75話:これからも
〜前回のあらすじ〜
話し合いの末、アルスに対する審判の時はきた。
スーヤ騎士団の団長であるペルデールは言った。
・特殊な事例故、巫女不在の現在では審議不能……今回は一旦保留にする
・審判までの間、今後とも人類のために尽くし励むように
・今後アルスの身柄はスーヤ騎士団の管理下に置かれること
それらを聞いたアルスは今後どうすればいいのか悩むが、直後に騎士団長はとんでもない事を言い出すのだった────────
"大陸北部"
それは勇者アルスの出身地方であり、魔族との長い戦いの歴史においてかつて最前線の舞台となった激戦の地。
度重なる戦争と魔獣による生態破壊により死の土地と化し……その後は以前謁見の際に巫女が話した通り、全ての領土が魔族の支配下となってしまったはず。
──────だからこそ、騎士団長が言った「大陸北部を魔族から解放する」という言葉にアルスは驚きが隠せなかった。
先の大戦……"神秘の森の戦い"で人類側が敗北を喫し戦力を削られた現在、とても現実味のある話とは思えない。
そう思ったアルスと同じだったのだろう……仲間達もまた一様に息を呑んでいた。
「順を追って説明する必要があるな……グラシア」
「はい」
直後、一行の当惑した雰囲気を察したのか騎士団長が声を上げ、同時に一角獣の騎士が手際よく一枚の大紙を壁一面に貼り付けていく……それはこの大陸の世界地図だった。
「お前達は知る由もなかったろうが、実は以前から我々騎士団は大陸北部奪還に向け密かに動いていたのだ」
続く騎士団長の説明に合わせてグラシアが懐から取り出した羽根ペンで地図自体に色々と描き足していく。
彼らの話をまとめると内容は以下の通り─────
・スーヤ騎士団は随分前から魔族に奪われた領土奪還のため、騎士団とアミナス兵団の一部隊員を別働隊として大陸北部への遠征に向かわせていた
・その結果、少し前に北部最南端の領土を取り返すことに成功したらしい
・現在別働隊は奪還した領土を駐屯地として待機しているが、再び領土を奪い返さんとする魔族による攻撃が激しく苦戦を強いられているとのこと
・そのため一刻も早く大陸中央から物資と援軍を送る必要があるらしいが……
「そこでだ……お前達アルス隊には北部で現在も戦い続けている別働隊と合流した後、共に大陸北部奪還作戦に加わってもらう」
騎士団長の話によれば、彼らは元々この作戦のために優秀な人材を探していてアルス達にも目を付けていたらしい……尤も、それをこんな形で伝える事になるとは予想してなかった様だが。
──────そんな風に説明を受けている間にもう一人のエルフが図を描き終えたようだ。彼女の後方には、今回の作戦の概要が分かりやすくまとめられていた。
「当作戦の目的は逃走した魔王ハイルの追跡および、奴に攫われた我らが巫女・レイアの救出……その過程で北部の各領土を魔族の支配下から解放してもらいたい」
「追跡……前の戦いから何日経ってるか分からないんだが、今から奴らに追いつけるのか?」
「問題ない、斥候によれば現在撤退した魔王軍は城塞都市トロイアイト跡地に留まっているようだ……とはいえいつ動き出すか不明故、急ぐ必要はある」
先の戦争で痛手を負ったのは人類側だけではない。敵の戦力もまた、戦争で投入された上級魔族を大半討ち取る事で十分削ぐことが出来た。
それは必然的に大陸北部における魔族の支配力が弱まることも意味している……その隙を突こうというのだ。
「現時点で遠征のメンバーにお前の正体を知る者はいない……が、念のためグラシアともう一人を監視役として付けさせてもらう」
「……?」
「余り時間がない……遠征は一週間後だ。それまで諸君らには此方が指定した場所で待機していてもらう……以上だ」
かくして一度は魔物として断罪されかけた青年アルスは"勇者"へと戻り……人類にとって起死回生の一手────大陸北部奪還作戦に加わることになったのだった。
・・・
話し合いが終わった後、勇者アルスは無事釈放されて仲間達と共に騎士団長から指定されたある場所へと向かっていた。
そこは北部遠征用の船が準備出来るまでの間、アルスを匿うために用意されたスーヤ騎士団本部の一角……仲間達も同じ区画に泊まるらしく、また外出の際には監視も付くとの事だ。
「……」
広い廊下に集団の足音だけが響く……道中、誰も一言も発しなかった。
どう接していいか分からなかった。きっと他の皆も同じなのだろう。
「──────少しいいか?」
そんな時だった。
不意に後ろから聞こえた凛々しい声に振り返れば、そこには白金の髪を靡かせるエルフ……グラシアの姿が。
「グラシア、今更だがオメー生きてたんだな……よかったぜ」
いの一番に反応をしたのはウォルフだった。詳細は分からないが、恐らく先の大戦でアルスがグラシアと分かれた後に合流していたのだろう。
「あぁ……流石の私もあの時は死を覚悟したが、どうやらこの身は一角獣に救われたらしい……奴を仕留められなかったのは惜しいがな」
「……あの騎士ヤローか」
「"穢騎士ヴォロス"……これから正式に上級魔族として認定し、手配書を発行するつもりだ」
「……」
二人の会話を黙って聞いていた最中、不意にウォルフと目が合う。その時の彼は、普段ぶっきらぼうな彼にしては珍しく複雑そうな表情をしていた……きっとグラシアの言葉を聞いた自身の心中を想っての事だろう。
聖地・アミナス教国から正式に上級魔族認定を受けた、魔王軍に与する正体不明の騎士────もし奴の正体が勇者カリヴァであったなら、彼の今後は……
「話が逸れたな……こんな事を話しに来たわけではないんだった」
「……?」
「伝えてなかった事があってな……そのために追ってきた」
一瞬嫌な考えが頭を過るも、直後にグラシアは話題を切り上げてアルスへと淡色の瞳を向ける。
自分に……?と訝しんでいると、なんと彼女は突如深々と頭を下げて口を開くのだった。
「アルス殿、そしてシオン殿……先の大戦では、魔王の攻撃から私を救ってくれてありがとう……!この通り、感謝してもし切れない」
それは余りにも真っ直ぐな感謝の言葉……急なことに思わずアルスは固まり、同じように声を掛けられた幼馴染は「わ、私も……?」と呆けた声を上げる。
「あの時、魔樹に拘束され続けていれば恐らくあそこで私は死んでいた……道半ばで絶えなかったのは君達のおかげだ」
「大袈裟だ……それにこういうのはお互い様だろ?」
それでも尚続けられる言葉に、アルスはあくまで率直な自分の思いを返す。
きっと彼女もまた、自身の仲間を助けてくれたのだろう……詳しく聞かずとも両者の短い会話と雰囲気から何となく分かる。
だから今回の件はお互い様であり、味方として当然の行いをしただけ────そう伝えると、グラシアは「それでもだ……」と徐に顔を上げて続ける。
「先程の話し合いでは立場故、厳しい態度を取ったがアルス……私は個人として君の事を信じている」
「……!」
「君は悪しき魔物などでは断じてない……!紛れもない、我々の仲間……人間だ」
その言葉と瞳に一切の疑いの色はなかった。
不意に示された深い信頼は彼女にとっては当然のものだったのだろうが、今のアルスにとっては救いであり……鉛のように沈んでいた心が、少しだけ軽くなったのを感じる。
「ありがとう……グラシア、殿……少しだけ気持ちが軽くなったよ」
「グラシアでいい……次の遠征任務でも頼りにしている」
彼女は最後に軽い笑みを見せてそう言うと、背中を向けて歩き出した。後ろに纏められた白金の髪がゆらゆらと揺れながら遠ざっていく。
そうしてやがて、後ろ姿が完全に見えなくなった時……
「アルス!!」
空気が変わった────直後、隣にいた金髪の少女が声を上げて自身に向き直り口を開く。
「疑ってごめん!!あの時、守ってくれたのに……フィル達と違って、何も出来なくてごめん……!!」
「レヴィン、君は何も悪くは……!」
「でもっ!!」
「うっ……!」
ひたすらに謝り続ける彼女……それに対し必要ないと説こうとしたところ、不意に腹部に軽い衝撃が走る。
自身に拳を放ったレヴィン……その金色の瞳からは一筋の涙が流れていた。
「隠し事が……大きすぎるよ……ッ!!突然言われても、私どうしたらいいか分かんないよ……!!」
「……っ」
「だから!今度はちゃんと言って!!もう知ったから、これ以上一人で抱え込まないで……!ちゃんと仲間として信じて、相談してよ……!!」
「ごめんレヴィン……すまなかった」
「うん……ごめんね、私も」
痛くない……けど凄く痛かった。
アルスが勇者になってから出会った最初の仲間で、こんな自分を好きになってくれた女の子……彼女に嫌われてしまうのが怖くて今の今まで真実を言えなかったが、結局それが更に彼女を傷付けた。
「私、今度こそちゃんとする……!仲間として、アナタをちゃんと支えるから!!だからアルス……お願いよ!」
「あぁ……わかった」
これ以上、同じ過ちを犯したくない。
隠し事という心の壁が失われた今、今度こそ本当の意味で仲間として彼女を信じ頼ろう。
──────勇者に戻った青年はそう、固く心に誓った。
「アルス、正直言って俺はまだ完全に納得したわけじゃねー……!だが、オメーを信じたい気持ちも本当だ」
「ウォルフ……」
レヴィンに次いで、灰髪の顔に傷を負った青年が口を開く。
"魔族狩り"……かつてそう呼ばれていた彼は、魔物になってしまったアルスを前に再び複雑な表情を見せていた。
「もしオメーが俺を、俺達を裏切っていたら……今度こそ迷わず、俺は魔物としてオメーを斬る……!!」
ウォルフは幼い頃、黒い上級魔族に故郷の村を滅ぼされて以来魔族を激しく憎んでいる。そんな彼が自身の正体を知って尚すぐ斬り掛かってこなかったのは……ひとえにこれまで積み上げてきた信頼関係のおかげだろう。
「だからよ、オメーに付いていくぜ……俺を失望させんなよ、相棒」
「あぁ……俺を見ていてくれ」
この男の信頼を裏切りたくない。
魔物としてではなく人として戦い、自身を信じようとしてくれている彼の期待に応えてみせる。
「……アルスさん」
改めて固く心に決めた時、不意に自身を呼ぶ声が聞こえた。
その優しく包み込んでくるような声音は、自身の暴走を止めてくれた時と背中を押してくれた時と同じもの……
「フィルビー……君には助けられてばかりだな」
白い衣に身を包んだ聖職者の少女────フィルビー・マーガレット……彼女と顔を合わせたアルスは自然と笑みが零れる。
最初から今に至るまでずっと柔らかい笑顔を向けてくれていた彼女だからこそ、自然とそのような振る舞いが出来たのかもしれない。
「ふふっ……それはお互い様ですよ」
「……?」
「村を、大切な人達を失って途方に暮れていた私に新しい居場所を与えてくれたのは他でもないあなたです……だから私はこれまでもこれからとずっと、アルスさんを信じて付いていきます」
「ありがとうフィルビー……本当に」
「はいっ!さっ、私はいいですから……それよりも、ちゃんとお話ししなきゃいけない人がまだいるでしょう?」
「あぁ……そうだな」
「大丈夫……大丈夫だから、信じて……相手を、そしてあなた自身を」
彼女はまた笑顔を浮かべて、再びアルスの背中を優しく押してくれる。
レヴィン以外にももう一人、傷付けてしまったもう一人の女の子と向き合えるように──────
「……シオン」
「アルス……」
幼馴染のシオン……アルスの告白に取り乱してから今まで、彼女はあまり口を開かなくなっていた。いつも見せてくれた屈託のない笑顔は、今では暗い不信の色に染まっている。
「皆が必死に庇ってたのにごめんね……私、まだちょっと割り切れてないみたい」
「……」
「でもね……!悲しいからって、納得出来ないからってそう簡単に捨てられないの……兄さんの事も、あなたの事も……!」
彼女の瞳から再び熱い雫が流れる……自身の不誠実な行動がそうさせてしまったのだ。
再度強い罪悪感を覚えるアルス────だが、流されるように反射的な軽い謝罪は行わない。
カリヴァとシオン……幼い頃より共に過ごしてきた彼らを見捨ててしまっていた過去を今更変える事は出来ない。今から変えられるものが何かあるとすれば、それは……
「シオン……俺を無理に許そうとしなくていい」
「ぇ……?」
「言い訳はしない……ただ、またカリヴァと会えた時……もう一度ちゃんと謝らせてほしい」
──────これからの自分の行動だけだ。
少しでも過去の罪と向き合い続ける……それがここまで来て、アルスが導き出した答えだった。
「なにそれ……?都合いいね……でも、いいよ」
「シオン……」
「これまでと同じようにはいかないだろうけど、私も最後まであなたに付いていくから……アルス」
「あぁ……ありがとう」
未だ晴れやかには戻っていない少女の顔を見据え、アルスは頷く。彼女の言う通り、今まで通りの関係性でい続けるのは難しいだろう。
それでも彼女は自身に付いていくことを選んでくれた。
謝罪を受け入れてくれるか……それはまだ分からない。ただ、謝る機会をくれたのだ。
勇者アルスは心の中で深く感謝した。
真正面からぶつかってきてくれた貴族の少女にも、未だ信頼を寄せてくれる魔族嫌いな青年にも、ずっと優しく背中を押し続けてくれる聖職者の少女にも、こんな自分に付き合ってくれる幼馴染の少女にも。
仲間が側にいてくれる────今はただ、それだけで十分だった。




