86話:リュース
〜前回のあらすじ〜
無事に航海を終えて大陸北部へと到着した一行……鉢巻を巻いた筋骨隆々の上級魔導士"シモンズ"に連れられてスーヤ騎士団・別働隊と合流し、いよいよ遠征任務は本格的に進行していく。
"北部解放軍"
総隊長である一角獣の騎士・グラシアによって結成が宣言された組織は様々な軍議を交え、意見を衝突させつつ今後の方針を定めていった。
──────しかし矢先、いるかもしれない"内通者"への対策としてグラシアがある人物を推したことで軍内に緊張が走るのだった。
暗雲入り混じる灰色の空の下、冷たい風と共に空気を切り裂いたのは集団の動揺が現象を成した喧噪……
それも致し方のない事だろう。たった今、"北部解放軍の副隊長"として紹介されたのは齢十を過ぎた程度の幼い子供だったのだから────────
"リュース"
エルフの騎士・グラシアが連れてきた、僅かに揺れる雪のような白髪が印象的なエルフ族の少年。
グラシアと共に勇者アルスを監視する役目を負っているが、彼女とは対照的に魔物と化した青年へ向ける眼差しは冷たく……刺すような敵意を孕んでいる。グラシア曰く、彼が今回の遠征参加者に選ばれたのは特殊な力を持っているためらしいが……
「グラシア様、今なんて……」
「副リーダー?嘘だろ……?」
「あんな小さな子が……」
当然、そんな事情を知らない他の隊員達からの反応は芳しくない。いや、彼の能力の詳細をまだ知らないという点ではアルス達からしても同じだろう。
瞬く間に流れる不穏な空気……彼を副隊長として紹介した当人であるグラシアも、流石に思うことがあるのか若干気まずそうな表情を浮かべていた。
「──────ゴチャゴチャと騒がしいですよ」
しかしそんな時、騒めきの中心から上がった鋭い一声が場の空気を掌握する。
リュース……北部解放軍の中で最も幼いエルフの少年はポツポツと上がっていた不満の声に一歩も退かず前へ出て、依然変わりない不遜な態度で冷たく言い放った。
「皆さん、何か勘違いしてるようですが……ボクはこの中でグラシアさんの次に強いですよ」
刹那、再び空気が凍り付く。
これまで幾多の戦場を駆け抜け多くの人々を救ってきた一角獣の騎士・グラシア────そんな彼女と並べる強さだと少年が軽々しく口にしたその言葉は、今この場にいる様々な戦場を経験してきた者達全員にとって一種の"侮辱"のようにも思えたからだろう。
それでもまだ、子供の言う事だと隊員達は理性を保っている様子だったが……
「あなた達が不甲斐ないからボクが前に出てあげてるんです……感謝してほしいくらいですね」
「……おい小僧、流石に今のは聞き捨てならんぞ」
直後に続いたリュースからの嘲笑によって、一瞬にして均衡は崩壊した。
立ち上がったのは先行して大陸北部で戦い続けていた騎士団別働隊の魔導士……彼は拳を固く握り締め、少年に向かって強く問う。
「不甲斐ないだと……?それはこの地で戦い、散っていった同志達への侮辱か?」
「別にそんなつもりはありませんが……結果が出ていないのは事実でしょう?あなた達別働隊は元々は五十名ほどいたと聞いてますが……半数近く戦力を削られて得た戦果が領地一つでは、ね」
「貴様……ッ!!」
「文句があるのなら今、前に出てください……実力の差というものを教えてあげましょう」
それは自分達に対してではない、亡くなった仲間達の事を軽んじられたが故に出た怒り────その思いに同調したのだろう。挑発を受けて前へと出た魔導士に続くように、何人かがリュースの前に立ちはだかっていた。
全員見た目はボロボロだが、いずれもアルス達遠征組より先行して大陸北部へと渡った"別働隊"に選ばれた精鋭達……一角獣の騎士には及ばないまでも、その実力は間違いなく高水準なはずだ。
「ちょ……グラシア様!?止めた方がいいんじゃ……!!」
「このままだとリュースくんが……!!」
一触即発の空気……このままでは大事になると思ったのだろう。慌てたように声を上げるレヴィンとフィルビーだったが、当のグラシアは取り乱した様子なく「いや……」と首を振り、睨み合う両者に対して声を掛ける。
「いいだろう……この一角獣の騎士・グラシアの名において、君達の"決闘"を一度だけ認める」
「グラシア様……よろしいのですか?」
「あぁ……その方が後腐れがないだろう?ただし、あくまでルールは既存の決闘方式に従ってもらう……それでいいな?」
かくして大陸北部・最南端の元ダクラス領跡地にて一角獣の騎士の下、エルフ族の少年・リュースと元別働隊・魔導士達の決闘が執り行われることとなった。
衆人環視の中、立会人の促しにより流れるように宣誓の言葉が交わされていき……
「決闘、開始!!」
直ちにやってきたその時────エルフの騎士が腕が振り上げられると同時に、戦いの幕が開けた。
「【音速の風刃】!!」
「【水面斬り】!!」
「【竜の怒り】!!」
次の瞬間、横に並んだ魔導士達の杖から一斉に魔法の嵐が炸裂した。
無数の風の刃、圧縮された水の槍、巨大な火炎……全て並の魔導士には扱えない"上級魔法"だ。
当然当てるつもりなどなく、ただの脅しだったのだろう。繊細な魔力制御技術で放たれたそれらはエルフの少年の側を通り抜け……静かに霧散していった。
「……降参しろ」
「今ので分かっただろう?小僧……我々とお前の実力の差というやつが」
「負けを認めるなら先程の君の発言、撤回してもらおうか?」
最早勝負あった、そう誰もが思ったはずだ。
いくら大口を叩こうが、魔族との生死を賭けた戦いを……"本物の戦争"を経験した彼等と、そうでない一人の少年の差は余りにも大きい。後に少年に残された選択肢は素直に敗北を認めて謝罪するか、無理に戦闘続行しようとして立会人に止められるかの二つだけ……
「はぁ……ツマらない」
──────しかし依然、リュースの瞳は氷のように冷めたままで一切の揺らぎが見られない。
一見追い詰められているように見えるものの、心底呆れたように溜め息を吐くだけで……どう言う訳かグラシアも決闘自体を止めるような事はせず、事の次第を静観し続けていた。
「この期に及んでまだ手加減……ボクを子供だと思って舐めてるでしょう?そんな相手の実力も見極められない程度の"能無し"だから、あなた方は結果を出せず惨めな格好をしているんでしょうね」
「なんだと……!?」
「違うと言うのなら早く証明してくださいよ……せっかくアナタ達が全力を発揮出来るように待ってあげてるんですから」
「!!このガキ……ッ」
「どうやら少し、痛い目を見ないと分からないようだな……!!」
「グラシア様……いいんですね?」
その態度が癪に障ったのだろう。直後に魔導士達の杖から無数の魔法が放たれ、真っ直ぐにリュースへと襲い掛かる。
流石に対人用に威力を調節したのか先程使用した上級魔法に比べれば控えめな威力だが、それでも全て直撃すれば恐らく何らかの後遺症は免れない。そんな自身に向けられた怒りの塊に対しリュースは掌を突き出し……
「──────────【魔力浄化】」
ただ一言ポツリと、何らかの詠唱を口にした。
「え……?」
「どういう事だ……!?」
「一体何が……」
その後に起きた事象は、正しく"奇跡"としか言いようがない。
いや……正確には何も起こらなかったのだ。
魔導士達が放った攻撃は確かに全てリュースに直撃したように見えた。しかし土煙が晴れた後に見えたのは傷一つ負ってない────どころか、まるで魔法を浴びたという事象そのものがなかったかのように変わらない……綺麗なままの少年の姿。
神の御技とでも見紛うようなその不可思議な光景を前に、魔導士達は唖然とした様子を見せていたが……
「……【裁きの雷光】」
「ガッ……」「ぐッ……」「うッ……」
刹那に少年の手から放たれた、目を覆いたくなる程の眩い光によって決着は付いてしまう。
雷撃を受け、呻きを発して倒れ伏せる魔導士達……立会人が決闘の判定を行うのを余所に、勝者たるエルフの少年は憮然とした様子で彼等を見下ろして冷たく言い放つ。
「もう終わりですか?しっかりしてくださいよ……大人でしょう?」
その異様な光景を前にアルスは言葉を失っていた。
いくらこれが模擬戦とはいえ、エルフ族が女神から奇跡の力を分け与えられた人類の上位種とはいえ……自身より年下の少年が複数の上級魔導士を相手に圧勝してしまったのだ。
周囲の者達も同様だったのだろう。たった今見せつけられた北部解放軍・副隊長の実力に対し、その場の全員が息を呑んでいる様子だった。
「彼は……リュースにはあらゆる魔法が通用しない」
そんな時、不意に隣から聞こえてきたのは覚えのある凛とした声……
エルフの騎士・グラシア────いつの間にか側に来ていた彼女は、美しい白金色の髪を靡かせながらポツリと呟く。それはたった今、見事な勝利を収めた少年が決闘中に見せた不可解な現象に関する説明だった。
「魔法により受ける影響を無効化し、なかったことにする……それがあの子が起こす"奇跡"なんだ」




