77話:森の管理者
〜前回のあらすじ〜
勇者アルスが留置所から解放された後、彼の仲間であるレヴィンは自身の姉であるレーニス・トゥローノと再会していた。
全ては次の遠征任務"大陸北部奪還作戦"で足手纏いにならないため、そして大切なアルスのことを支えるため……
────そんな強い思いを秘めた彼女は自らの姉に対し、以前行った際に勝ち取った権利をチラつかせある協力を取り付けるのだった。
「ペルデール殿、こんな所まで一体何を……」
「お前に見せたい物がある……それだけだ」
宗教国家アミナス教国の留置所から勇者アルスが釈放されてから数日後……彼は突如騎士団長ペルデールに呼び出され、共に神秘の森の中を彷徨っていた。
歩きながら周囲を見渡せば、先に広がるは先日の激しい戦いが嘘に思える程に緑豊かな美しい景色……
言われるがままここまで付いてきたものの、広大な自然の深淵に入るに連れて勇者の中で一瞬嫌な考えが過ぎる────もしかしたら騎士団長は先日下した審判について考え直し、ここで秘密裏に魔物である自分を処分するつもりなのではないか?
「……ここだ」
しかしそんな疑念は、不意に騎士団長が足を止めるのと同時に歩みを止める。目線を上げれば樹海の中では珍しい不自然に開いた空間が……
──────そしてその中心では、石の台座に深々と突き刺さる一本の剣が待ち構えていた。
余りの神々しさと純白の輝きを放つ剣身から思わず伝説上の聖剣かと思ったが、すぐに違うと気付く。剣自体から溢れ出ている禍々しい魔力……神聖な空気が支配する神秘の森の中で、その物体だけが強烈な違和感を醸し出していた。
「アレは……?」
「我らが女神、スーヤ・レイア様が太古の時代よりこの地に残したとされる神器……"魔剣グレリガン"だ」
「神器……魔剣……」
聖地の印象から懸け離れた異物について聞いてみれば、答えられたのは何処かで聞いたような単語……
"神器"────確か数日前にこの国で目覚めた直後、エルフの騎士が同じ言葉を使っていたはず……だが結局それについて詳しく聞く暇はなかった。
「女神様からこの地上に齎される奇跡の力が込められし道具の総称……それが神器だ」
顔に出ていたのだろう。アルスの疑問を察したらしい騎士団長が軽く咳払いをしつつも説明を始めた。
曰く、神器は大半が人が身に付けられる程度の大きさの物体でそれぞれが固有の特殊な力を持ってるらしい。例えば留置所でアルスに付けられていた手枷には魔力を封じる効果があるのだとか……
詰まるところ、杖や魔導書等の一般に出回っている魔道具よりも遥かに価値が高い希少な品物ということだ。
「そしてこの剣……グレリガンは伝承によれば"引き抜いた者は、数多の悪を斬り払い世界を平和に導く"とされている……詳細は不明だがな」
「……そんな大事な物の所に、どうして俺なんかを連れてきたんだ?」
そこまで聞いて尚、アルスは納得出来なかった。
魔剣グレリガン────騎士団長の説明を信じるのであれば、この剣は国家機密級の重要な神器という事になる。
そんな代物が安置されている場所に何故、魔物である自分を連れてきたのか?まさか……
「そのまさかだ……この剣を引き抜いてみろ、アルス」
「!!」
続く騎士団長の言葉に、勇者は自身の耳を疑った。
意味が分からない。そもそも神器であるのにも関わらず何故剣自体から魔力が溢れているのかとか疑問は尽きないが、それを差し引いて尚この男の考えが全く読めない。
「この剣は神器の一種ではあるが性質上、魔力を持つ者にしか扱えん。私では不可能だが、お前ならもしかすれば……」
「だが、俺は……!」
つい先日自身を厳しく追及したばかりだというのに何故急にそんな大事な物を自分に託そうとするのか?何故自分なのか?もっと相応しい適任がいるのではないか?一体なんで……
『正気か小僧?いや、ペルデール……』
──────その時だった。
何処からか、反響する何者かの声が聞こえたのは……
「!?」
思わず周囲を警戒するアルス……だがいくら見回したとて視界に映るのは依然変わらない翠緑の景観だけで誰の姿もない。
そもそも今の声もまるで森全体から響いてくるようだった。一体何が起こっているというのか?
「やはり見ていましたか……」
『そんな怪物に世界を託そうとするなど、正気の沙汰ではない……何を考えている?』
「大体の事情は察されてるのでは?でなければ貴方が我々をここまで通すはずがない」
突如として起きた不可思議な事象に勇者が戸惑う一方で、騎士団長の方は落ち着いた様子で謎の声の主と会話をし始めた……まるで始めからこうなる事が分かっていたかのように。
「そうでしょう?森羅のニシア様」
次の瞬間、アルスは目を見開く。
騎士団長が呼びかけた直後、反応するように大地から樹木の根のような物が生え……ある姿を形作り出したのだ。
『とうの昔に捨てた二つ名で呼ぶな……私はもう騎士団員ではない』
咄嗟に剣の柄を握る────忽然と前に現れたそれが、どう見ても魔物の類にしか見えなかったから。
全身が樹木の根で構成された"少女の姿"をした何か……まるで眼孔を思わせるように形成された樹洞の深部には、瞳を表しているのか小さな光が垣間見えている。端的に言って"魔王"を彷彿とさせる不気味な存在だった。
「落ち着けアルス、このお方は我々の味方だ」
「?魔物じゃないのか……?」
『魔物だと?貴様と一緒にするな……!この姿は奇跡の力を極め過ぎたが故……言うなれば仮初の身体だ』
当然、アルスは一層に警戒の色を強めるが、それを騎士団長が手を出して制止する。
緊迫した空気……ニシアと呼ばれた何かは魔物扱いされたことに不服そうな態度を見せたが、騎士団長は意に介さず彼女についての説明をするのだった。
「この方はこの神秘の森の管理者にして、太古の時代から女神様に仕える最古のエルフ……ニシア様だ」
森の管理者────その言葉を聞いた途端、アルスの中で今までの事が一気に思い返される。
"この森は己が意思を持っている……自在に形を変えて私達を目的地まで導き、逆に外敵が迷い込めば即座に土に還してくれるのさ"
グラシアから教えられた情報、先の戦いで実際に何度も助けられた実体験、そして先程から見ている騎士団長からの彼女に対する態度と発言……
「そうか、アナタがグラシアが言っていた神秘の森の加護の正体か……!」
『フン……頭の方は思ったより悪くはないようだな?』
これまで知り得た事柄から樹木の少女の正体について言い当てると、彼女は正解だとでも言うように自信を形成する樹木を変形させてニヤリとシニカルな笑みを見せる。
『そうだ、お前達のことは見ていた……!私は何でも知っている……貴様の正体も、他の者達の事も……そう、全てをだ』
「全てを……だと?」
「最古のエルフと言っただろう?我らの中で最も永い時を生きている彼女は文字通り、この世界のありとあらゆる物事を知っている」
「そう、なのか……だったらニシア殿、俺はあなたに聞きたい事がある」
『……?』
"全知の存在"────そう自身を豪語するニシアに対しアルスは問う。全てはこの前の戦いから……いやそれ以前から抱えていたある問題と向き合うために。
「もし知っているなら教えてほしい……!俺達の敵は……魔族とは一体何なんだ?何故人類と魔族は戦っているんだ……?」
『……いきなり何を言う?そんなことを聞いて何の意味がある?』
それは彼が魔族の言葉を理解出来るようになってから、ずっと考えていた人類と魔族の争いの歴史に関する根本的な疑問だった。
しかし眼前の者にとっては突拍子もない発言だったのだろう。冷めた視線を寄越すニシアに、アルスは構わず言葉を続ける。
「俺は今の身体になるまで、魔族っていうのは本能的に人を襲う……害獣みたいなものだと思っていた」
『それで合っているだろう?何を……』
「違ったんだ……!俺も魔族の言葉を理解できるようになって知った……奴等も俺達人間と同じように、知性と感情のある生き物なんだって」
ある日忽然とこの世界に現れ、人々を襲い出した正体不明の外敵"魔族"……
奴等の人類に対する敵対的な行動について、そういう生態なのだろうと人の身だった頃のアルスは認識していた。
しかし魔物になってから、これまでの冒険で戦ってきた魔族は────シルクもフラストも明確な感情を持ち、仲間のことを想い、悪戯に殺傷を楽しむ様子もない……立場は違っても見た目以外、人間と何も変わらない良心と理性を持った生き物だった。
「それにこの前戦った時、魔王ハイルが言っていた……先に仕掛けたのは俺達人間の方だ、と」
『たわけが……!そんな戯言を信じているのか……!?』
そんな彼らが何故人々を襲うようになったのか?どうしてこの戦争は起こったのか?争いの根源とは一体何なのか?
疑問の全てを吐露した時、全てを知る最古のエルフが見せたのは無機質な仮初の顔越しにも分かる嫌悪・憤怒・憎しみが入り混じった表情……
『魔族がこの世界に瘴気など持ち込んだから多くの子が亡くなった……!先に仕掛けたのは魔族の方だ……!!』
「……そうか」
当然の反応だ。どんな理由があろうと魔族のせいで多くの人々が犠牲になったのは紛れもない事実で、長い年月を生きたニシアならばその悲惨な歴史をよく知っているはず……
彼女からすれば、魔族を庇っているようにも取れる自身の発言はとても許せるものではないだろう。
──────そしてそれはアルスとて同じ。
魔族のせいでアルスは両親を失って孤児になり、親友と生き別れ、自身の身体さえも異形の怪物へと変えられた……奴等に肩入れする気など毛頭ない。
それでも互いに感情と知性を持つ生き物ならば、これ以上悲劇を繰り返さないよう争いを止めるために出来る事があるはずだ。その為に永きに渡って続いている戦争の原因を知りたい。
『チッ……!どうやら納得していないようだな?いいだろう……だったら教えてやる』
そんな勇者の複雑な心中を察したのか、あるいは別の思惑か……森羅のニシアは舌を打ちながらもゆっくりと語り始める。
『魔族が我々を憎み、戦争を仕掛ける理由……かつて存在した、もう一人の女神のことを』
人と魔族────数百年続く憎しみの歴史の根源に存在する……ある人物の話を。




