79話:騎士団長の想い
〜前回のあらすじ〜
自らの家族であるもう一人の女神を堕とされ死へと至らせた"復讐"……それが全知のエルフが語った、魔王が大陸への侵攻を進め人々を虐殺する理由だった。
どちらかが一方的な悪とも言い切れない背景に勇者は思い悩む────どうにかしてこの殲滅戦に終止符を打つ事は出来ないのか、と。
そんな彼に全知のエルフは"魔剣グレリガン"により戦いを早急に終結させる方法を提示し、勇者もまた剣から発される魔力に吸い寄せられるように魔剣へと手を伸ばすのだった。
剣の柄を握った瞬間、ビリビリと感じたのは壮絶な"憎悪"だった。
全ての"悪"をこの世界から浄化する────この魔剣を生み出した者の怨念にも似た意志に、アルスは思わず身を強張らせる。
「くっ……!」
しかしここで折れるわけにはいかない。
自分を魔族の手から逃がしてくれた親友と再会し今度こそ救うため、こんな自分を信じ付いてきてくれる仲間達を守るため、そしてこれ以上戦争により悲しむ人を増やさないため……
勇者アルスは渾身の力を込め、剣を握り締めた両腕を振り上げた────────
──────しかし何も起こらなかった。
『……結局、貴様も真の勇者ではなかったか』
何度として力を込め直し引き抜こうと足掻く……が、それも虚しく台座に深々と突き刺さった剣は一切ビクともしない。
その事実は、アルスが選ばれし者ではないことをハッキリと表していた。
『それも当然か……魔物モドキに世界を平和に導けるわけがない』
「……」
事の真相を知って尚、この憎悪と悲劇の連鎖を止める資格が自分にはない……項垂れ無力感を覚える青年に、興味を失ったかのような森羅のニシアの冷めた呟きが更に追い打ちを掛ける。
『……おい、何をしている?小僧』
そんな時、訝しむ声が聞こえると同時に不意に大きな影が伸びてきた────思わず見上げればそこにはこれまで沈黙を守っていた騎士団長が……
忽然とアルスの目の前に現れた彼の手にはある物が握られていた。
『ペルデール……お前さっきから何のつもりだ?』
「"引き抜いた者は世界を救う"……それがこの剣に纏わる伝承だが、逆に"引き抜けなかった者は救えない"とは言われていない」
『何を馬鹿な、屁理屈を……』
それは"太陽と月"────対照的な二つの装飾が施された金と銀の指輪だった。
唐突に自身へと差し出された品物に「これは……?」と問うと、騎士団長はそれらの正体を口にする。
「これは私が先代の巫女から頂いた神器……"絆の指輪"だ」
「絆の、指輪……」
「互いに最も信頼し合う者達が身に付けた場合に女神の奇跡が与えられる……これをお前に託そう」
『理解出来んなペルデール……何故其奴にそこまで入れ込む?』
女神より与えられし使用者に強大な力を齎す神器……そのような貴重な代物を他者に託そうとする彼に、最古のエルフは苦言を呈した。
それも致し方ないだろう。騎士団長の行動は部外者であるアルスから見ても、明らかに道理に反しているのだから……
魔剣グレリガンを引き抜かせようとしたのもそうだ。
不本意とはいえ魔物になってしまった自身は、本来女神に忠義を誓うスーヤ騎士団・団長の彼からすれば断じて許容出来ない存在なはず……それなのに何故、これ程までに肩入れするような真似をするのか?
「信用に値する……そう思ったからだ」
──────そんな二人の疑問に、騎士団長は二つの指輪を勇者に手渡しつつ答えるのだった。
「彼はこの前の戦いで我が弟子を守りレイア様……いや、エリシアのことも救出せんと身体を張ってくれた」
『それが何だと……』
「彼が衆目の中であの姿を晒すことになったのは、我々を助けようと尽力したためだ」
「……!」
「彼の行動は信用に足る……!俺は信じる、勇者アルスのことを」
その言葉に、アルスは釈放直後のある出来事を思い出す。
"先程の話し合いでは立場故、厳しい態度を取ったがアルス……私は個人として君の事を信じている"
審問の時の厳しい対応は、一角獣の騎士同様にスーヤ騎士団所属の立場故……本心ではペルデールもまた、アルスに深く感謝していたのだ。
「それにこれは……もう俺には必要のない物だ」
指輪を手渡した後、騎士団長はアルスに背中を向けて離れていく────その後ろ姿にどこか、寂しさを覚えたのは気のせいだろうか……
真偽を確かめるより早く、彼が「ニシア様、一つ相談が……」と言ったことで話題が移り行く。
『ハァ……今度はなんだ?言ってみろ、聞くだけ聞いてやる』
「次の"大陸北部奪還作戦"……どうか私も参加させて頂きたい」
『……ならん』
それは余りに急な要望だった。
次の遠征任務に騎士団長はこの国の守護するため参加しない方針だったが……
当然、樹木の少女からピシャリと否定の言葉が放たれる。
『巫女を失った現在、この国は不安定になっている……今は騎士団長のお前が代理として民を導かなくてはならん時だ』
「ですがそれはあなた様でも可能なはず……敵の戦力を削り撤退させた今こそ、追撃に戦力を割くべきではないかと」
『お前ふざけるなよ……この私に表に出ろと抜かすのか?大体その間、国の防衛はどうなる?伏兵が付近に潜伏していないとも限らんのだぞ?防衛の要となる神秘の森が甚大な被害を被った今、これ以上の戦力を割くのは断じて許容できん』
彼女の主張は一つの国家を率いる立場の者として実に合理的な判断で、アルスからしても騎士団長に分が悪い駆け引きなのは見てて明らかだった。
それでも諦め切れないのか、口を引き結んで「……わかりました」と口にする彼にニシアは軽く溜め息を吐いて嗜め出す。
『全く、お前らしくないな小僧……大方あの子のことが心配で仕方ないのだろうが、お前が信じたその男に託すとするんだな』
「……アルス、彼女を頼む」
「あぁ、任せてくれ……!」
普段な冷静沈着な彼が取り乱す姿……きっとペルデールにとっての巫女はそれ程までに大切な存在なのだろう。
大切な人を想う男の顔を見て、勇者アルスは託された想いを受け継ぐと胸に決めたのだった。
・・・
そして時は過ぎ、聖ヤーラ歴716年──────
「皆、準備はいいか?」
「大丈夫!流石にちょっと落ち着かないけど……」
「いつでもいいぜ、リーダー」
「皆さんと旅に出るの……すごい久しぶりな気がしますね」
「遂に、始まるのね……」
──────魔王討伐隊・勇者アルス一行は遠征用に新調した冬服に身を包み、大陸北部奪還作戦に向け行動を開始するのだった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
ここまでが第五章:大陸北部編の前編となります。
次回から始まる中編を引き続きお楽しみください。




