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甕に帰る狸  作者: futan
第二部 共感
12/25

3

 昼下がりのオフィスに差し込むぼんやりとした日差が倦怠感と眠気を誘っていた。

 誰も彼も出払ったオフィスのデスクで一人頬杖を付き、腕時計を耳に当て時を刻む音に聞き入っていた。父の形見の古い国産の自動巻腕時計。経年により風防やケースは細かい傷が無数に刻み込まれていた。子供の頃この腕時計の時を刻む音が好きでよく父の太い腕にしがみつき耳を当て聞いていた。父親との数少ない思い出。この腕時計を自分の腕に付けるようになると気分が落ち込んだ時や仕事の企画が行き詰まった時に何時しか耳を当てる癖がついていた。

 行き詰まっていた。ネット配信用の番組企画がまだ固まっていない。配信番組自体は都市伝説をテーマにした番組だがそのネタが決まらない。素材は沢山あるのだがどれもこれもピンと来ない。心動かすものを感じられない。何故この仕事を引き受けたのだろう。

 以前、大手テレビ局にプロデューサーとして勤務していた時期に都市伝説番組のシリーズを制作していた。大ヒットしたわけでは無いがマニア受けする良質な再現ドラマで根強いファンに支えられ、それなりに安定した数字を取っていた。その絡みもあり局時代のしがらみで発注を受けてしまったが、後から後悔が追い掛けてきた。正直なところ都市伝説には心底飽き飽きしていた。局でも左遷された局の制作子会社でも都市伝説番組は着いて回ってきた。その制作子会社も辞め今の会社に腰を据えたばかりだった。

 都市伝説からは逃れられないのか。その思いが胸の中を駆けめぐっていた。しかし孫請けだがスポンサーも大手IT系通販会社と言うこともあって自分が所属する小さな制作会社にとっては大きな仕事だ。これも売り上げに貢献する為と重い腰を上げたがいいが良いネタを見つけられないでいた。腕時計の音に耳を澄ませばゼンマイと歯車が時を刻む音が幾らか心を落ち着かせた。

「おい。仲村」と不意に声を掛けられ驚き、顔を上げる。大男がデスクの前に立ち、角張った威圧的な大きな顔で見下ろしていた。目が合うと顔の大きさに似合わない小さめの口で微笑んできた。

「出し抜けに何だよ」

いきなり声を掛けられ驚かされた事に腹が立ちぞんざいに答える。

「何度も声を掛けたんだぞ。相変わらず面倒臭そうな顔で腕時計を耳に当てる癖は抜けないな」

大顔面はこちらの機嫌など気にせず気安く話し掛けて来る。顔も態度もでかいが身長も高い。百九十五センチの高さから見下ろす顔は体格に似合わず人懐っこい笑みを浮かべている。

「古林が都内まで出向いて来るなんて珍しいな」と冷めたコーヒーを啜る。

 目の前で不気味な笑みを浮かべ突っ立っている古林とは学生時代からの付き合いだった。番組のブレーン的存在で都市伝説番組作りには欠かせない人材だ。本職は古物商で九十九屋と言う屋号の古道具店を営んでいるがそれは表向きらしく幾つもの顔を持っていた。漫画を描いたりしている時もあったし、心霊研究家を自称していることもあった。まだ色々やっていたようだが一番の顔と言えばハッカーだ。二十年近くも付き合っていたのにその事を知ったのはつい最近のことだ。古林は世界的にも広く名の知れたニンジャマスター・オズを名乗るウィザード級のハッカーと言うことらしい。最初はオズだけだったがその神出鬼没の手口手並みからいつの間にかニンジャマスターの名が付加された。反社会的な事はしないが悪戯はちょくちょくしているらしい。パソコン全般に疎い自分には何のことだか良く分からないが古林の自宅には特撮番組に出てくる秘密基地のような部屋にある設備、機材などを見れば納得してしまう。オズと言うのは魔法使いのオズからでは無く、修験道の開祖にして式神を使役していたと伝わる役小角から来ていると本人が自慢げに話していた。

 その役行者気取りから「今度の番組は蛙男で行きたい」と古林は目をキラキラ輝かせ話してきた。「蛙男?UAM系か。う~ん」気の乗らない声が我知らず漏れた。

 古林が番組内容を提案してくるなんて珍しい。渡りに舟、いいタイミングでの提案なのだが何故、さして珍しくもない様な蛙男を。だがそれだけでは無いな。何か見つけたなと直感が走る。奴の都市伝説ネタに対する嗅覚は猟犬なみだ。

 蛙男の内容も聞かずイメージだけで番組構成のシミュレーションしてみる。インパクトに欠けるし特に目新しさも感じられない。だが、UMA系は今まで手掛けた事が無かった。面白いかもなと新たな素材への予感が走り胸に小さな光が灯る。未確認動物の探索から入るのがいいかな。昔、流行った探検隊物風に・・・それも外連味たっぷりに。それとも謎と事件を提示してそれを解明して行くみたいな王道の構成がいいのか。どちらにしても胡散臭い匂をぷんぷんさせるんだ。思わず笑みが浮かぶ。あえて胡散臭さを全面に押し出しながら話を進めて行く番組構成は自分のスタイルだ。胡散臭い事がたまらなく大好きなのだ。蚊の目玉程も『もしかしたら』と視聴者に思わせれば俺の番組としての狙いは成功したようなものだ。

 デスクの上のノートパソコンに手を伸ばそうとすると古林がこっちで検索しろとiPadを目の前に置いた。

 検索エンジンに蛙男とフリック入力する。三百五十万件弱がヒットした。もちろん都市伝説情報だけではない。更に絞り込まなければならないが、検索エンジンの上位は全て都市伝説系の蛙男情報だけが占めていた。と言うよりスクロールすると何処までも蛙男記事が掲載されている。最新のトレンドは蛙男なのか。その事に不信感も湧く。それにしてもこのチョイスは古林らしくない。奴は流行物など気に掛けない。今まであった物を再構築し新たな解釈で新たな面を発見したり創造したりするのが奴の手法だ。

 古林のセレクトで検索エンジン上位に表示されている二時間程前にアップされた最新蛙男記事をタップしてみた。


 今しがた体験したばかりの出来事です。蛙男に襲われてきました。うちの通う学校はド田舎のそれも山の中腹にある古い女子校です。その為通学路は寂しく、その道を使うのは学校へ通う生徒位で夕方になると全く人気が無くなります。また付近には痴漢や変質者が出没する為、下校時は複数人で帰る決まりになっています。

 今日も部活で遅くなり友達のY子と一緒に帰宅することになりました。学校からバス停へ向かう途中に大きな池のある古く寂れた公園があります。この公園の中を通るとバス停までの近道になり殆どの生徒がこのルートを通ります。古い公園のせいか街灯の数は少なく背の高い木が多くて昼間でも薄暗く気味悪い感じの公園です。

 私とY子は寄り添うように歩いていました。公園の中程に差し掛かった時です。辺りには薄らと霧が立ちこめています。山の中なので霧など珍しくも無いのですが霧の状態が妙なのです。渦を巻き湧き出してきて彼方此方に渦が見えていました。霧に街灯の光が滲みあの有名な悪魔払い映画の一シーンを見ているようでした。気味が悪くなった私達は痛い程肩を寄せ合いました。

 Y子が「アレ、何!」と叫び指さしました。そこには自動販売機の脇に真っ黒な人影が立っていました。近付くにつれ人影の様子がはっきりと見えてきました。街灯の数も少なく暮れかけた薄暗い道で自動販売機の光りに照らし出された姿を見てドキリとしました。

「やだぁ、あれきっと変態よ、変態に違いないわ。今にコートをはだけるよ」とY子が冗談交じりに耳元で囁きました。私もその人を見た時冗談かと思いました。絵に描いたような変態っぽい感じの人だったのです。中折れ帽を目深に被り両腕をポケットに入れたトレンチコート姿の人が自動販売機の脇に隠れるように立っているのです。夏も近いこの時期にコート姿。見るからに怪しい格好です。あまりにもそれっぽい格好なので怖いどころか逆に可笑しくて興味をそそられました。

 私とY子は出来るだけ自動販売機から距離を取り人影をチラチラと盗み見しながら横を早足で通り過ぎました。通り過ぎるとY子と顔見合わせクスクスと笑いました。アレ絶対に変態よとY子とひそひそ話していると後で変な音がしました。壊れたオルガンのような音でした。

 ドキリとして振り向くとあの人影がこっちを向いて立っていました。

「やだぁ、やっぱホンモノの変態よ」

Y子が叫びました。人影はズボンを履いていませんでした。コートの裾から蟹股で妙な形の足が伸びています。靴は海へ潜る時に使う足ヒレを付けているようです。逃げるよと私はY子の腕を引っぱり駈け出しました。夢中で走りました。

 公園の出口近くで息を切らし振り向くとあのコートの男が何事もなかったかのように立っていました。その時始めて私は心の底から恐怖を感じました。

 男はいきなりコートを開きました。そして信じられない物を見てしまったのです。そこに見えた物は露出狂の全裸男では無く蛙でした。それも解剖途中の蛙です。お腹がパックリと割れ濃いピンクの心臓がドクドク動き、こぼれそうな赤黒い内臓がぬらぬら光っています。蛙男はいきなりコートと帽子を脱ぎ捨てるとこちらへ向かって走り出しました。呆然としている私を今度はY子が逃げるのよと腕を掴み走り出しました。私たちは必死で走って逃げました。怖くて振り向けなかったのですがお腹が開いたままの蛙男が追いかけて来るのが想像できました。

 それからの記憶は曖昧なのですが運良くバスが到着しそこに逃げ込むように乗り込みました。薄闇の中、バスの中から逃げてきた公園の方を見ると何も見えませんでした。蛙男もいませんでした。

 バスの中でY子が今は廃止されていますが昔あの公園の池で理科の授業に使う解剖用の蛙を毎年沢山獲っていたそうです。その蛙達の怨念が変態に乗り移ったと言っていました。今は何事もなく無事帰れたことに心からホッとしています。


「ネタだな。ネタだろうコレ」とにやにやしている古林に語気荒く言葉を投げつける。

 他の蛙男の記事もざっと流し読みする。多かったのは目撃例で特に何をする訳でも無く何処かの物陰で佇み此方をじっと見つめていたと言うのが大半で、次いで追い掛けられた、目の前に飛び出てきたなどと地味な内容ばかりで物足りない印象だった。最初に読んだ話が一番独自性があるように感じられた。iPadから顔を上げ古林に視線を送る。

「ネタだろが事実だろが関係ない。蛙が内臓を撒き散らしながら二足歩行で追い掛けて来るんだぜ。ビジュアル的にインパクトがあると思わないか?」

古林の言葉に頭の中で内臓を引き摺りながらながら蛙男が走ってくる絵が浮かぶ。だが古林のことだこんなネタ情報から蛙男を選ぶはずは無い。それにこのネタを選んだのは俺の興味を惹く為に違いない。何時も回りくどい話し方しかしない古林の手に乗ってやる。

「で、どうして蛙男を選んだ。理由と内容は?」

でかい顔に再び満面の笑みが浮かぶ。何となく可愛く見えるのが不気味だ。

「情報の発生状況がとても面白いんだ」と不敵な笑みを浮かべると言葉を繋いだ。

「ある事が切っ掛けでいきなり蛙男の情報が大量に異常発生したんだ」

「異常発生?」

「仲村、今度は自分のノートパソコンでもう一度、蛙男を検索して見てくれ」

 古林の言葉に訝しさを感じながらも言われるままキーボードに蛙男と打ち込む。そこには古林のiPadと違った情報が表示されていた。使った検索エンジンもキーワードも同じ物なのに数分も経っていないのに検索結果がまるで違っている。

「これは、どう言うことだと再びiPadへ視線を移した」

「なっ。面白いだろう」

「面白いと言うより異常だろ。お前の事だiPadに何か細工しているな。そうだろう。それにこの件と異常発生とどんな関係があるんだよ」

「確かに仲村の言う通りこのiPadを多少はいじっているが、同じ検索エンジンで同じ検索条件で他のパソコンと違う事を表示するなんてあり得ない。違いがあるとすればこのiPadは九十九屋のプライベートサーバーを経由し外部ネットへ繋がっている」

「九十九屋って、お前の店のそのプライベートサーバーが異常をきたしているのか」

「九十九屋では今現在六台のサーバーが稼働している。その問題のサーバーは都市伝説情報収集専用機として運用しているんだ。色々と調べてみたがこれと言ったシステム上の異常は見つからなかった。何処か得体の知れないネットへアクセスした以外はな」

「何かウイルスとかに感染してるんじゃ無いのか」

「馬鹿言え、俺の組んだシステムだ。そんな事あるもんか」と古林は鼻の穴を広げ息巻いた。

自分はコンピュータの事などまるで分からないが古林はその筋じゃ名の知れたハッカーと言う事だ。自分の組んだシステムのセキュリティには相当な自信を持っているからなのだろう。ウィルスとか外部からのハッキングなど異常は無い正常な動作なのだと。その正常なシステムが異常な振る舞いをしている。だから今回の都市伝説ネタを面白がっているのだ。

「ある事が切っ掛けと言っていたな。それは・・・」と言い掛けると古林は返事を被せて来た。

「俺はクローラを走らせ都市伝説情報をチェックしていた。ミズホにはクローラーがサポートしていないニュースグループのアーカイブを調べさせていた」

「クローラー?ああ検索ロボットの事か。まだニュースグループなんて残っていたのか」

「そのニュースグループのある記事が原因らしいんだ」

「らしいとはまた心許ない話だな」と嫌味のつもりで言ったが古林はまるで聞いていない。何時ものニヤけた表情は無く何処か遠くを見つめていたかと思うとニヤリ笑い返してきた。それは説明の始まる合図だった。

「結論から言うとな、聞いて驚くなよ。異変の発生元はウチのサーバーらしいんだ」

「何を言ってる。さっきとまるで言い草が違うじゃないか。からかっているのか」と思わず語気が強くなる。

「今、言ったことは結論だ。これからこの異変の推論を話す聞けよ」と宥めるように話してきた。

「ミズホの力は知っているよな」

「霊感だか霊能力を持っているとお前が常日頃から言っている事か」

「ああ、正確に言うと縁の力だ。それが今回の事態を引き寄せたと思っている」と古林は自信たっぷりに言い放った。

 古林の言う彼女の力とは「縁」で古林の言葉を使えば超常現象系検索エンジン。もちろん彼女にも心霊の力があるらしい。何処かの神社の巫女だとも言っていた。何時だったかはミズホはずば抜けて高性能な超常現象観測機だとも自慢していた。古林も店員と言うよりそっちの方面で側に置いているようだ。

 コンピュータ関連にはてんで疎いが古林にはサーバーの異常がよほど重大な事らしい。古林はiPadなどの端末を全てプライペートサーバを経由してから外部ネットに接続している。素人考えでも古林のプライベートサーバーだけ異常だと言う事はサーバーをハッキングで乗っ取られたとしか思いつかない。だが古林はサーバーは正常に作動していると言っているが、ウイルスか乗っ取りか原因は知らないが自分が構築したシステムの異常に対してかなりプライドを傷つけられたに違いないと思うが、縁だの霊能力だと言い出し始めた。もっと現実的、技術的な説明は出来ないのかと批判がましい視線を古林に向けた。

 古林は此方の思惑など意に介さず目を光らせ鼻の穴を広げ口を開いた。

「ウチのサーバーはきっかけを作ったに過ぎない。ミズホがある記事を見つけた。内容は蛙と狸が出てくる昔話で後半部分は欠落していたが民俗学的観点からのやりとりや討議が少しされていたが記事の投稿者がその昔話の出所の解説で荒唐無稽な説を投稿するとグループ内が荒れ、今で言うと炎上だな。グループ内が落ち着く頃には閲覧も投稿者も殆どいなくなっていた。その後の記事を追って行くと最後の投稿が蛙男の目撃情報だった。ただこれに関してはニュースグループ内で討論するような内容ではなくただつぶやいたような内容の投稿だった。そんなことより発生の仕方が興味深いんだ」

「発生の仕方?それはお前のサーバーの異常からだろう」

「異常じゃ無い。異変だ。言葉に気をつけろよ」

古林は少しムッとすると言葉を続ける。

「原因の元はミズホだ。ミズホが記事を見つけ読んだからだ」

「ミズホの胡散臭い能力でか・・・」と皮肉たっぷりに言ってみるが古林は意に介さない。

「違うよ。ミズホは内容を読んだだけだ」

「分からんな。何時もの事だがお前の話は要領を得ない」

「言葉通りだ。ミズホが読んだからサーバーが異変をきたした」

「今回のケースはたぶん仲村が読んでも、俺が読んでもネットへ広がったはずだ」

話の流れが読み辛いし古林の話しの進め方にも苛立つ。

「苛々する。分かり易く話せよ」

「最近の都市伝説では初出が創作のキャラクターなどがある程度時間を経ると実態化してきている事だ」

「そうだな。創作妖異の目撃例も増えてきているな」

その事について異論は無く、そうだなと頷くと古林の目が怪しい光りを帯びてきた。まずい、また訳の分からない長ったらしい説明が始まるのかと身構える。

「その情報が虚構であっても、その情報が不特定多数の人間に認識される事によって現実で実体化し目撃され始めるケースが確認されている。情報は認識されることである種の力場を形成すると俺は考えている。それはひとつの現実を創り始める。今まで存在しなかった物が存在する現実だ」と話し始める古林は右眉をぴくりと震わせ更に話を続ける。

「都市伝説に登場する怪異の現象やキャラクターなどはネット上やメディアで不特定多数の人々に認知される事で共通認識が生まれ、性格、スキル、特徴、ストーリーなどに新たな情報が不特定多数の人間によって付与され情報としての密度を上げて行く。更には変容変質した亜種とも言える情報も生まれ多様化してゆく。特にネットではその力が強大だ」と言うと古林はにやりと笑みを浮かべ此方の様子を伺った。それからたっぷりと間を取ると「何故だと思う」と目を光らせわくわくするような表情を浮かている。勿体ぶって気を引こうとしているのだ。

「その妙な間を取る話し方は止めろと言っているだろう。いいから話を進めろよ」

「誰でも簡単に不特定多数の人間に向け文字や言葉を操れる事が出来るからだ。ネットは言霊の揺りかごと言える」

 両手を組み古林の話に耳を傾ける振りをしていた。古林の講釈は理解しがたいし、なにより冗長だ。もう古林は自分の長広舌に気が済んだのだろうか。

「仲村、聞いているのか?」

これだ。真面目に話を聞いていないと直ぐに気付く。ハイハイと頷く。

「たとえばSNSだ。一人が投げ掛けた情報を多数の人間が認識してネットで拡散する。そのうちその情報は変化、変質、変容し新たな属性を持つ情報とし一人歩きを始めるパターンがある。現実をも動かす力を持つんだ。SNSでよく見られる炎上と言われる現象はネット上のSNSと言うフィールドで多数の人間がそれぞれベクトルの違う思考で拮抗しあったり、あるいは我知らず誘導され同じ方向へ向かわされたりする。それらの情報で新たな認識を生じさせる物が文字であり、動画の中での言葉であるんだ。ある程度まで来ると真実とか虚構とか関係なくなる。認識する事が、される事が・・・」

 我慢できずに手を翳し古林の話を止める。

「それが蛙男の情報とどう結び付くのだ?」

「パーソナルな視点がパブリックな現実を浸食し、共有現実の変質を招き・・・」

いよいよもって古林の言うことが怪しく、分からなくなってきたし与太話にも飽きてきた。これ見よがしにコーヒーカップの底を睨み付けた。

「もう少し話させろ。そして真面目に聞けよ」と此方の様子を見た古林は不敵な笑みを浮かべる。はぁ、毎度の事ながら前置きが長い。

「情報とは力の一種だ。それも物理法則に支配されない力だ。その力によって一つの現実が想像される。ネットで放つ言葉を祝詞や呪文と考えると現実に影響を与えやすい。そして・・・」

「いいよ。もういい。分かった」

強引に古林の話の腰を折る。

「お前の言いたい事は分かった」

「まだ情報力学の件が・・・」と言い掛ける古林にこれ以上胡散臭い話しをさせないように言葉を被せる。

「ネット環境下においては虚構でも認識される事により新たな現実になりうる可能性を持つと言う事が言いたいんだよな。その理屈で言えば蛙男も実体化したと」と語尾に力を込める。古林の気の済むまでネットの異常事態について解釈させる事にしたが限界だった。突拍子過ぎ付いて行けない。古林の理屈を信じる事が出来ない。その前に理解が出来ない。

 要はミズホが蛙男の記事を見付け読んだ時点でネット上に蛙男情報が梅雨時の蛙のように湧いてきたと言うことか。話を読んだだけで実体化するならこの世はお伽話の世界だ。それどころか怪獣や妖怪、宇宙人なんでも有りの世の中になってしまう。ミズホが持つ特異な能力と関係があるのかも知れんが。

 話を読んだだけで・・・か。何かが引っかかる。古林の話を思い返す。

「お前、今回のケースとか言ってたよな。何だよ。その今回とは。前回もあるのか」

「そこを早く突っ込んで欲しかったな。今頃気付くなんて相変わらず鈍いな」

 やはりまだ古林の説く珍説の根拠みたいなものがあるんだ。情報を小出しにして俺の反応を愉しんでいやがる。非難を込め古林を睨み付ける。古林は照れた笑みを浮かべ話しを続ける。

「実は実体化する都市伝説の類似したケースを幾つかミズホと調べていた。聞くか?」

慌てて首を振る。そうかと古林は少し残念そうな表情を浮かべる。聞いて欲しかったんだろうが一々聞いていたらきりがない。蛙男に話を戻せと催促する。

「それで俺は当然ニュースグループの投稿者を調べた。ネットの異変にも係わらず呆気なく見つかった。まるで見つけてくれと言わんばかりにな。発信元のサーバーは新潟県の亀田と言う町に設置されていた。蛙男の記事の投稿者は高校で物理を教える教師だった。パソコンには物理のテスト問題なんかが保存されていた。教師の名は垂井源一郎」

「なぜそんな事が分かるんだ?」

「そのサーバーから発信元を探し出しそのパソコンにアクセスしたからな」

相変わらずこの辺の事となるといとも簡単に他人のパソコンへ侵入出来る古林には恐ろしさを感じる。

「で、その物理の先生が蛙男情報の発信元でネットの異常事態の原因だった。と言うことなのか」

「そこまでは調べられなかった。アクセス中に消えた。亀田に設置してあるサーバごと」

「サーバごと?いかにもの展開じゃないか」と嫌みぽっく言う。

「そう。いかにもの展開だ。もちろん二度とそのパソコンに繋がることはなかった」

古林は悪戯っぽく微笑む。

「皮肉を言ったんだぞ・・・」

「何故、特定の地域だけ蛙男の都市伝説が溢れているのか気にはならないか。それにアクセスした途端ウチのサーバーに異変が起こった、いやと言うより異変のトリガーになったと言った方がいいのかも知れんな」

もうこの話はいいから蛙男で企画を纏めたかった。古林の話を無視し手元のパソコンに手を伸ばした。だが古林は話を止めない。

「ネットは何処へでも均一に情報を運んでいるんだ。国家レベルでの細工をしない限り一部地域だけしか特定の情報が溢れているなんて有り得んだろう。蛙男が国家に関与しているとも思えん」

 自分には古林の言いたい事が殆ど理解出来なかった。都市伝説がいつの間にかネットの異常事態の話しになっている。ただ、普段の古林と違う話しぶりから異常な事が起きていることだけは感じ取れる。

 古林がぽつりと呟く「うちのサーバは何処と繋がったんだろうな。消えたサーバがある現実へ行こう」

 作り始めた企画書の画面から顔を上げた。今、古林は何と言ったんだ。聞きそびれた。声には出さず古林を見上げた。

 

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