古い農機具や機織り機などの展示物を見ていた。田植えに持って行く携帯用の風呂桶なんて物もある。普通の風呂桶と大きさが大して変わらない。これで携帯用と言えるのか。
ミズホが熱心に見ていた縄文土器を見ると蛙が象られている。土器を見た瞬間番組内容が頭に浮かぶ。いい感じだ。縄文時代の土器に象られた蛙。過去に存在した蛙男目撃情報のニュース記事投稿。話しが上手く転がり出しそうだ。次第にこの土地に興味が湧き気を引き締め調べることにする。出土品を順に追って行くと人が入れそうな位大きな素焼きの甕が数個展示されていた。どことなく気味の悪い印象に胸騒ぎを憶えた。説明書きに甕棺と記され甕棺墓に使われた甕とあり縄文時代期の成人用甕棺の発掘は珍しいと展示解説に書かれている。
背筋に気配を感じ振り向くと古林が立っていた。ミズホも古林の後ろで甕棺を凝視していた。
「仲村、この土地は大変興味深い。楽しい調査が出来そうだ」
古林は満面の笑みを浮かべながらも甕棺から目を離さなかった。まるで目の前の鼠に猫が舌舐めずりをしているようだ。隣ではミズホが相変わらず蒼い顔で不快な表情を浮かべていた。対照的な二人を見比べ何なんだ此奴らはと訝しそうな眼差しを送ると古林は嬉しそうに声を掛けてきた。
「甕棺か。この辺でも出土しているんだなぁ」
隣で青白い顔のミズホが早く行こうと古林の袖を引っ張っていた。
「ミズホの顔色が悪くないか」
「そうか。何時もこんな感じだが。そんな事より用は済んだ。次の取材先へ出発だ」
古林は何時もの事ながらミズホ自身の事には無関心に思える。それにここへ来て一時間も経っていない。古林は何を調べたのだ。こんな短い時間で一体何を調べていたのだ。




