76話:今私に出来ること
〜前回のあらすじ〜
真実を告白した後、スーヤ騎士団の監視下に入り共に大陸北部奪還作戦に参加するという条件付きで檻から解放されたアルス……
しばらくの間、仲間達との間に重い空気が生じるが────後から追ってきたグラシアの純粋な感謝の言葉を皮切りに流れが変わり、互いの想いをぶつけ合う。
その結果、改めてアルス達は一つになったのだった。
『コッコッコッコッ……』
ある日のこと、均等な形に整えられた石畳の地面の上で軽い足音を奏でる少女が一人いた。
歩を進めている中で疎に視界に入る街並みは清掃が行き届いているおかげか、あるいは国民による高い民度の賜物か、清潔な色合いそのもので……
しかしそんな綺麗な景色とは裏腹に、靴音を鳴らす金髪の少女の心は落ち着かない。
「えーっと……確かここら辺なんだけど……」
そう、ここは大陸中央・宗教国家アミナス教国の街中……
その中で、黒と白を基調とした学生服と三角帽子に身を包む貴族の少女────レヴィン・トゥローノは心中軽い焦りを覚えながらウロウロと歩き続けていた。
その目的はある人物と会うこと。
正直言ってあまり気乗りはしないものの……紆余曲折を経てスーヤ騎士団の団長が提唱した"大陸北部奪還作戦"に加わることになった今では、レヴィンにとって必要な事だった。
家族に見限られ魔王討伐隊に入隊してからここ数ヶ月……様々な経験を経て、レヴィンは自分でも驚くほどに実力が上がった。
おかげでかつてのトラウマを乗り越えることに成功し、先の"神秘の森大戦"でも一定の戦果を上げられた。
──────それでも、魔王ハイルには文字通り……手も足も出なかった。
あの魔物はこれまで遭遇したどの敵とも次元が違う……魔法使いとしても、戦士としても。
攻撃の殆どが目で追えず、向けられた殺意に気付くことさえ出来ず、あの時の自分はただ勇者に守られるばかりだった。その結果、彼は限界まで追い詰められてあんな事に……
次の遠征任務、攫われた巫女・レイアの救出が最大の目的である以上は必ず再び魔王と相見える機会があるはず……
そうなった時にもう二度と足手纏いにならないように、そして大切な彼を守り支えられるように、船の準備が出来るまでの短い期間で出来る限りの全力を尽くす────そうレヴィンは決めたのだった。
「チッ……呼んでおいて遅れて来るなんて、良いご身分だこと」
「お生憎様、あなたと違って私はまだこの国にそんな詳しくないの」
そうこうしている内に目的地に着いた。いや、着いてしまったというべきか……
自身を待っていた人物から掛けられた厭味ったらしい言葉には一切取り合わず、レヴィンは目を細めてそっけなく返す。
「お姉様……」
「レヴィン……今更、私に何の用よ……?」
"レーニス・トゥローノ"
かつてのトラウマで、恐怖の象徴そのものだった自身の姉────レヴィンとは対照的に精密な魔力操作技術を誇る魔法使いで、表面上は淑女ぶりながらも名門貴族である事を鼻に掛けた嫌な人物。
以前この国で行った決闘では自身の成長を見せつけた上で打ち破りその高いプライドをへし折ってみせたのだが、後に起こった戦争では成り行きで大変不本意ながらも協力する羽目になったりした。
その過程で二人きりになった際、これまでの事を謝罪してきたりと彼女も彼女で以前と比べて少しずつ変わりつつあるのだが……いかんせん今までが今までだったため、レヴィンは今でも完全には許せていない。
神秘の森の戦いでは、魔王からの攻撃の余波で気絶した後何処かに搬送されてそれっきりだったが……今の様子を見るに特に後遺症なども無く無事だったようだ。
「話せば長くなるんだけど……色々あって私、今度スーヤ騎士団と一緒に大陸北部での遠征任務に就くことになったの」
「ふぅん……そう」
そんな姉に本命の話をする前に遠征の件を伝える。
また苦い顔をされるかも……てっきりそう思ったのだが、意外にも返ってきた空虚な反応にレヴィンは目を見開いた。
「あれ?驚かないんだ?」
「一応、私にも声掛かったから……生憎、断ったけれど」
「え?なんで……?」
レーニス・トゥローノという女は、自身の知る限りとても野心の強い人物だったはずだ。
何せ兄妹の中でも下の生まれで爵位を継げない身の上ながら、その身一つで武功を立てるべく大国アミナス教国の兵団へと入ったくらいなのだから。
そんな彼女にとって、今回の作戦は成り上がるためのまたとない好機なはず……
それなのに何故──────────
「……自分の実力不足を痛感したからよ」
疑問が湧いた刹那、姉から発された陰鬱さが滲み出ている言葉を聞いてレヴィンは思わず固まってしまう。
「この前の戦い……アンタに煽られるまで私は……何も、出来なかった……!」
「姉様……」
「本物の戦争が……魔族との戦いがあんなに恐ろしいものだって私、知らなかった……!今まで私が熟してきた任務は全部……お遊戯でしかなかったのよ……!!」
「……」
「今回の戦いで私の部隊も、仲間が大勢死んだわ……今私が生きてるのは所詮、運が良かっただけ」
苦虫を噛み潰したように悲痛な表情を浮かべるレーニス……その身体は少し震えていた。
生き残れたのは運が良かっただけ────彼女の言葉に不覚にも共感を覚えてしまう。それ程までに神秘の森での戦いはレヴィンにとって、強烈な"死"のイメージを何度も刻まれた……衝撃的な体験だったのだ。
「お前、私に言ったわよね?仲間を失う方がよっぽど怖いから戦うって……」
不意に姉がこちらに視線を向ける……その口から出た台詞は、戦争の最中に震えていた彼女に向かって吐いた言葉そのものだった。
「少し羨ましいわ……私には、私以上に大切な……命を賭けたい人なんていないもの」
「……」
「私はもう、戦えない……戦うのが怖いのよ……こんな私が出ても足手纏いになるだけ……だから遠征には行けない」
続く言葉を聞いて、レヴィン・トゥローノは漸く理解した。姉は、レーニス・トゥローノは折れてしまったのだ……内に抱えた巨大な野心ごと、魔王という名の恐怖に。
「……」
思わず彼女を呼び出した当初の目的を忘れて言葉を失ってしまうレヴィン────そんな自身に姉は「でも……」と言葉を続ける。
「レヴィン、お前はこれからも戦うんでしょう……?本当に、強くなったわね」
「ね、姉様……」
「今更姉として……なんて烏滸がましいことは言わないけど、陰ながら応援しているわ……精々頑張りなさい」
ふっと笑うレーニス……その僅かばかりの優しい言葉と微笑みは、今まで見たことがない唯一の"姉らしい表情"だった。
一瞬目を奪われてしまったものの、直後に彼女は「それじゃあね」と言い残して自身に背を向け歩き出してしまう。
こうして数奇な運命を経て、大陸中央で再開した二人の姉妹の道は再び分かたれたのだった……
「ってちょっと!!何ちょっと良い感じの雰囲気で去ろうとしてんのよ!!私の話がまだ始まってすらないんだけど!?」
「そういえばお前が呼び出したんだったっけ?何よ……」
──────そんな綺麗な別れなど自分達には似合わない。
微妙な表情を浮かべ溜め息を吐く姉を余所に、レヴィンは遠慮なく本題を切り込んでいく。
「さっき私、遠征に参加するって言ったよね?けど相手はあの魔王……お姉様じゃないけど私も今のままじゃ足手纏いになりかねないし、命が幾つあっても足りないと思うの」
「一言余計だけど……まぁそうかもね」
「だから今のうちにやれる事はやっておこうと思って……それでその、約束!!」
「は……?」
「だから……決闘の約束!!"私の願いを何でも聞く"ってやつ……使うから!!」
今回レヴィンがレーニス・トゥローノを呼び出した理由……
それは以前この国で決闘を行った際、もしもレヴィンが勝ったらと向こうが提案してきた"何でも一つ言うことを聞いてくれる権利"を行使するためだった。
「は、はぁ……!?アンタそれ、いらないって言ったじゃない!!」
「気が変わったの、可愛い妹の頼みだもの……もちろん、聞いてくれるよね?お・ね・え・さ・ま?」
「わ、私に何を……させるつもり……っ!?」
その話を持ち出した途端レーニスはあからさまに狼狽した様子を見せる。顔を引き攣らせ、あまつさえ両腕で華奢な身体を抱き身を捩らせている。
立場逆転────今まで見たことがないような反応をした姉に、レヴィンはかつて自身にそうされたように底意地の悪い笑みを浮かべるのだった。
・・・
「ふぅ……」
「ハァハァ……っ今日はここまで、ね」
「え?私はまだやれるけど」
「こっちが保たないってのよバカ……!先に言っとくけどこんなの……っ毎日付き合うのは無理だから」
「いいよ別に、一人でやるから」
「はぁ?悪いこと言わないからやめときなさい……中級なりたて、しかもセンスないアンタが一人でとか下手したら死ぬわよ」
「お姉様だって同じ中級なのに使いまくってるじゃん!この無資格魔導士!!」
「なんですって!?」
「なによ!!」
お願いを聞いてもらって数時間────肩で息をする姉妹は長い金髪を揺らしながら軽い口論を捲し立て合っていた。今までとは違う……よくある姉妹同士、対等な立場での喧嘩のように。
「はぁ……なんかバカらしくなってきたわ……ほんとに今日はもう帰るから、それじゃあね」
そんな口喧嘩を終えると、今度こそレーニスは自身に背を向けて立ち去り始めてしまう……が、不意に何かを思い出したように立ち止まり────ぽつりと呟く。
「私……この国に残って、一から鍛え直すわ」
「……え?」
「今は難しいけれど必ずもっと強くなって、いつかお前を追い越して……新たにトゥローノ家の当主の座に着いてみせるから」
「またそれ……?別に、勝手にすれば?」
「ふん……本っ当に、可愛くないやつ」
それは先程まで完全に折れてた姉による、再起を決意する言葉だった。
相変わらず家の名に執着する姿に嫌悪半分呆れ半分ですげなく返すと、向こうからも鼻を鳴らされてしまう……皮肉な事にこういうところは姉妹そっくりだ。
「まぁその……頑張れば?私も頑張るから」
「えぇ、頑張りましょう……お互いに」
それでも────最後の最後に漸く、お互い素直になることが出来た。
「……死ぬんじゃないわよ」
「うん……ありがと」
最初にして最後であろう姉から激励……
レヴィン・トゥローノはその言葉を胸に刻み込み、絶対に強くなろうと意気込んで自身の道を歩み始めるのだった。




