78話:もう一人の女神
〜前回のあらすじ〜
留置所から解放されて数日……勇者アルスは騎士団長に連れられ神秘の森の中を歩いていた。
その先にあったのは石の台座に深く刺さる魔剣"グレリガン"────引き抜いた者は世界を救う力を手にすると伝えられるそれを、抜くように騎士団長がアルスに促す。
真意が分からないアルスだったが、直後に二人の前に新たな人物が姿を現した。
"森羅のニシア"
現存する最古のエルフ族であり、全知の存在……
魔物である自分に苦言を呈する彼女にアルスは問う。
・魔族とは何なのか?
・何故人類は魔族と戦っているのか?
そんな勇者が抱えてる疑問にニシアが語り出す。かつて存在したというもう一人の女神の話を……
これは遥か昔、神話の時代に遡る話──────
かつて神の一族が棲まう天界には、我らが女神スーヤ・レイア様の他にもう一人……女神の素質も持つ少女がいた。
その者の名を口にすることは許されないが、彼女はある罪を犯し、その身を"魔界"へと堕とされた。
まだ小さい身体を猛毒の瘴気に蝕まれ、間も無く命尽きるかと思われた頃……なんと少女は最期の力を振り絞って一つの奇跡を起こした。
"星の産声"
少女の一族が持つとされた凡ゆる生命を自由に創造することが出来る超常的な能力。
自身を堕天させた者達を恨んでか、あるいは何か別の理由があったのか……その奇跡によって少女は瘴気の中でも生きられるある生物を生み出した。
それこそが────"魔王ハイル"
この永遠に続く人類と魔族の戦争の元凶になった危険な生命体……
産み落とされてから奴は、自身を生み出した少女から受け継いだ生命を創造する力で次々と同族となる"魔族"を生み出していった……まるで戦力を増やすかのように。
何故?決まっている。復讐のためだ。
魔王にとって自身を産んだ少女は母親そのものだった……しかしハイルを産み落とした直後に少女は力尽き、その命を落としてしまった。
奴は心の底から憎んだのだろう、少女を魔界へと追放した天界の住人を……
──────そしてその中心にいた我らが女神様の事を。
やがてそれが真実であることを表すが如く、空間の裂け目がこの世界と魔界を繋いだ時、魔王は今日に至るまでの凶行を開始したのだ。
『これがお前が知りたがっていた伝説の真相だ……どうだ?満足したか?』
「……!」
勇者アルスは言葉を失った。
広大な森林の中、最古のエルフから聞かされた壮大なる神話……魔族が大陸への侵攻を続ける根源たる理由に。
『魔王は女神様を母親の仇だと思い込み、強く憎んでいる……だからこそ彼女が愛している人間達が住むこの世界に攻め込んできたんだ』
「……それなら、北部に出現した空間の裂け目も魔王の仕業だと?」
『一般的には自然発生だと言われているが……私はそう考えている』
"家族を殺されたことに対する報復"
人類への攻撃は、人々を自身の子供のように愛する女神への意趣返しだった?どちらにしろ、一つだけハッキリしているのは……
「どうしてもう一人の女神は堕天させられたんだ?ある罪とは一体なんだ……?」
『はぁ……あまり天界に関する事は教えたくないんだがな』
──────事の発端は自分達の女神を含めた天界の住人によって、魔王の母たる一人の少女が堕天させられて命を落とした事にある。
果たしてそれらの行為に正義はあったのか?そう再び問い掛ければ、ニシアは深く溜め息を吐きながらも「まぁいいだろう」と言葉を続ける。
『もう一人の女神はな……かつて生命を創造する力によって一つの世界を終わらせてしまったんだ』
「……!?」
『生命を産むといっても、その生態や思想までをも完璧に制御出来るわけではない。彼女の手に負えない程に凶悪な進化を遂げてしまったある生物によって世界が一つ滅んだ……そういう事件があっただけの話だ』
「そんなことが……」
『あぁ、故に堕天させざるを得なかった……本人に悪意がなかったとはいえ罪は罪……仕方のないことだったんだ』
その果てに答えとして出てきたのは、聖典にて存在が示されていた"天界"という神々の世界の話……
余りにも規模が大きい伝説上の存在が下した審判の成否など、一個人であるアルスには到底推し量れるわけもなく逡巡する。
森羅のニシアの話を聞く限りではもう一人の女神の堕天自体はやむを得ない判断だったようにも思えるが、一方で"大切な者の仇討ち"という魔王の行動理念にも一定の理解を示せる自分がいた。
何故ならば大陸タルシスカにおいて人々が魔族と戦う理由もまた、家族や恋人など大切な人を奪われたが故の復讐が大半だったのだから──────
「……戦いを、止める方法はないのか?」
終わりなき戦争の深淵にあったのは、双方共に決して譲る事が出来ない強い想い……
いつしか互いが互いにとっての仇敵となり、人と魔族は憎み合い殺し合う……決して相容れない関係となってしまった。一体この先の未来はどうなってしまうのか?
──────そんな憂う思いを乗せた勇者の縋るような声に、目の前の全知のエルフは静かに……無慈悲に首を振って否定する。
『ない……我らの憎しみは最早止めようのない、元に戻れぬ域に達した』
「そんな……それでも俺は……!!」
今更争いを止めるにはお互いに死体を積み上げすぎた……そんな事は分かっている。しかしこのままではどちらか一方が完全に滅びるまで戦いが続いてしまう。
そうなってしまえば戦争の被害は現在よりも大きく膨らみ、更なる悲劇を生み出すことだろう。
明確な解決策はない。かといって一人で戦いを終結させるだけの力もない……
それでもこの泥沼の戦争を、これ以上の悲しみが繰り広げられるのは食い止めたい────そんな駄々にも似た勇者の言葉に樹木の少女は再び溜め息を吐き、ある方向に指を向けるのだった。
『……それでもどうしても止めたいと願うのであれば、圧倒的な力をもって敵を屈服させるしかなかろう』
"魔剣グレリガン"
今回アルスがこの神秘の森の深部に連れて来られた理由であり、騎士団長によれば"引き抜いた者は世界を救う絶大な力を得る"という……もしその伝承が本当であれば、最小限の血で戦いを終わらせることが出来るかもしれない。
『貴様にそれが出来るというのなら……試してみるがいい』
ドクンッ────心臓が跳ねる。
アルスは息を呑んで、ニシアに促されるままに大地に深く突き刺さる魔剣の元へと向かう。騎士団長はその様子を何も言わずに静かに見守っていた。
自分が世界を救うなんて大それた事を言うつもりはない。それでも力を得ることで、大切な人達を守れるなら……
近づくに連れ、頭の中に幼馴染の二人と仲間達の顔が流れていく。そうしていよいよ辿り着いた時、勇者は覚悟を決めて禍々しいオーラを放つ一本の剣へと手を伸ばすのだった。




