85話:大陸北部奪還作戦
〜前回のあらすじ〜
航海が始まった初めての夜……透き通る歌声に惹かれた次の下で勇者アルスは聖職者の少女フィルビーと二人きりの対面を果たした。
・先の大戦中に魔王から受けた怪我の具合の確認
・自分が魔物と化した際に助けてくれたお礼
・フィルビーの故郷にいた友達の話
──────誰もいない静かな夜の中で、二人は沢山のことを話し合い親密となった。
そうして話し込み、そろそろ一区切りを付けて寝ようとした……その矢先、勇者が目にしたのは頭を抱えて苦悶の表情を浮かべる少女の姿だった。
「フィル、頭の方は大丈夫か?」
「い、言い方が少し気になりますが……大丈夫ですよ!アルス」
「……あまり無理はしないでくれ」
「はい!」
──────あの日以降、フィルビーは原因不明の頭痛に悩まされている。
症状はあくまで一時的なもので、時間が経てば治りはするものの……頭痛薬も治癒魔法も十分な効力を発揮せず、皆の献身虚しく手詰まりな状態が続いていた。
そうして仲間の身に起こった突然の不幸にヤキモキした思いを抱えている内に、航海の日々は過ぎていき……
「遠路はるばるから応援感謝する!俺はスーヤ騎士団所属のシモンズ・ターリッヒだ!!これからよろしく頼む!!」
──────遂に目的地である大陸北部に到着した一行は、小破した港にて頭に鉢巻を巻いた筋骨隆々の男に迎えられていた。
シモンズと名乗ったその男はエルフの騎士曰く、元々北部にて独自に魔族の狩猟を生業としていた一族出身の上級魔導士で、その経歴から騎士団長ペルデール直々に勧誘されらしい。それが作り話でないことは、一目で分かる強靭な肉体と練り上げられた魔力……そして彼から発される強大な闘気から否が応でも感じさせられた。
「シモンズ殿、早速だが現状の報告を」
「任せろ!」
「なるべく短く簡潔に頼む」
「任せろ!」
そうこうしている間にグラシアの要望で話が進み、一行を先導するように歩き出すシモンズを先頭に周囲の景観が移り変わっていく。
寒空の下で吐く息の白さが北部に戻ってきたことを実感させてくるも、眼前に広がる景色は以前訪れた時と様変わりしていた。
「前の報告通り、我ら騎士団・別働隊はこの地……元ダクラス領を奪還した!元々は堅牢な都市だったようだが、魔族共の管理がなっていなかったせいか各施設の劣化・損傷が激しい状態だ!」
至る所が損壊し廃れた灰色の街並み────北部最南端のダクラス領跡地でこの有り様なら、自分達の生まれ故郷であるファーレン王国跡地は最早見る影もなくなっていることだろう。
そんな風に感傷に耽るアルスを余所に、どんどん前へと進むシモンズは片腕を振り上げながらハキハキした口調で説明を続ける。
「復興したいのは山々だが北部が海域に隔てられている地形上、物資の補給もままならん!おまけに現在、魔族共が領土を取り返さんと何度も攻めて来ている状態……奪還したとはいえ、二重の意味で苦戦を強いられているんだ!!」
やがて辿り着いたのは夥しい数の防壁柵が張り巡らされた区域……中にはこれまでシモンズと共にこの場を防衛してきたであろうエルフ族・魔導士達の姿があった。
しかしその数は精々二十数名程度……戦闘により亡くなった者が沢山いたのだろう。彼等の衣服や装備に付けられた損傷の激しさが、大陸北部における戦いの過酷さを物語っていた。
「だがしかし!君達が来てくれたことで希望が見えた!!共に戦い、大陸北部を魔族の手から解放しよう!!」
「ご苦労、理解した」
そうして戦況報告を受け取り、シモンズと固い握手を交わすグラシア────彼女は周囲を一瞥した後に一人距離を取り「皆、聞いてほしい」と声高に宣言する。
「私はスーヤ騎士団の一角獣の騎士・グラシア……ここにいる者にとっては周知の情報だろうが、今回"北部解放軍"の総隊長として君達を率いることになった」
刹那、一瞬にして場が水を打ったような静寂と化す。今この場にいるのは全員、騎士団から直々に選ばれた精鋭達だが……騎士団筆頭格である彼女に率いられる事について不満を口にする者は一人としていないようだ。
「今回の任務……"大陸北部奪還作戦"における最終的な目標は魔王軍に攫われた我らが巫女・レイア様の救出および北部各地の解放による前線の押し上げだが、当面先ずはこの元ダクラス領を駐屯地として周囲に巣喰う魔族の殲滅に当たっていく……何か質問は?」
「……では僭越ながら、私からよろしいでしょうか?」
しかし直後、一人の手が挙がる。
別働隊の一員らしいエルフ族の女性だ。十分な説明を受けてこの作戦に参加したアルス達遠征組とは異なり、孤立無援な状況下で戦ってきた部隊の一員にとっては気になることもあるのだろう。
「私達はそちらの大戦の詳しい経過をまだ聞いていないのですが、現在の敵の位置は?この領土は通っていないようですが……これから行軍を開始したとて、追い付けるのでしょうか?」
「あぁ……ギリギリまで魔王軍を追跡していた斥候の神獣騎士によると、奴等は我らが出発する数日前に城塞都市トロイアイトから飛び立ったようだ」
「トロイアイトから……だとすると、敵の降下位置は此処よりやや東になるのでしょうか」
「あぁ、北部への到着時刻も我々とそう変わらないと見て良いだろう」
彼女の主張は、以前アミナス教国で騎士団長達から当作戦の概要を聞いた時にアルスが思い浮かべた疑問と同じものだった。
グラシアの話からすると、敵は大戦後……事前に陥落させていた城塞都市トロイアイトにしばらく留まっていたようだ。理由は不明だが、恐らくはサンテ海峡を越えるために魔力の回復が必要だったのだろう。
加えて魔族はアルス達が海を渡るために使用した"船"のような高度な文明を有していないため、移動手段は風魔法かケルピーのような水生魔獣を用いたものに限定されるはず……
当然それらは船に比べて移動速度が遅く、魔力消費量も大きい────故に北部への到着日時はほぼ同時刻か、此方が少し早い可能性が高い。仮に先に到着されていたとしても、消費した魔力を再度回復するために休息が必要になるはず……そのため行軍速度に大きく差が開く可能性は低いのだ。
「なるほど、よく分かりました……あともう一つよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「敵に追いつくことが可能なのはよく分かりました……しかし追い付いたとして"魔王"に対する勝算はあるのでしょうか?神秘の森での戦果が芳しくなかったのは聞いています」
「……!」
「失礼ですが、いくら精鋭を揃えたとて我々だけで魔王を倒せるイメージが私には……せめてペルデール団長がいれば希望が持てるのですが」
そんなグラシアからの説明に一度は頷いた女性エルフ……だったが次いで放たれた彼女からの鋭い指摘を受けて、場の空気が一気に重たいものへと変わる。
"魔王ハイル"
先の大戦では結果的に撤退まで追い込めはしたものの、戦闘内容的には巫女と騎士団長以外まともに渡り合えた者はおらず惨敗だった……その事は戦場で奴の鬼神が如き強さを目の当たりにした、アルス達遠征組が身に染みて理解している。
故に生まれた沈黙────だったが、直後にグラシアが懐からある物を取り出して見せたことで場の空気が一変した。
「その宝石は……?」
「これは団長から預かった、レイア様の奇跡の力を封じ込めた"神器"……最悪の場合これを使用することで即時に自国への帰還、および自国から追加戦力を呼ぶことが可能だ……団長含めてな」
「そんな物が……!?なら最初から……いえ、きっと使用に制限があるのですね」
「察してくれて助かる。あくまでコレは最終手段……謂わば保険だ」
「……」
「それに今回の作戦目標はあくまで"巫女の救出"……必ずしも魔王を倒す必要はない。君の不安も尤もだが、これでどうかな?」
続く説明に考え込む仕草を見せるエルフの女性……確かにグラシアが言う通り、そんな代物があるのなら全体の生存率が大きく向上することだろう。それに先の大戦中に魔王が発したあの言葉……
"確かにな、先程の貴様の攻撃で死んでしまった……我が忠実なる眷属"ゲオルギース"の結晶がな……おかげでもう、ろくに周囲の魔樹を操れん"
"クク……冥土の土産に一つ良い情報を教えてやろう……今貴様が倒した竜も、過去の戦いで我らが使役した貴様らが"大魔獣"と呼ぶ存在も、元を辿れば全て我が命を分け与えた分身のようなもの……当然、それぞれ我が自然の力を凝縮した核を持っている"
"しかし大したものだ……これで私は強みの"魔樹魔法"をほぼ失った。復元しようにもここまで完全に破壊されてしまっては長い年月を要するだろう"
──────内容から察するに、現在の魔王は巫女が与えた後遺症により"魔樹を操る広域魔法"を十分に使えない程度には弱っているはず。
神秘の森大戦を経た現在、弱体化した奴を守る上級魔族も少ない……加えて奴等が大陸中央から北部へ横断する際に多大な魔力消費することを考えれば、十分に巫女を救出する勝機があると考えて良いだろう。
「そこまで考慮しているのであれば、もう私から言うことはありません……グラシア様、出過ぎた発言を失礼致しました」
「いいや、君の懸念は別働隊全員が感じて然るべきものだ。むしろよく聞いてくれた……他に質問がある者は?」
最早手を挙げる者は誰一人いなかった。
今この瞬間、遠征組と別働隊は一つになり……"北部解放軍"として新たに生まれ変わったのだ。
グラシアは満足気に頷いて「さて……」と次の段階へと話を進める。
「この作戦を成功させるには皆の協力が必要不可欠だ……しかし私達が団結するに当たって、警戒すべき存在がいる」
「それは一体……?」
「姿を自在に変える魔法を操り、人語を話す魔物────"全能のフォルリア"の存在……所謂我々の中に内通者が紛れ込む可能性について、だ」
エルフの騎士・グラシアは話した。
大戦前、降臨祭の時期に起こった城塞都市トロイアイトへの襲撃……スーヤ騎士団による他国への巡回・警備活動が弱まる時期を狙ったかのように魔王軍の侵攻が行われた事実を。
魔族側が人類の文化についての情報を入手できた理由は、偶然でない場合……内通者がいたと考えるのが自然だが、勇者アルスが内通者でない以上自ずと可能性は絞られてくる。
「人の言葉を話す魔物、ですか……初耳ですね」
「城塞都市クヴィスリングで実際に対峙した者からの証言により発覚した事実だ……間違いないだろう」
その最たる例が全能のフォルリア────奴は以前、勇者アルスと対面した当初……明らかに人類側の言葉で語り掛けてきていた。
"そこの人間、私の質問に答えなさい……正直に答えれば楽に処分して差し上げましょう"
"このような紅い龍か、黒い鎧の魔物を見かけませんでしたか?もしや……あなたが倒したのですか?"
"……どうしたのですか?耳が聞こえないのですか?それとも口が利けないのですか?……あぁ、イライラする……!"
"低脳な人間でも分かるように話してあげたというのに……もういいです、消えなさい"
つまりフォルリアは人類の言葉の意味を完全に理解している事になる。
他にもアルスと同じような"人型の魔物"と化した人間がいたと仮定して、その者による情報漏洩の線も考えられるが……現状でその疑いが最も濃い勇者カリヴァが消息不明なため、警戒優先度が高いのはフォルリアの方だろう。
「魔法で人に化けて大陸に潜り込み此方の情報を入手したと?ですが、各国・領地へ入るには厳重な審査があるはず……それすら突破されたとでも?」
「そうだな!!人型の魔物の件もあって、以前よりもその辺はより厳しくなったはずだ!!身分の証明が出来なければ関所で弾かれるはずだが!?」
「……もしも、審査を無視できた可能性があるとすればどうなる?」
「なんだと!?そんなことが!?!?」
ただ、それらを前提に踏まえた上でも疑問は残る────直後に当然の如く上がった質問の嵐に対し口を開くグラシア……その答えはアルスにとっても驚愕な内容だった。
「実はあるんだ……何せ、以前起きた"クヴィスリング襲撃事件"の際に付近で発見された魔王討伐隊の遺体からは勇者の証が紛失していたようだからな」
"勇者の証"
それは以前アルス達がクス伯爵領の関所を通過する際に使用した、魔王討伐隊の勇者に与えられる……呈示することで各国領土の関所を取り調べなしに通過出来るようになる紋章の事。
そんな代物がアルス達がクヴィスリングへ訪れる道中で発見した魔王討伐隊の遺体から失われていたとしたら、それは────────────
「遺体が握っていた手掛かりから考えて、犯人は恐らく上級魔族の"穢騎士ヴォロス"……奴が勇者の証を持ち去ったのなら、魔族共はその有用性に気付いていることになる……その意味は分かるな?」
最早、勇者の証が持つ信用性がとっくに失われていた事を意味していた。
瞬間、空気が騒つきその場の全員が警戒するように周囲を見回し始める……互いの胸の内を探ろうとする視線からは薄っすらとした敵意まで感じ取れた。
既にこの中に人に扮した魔物が……"裏切り者"がいるのでは?仮に今の時点でいなかったとしても、いつ誰が成り済まされるかも分からない……
「皆、不安にさせてすまない……だがどうか安心してほしい。この私、グラシアに考えがある」
──────そんな風に早速、互いの信頼関係に亀裂が入り疑心暗鬼に陥りかけた……その時だった。
「フォルリアについては……私達二人で対処するとしよう」
「私、達……?」
「紹介しよう……彼がこの北部解放軍の"副リーダー"だ」
「……!?」
次の瞬間、一瞬にして場が空気が凍り付く。
精鋭揃いの中、総隊長たる一角獣の騎士の隣に立ったのが余りに意外な人物だったから……
「リュース……?」
遠征が始まったあの日、勇者アルスに強い敵意を向けていたエルフ族の少年はその場に静かに佇み……不敵な笑みを浮かべていた。




