73話:勇者の秘密
〜前回のあらすじ〜
過去の記憶の夢から目覚めた時、アルスは鉄格子に塞がれた部屋で手枷を付けられ拘束されていた。
自身の置かれた状況に落胆する中、仲間達と二人のエルフが目の前に現れる。
自身の正体から二人のエルフが厳しい視線を向けて追及してくる一方、未だ自分を信じ事情を話すように迫る仲間達……
迷うアルスだったが、前回の戦いで自身を信じて救ってくれた少女フィルビーの言葉に背中を押され、夢の中で思い出した全てを話す事を決断するのだった。
青年アルスは全てを語った。
今まで隠していた事を、先程見た夢の中で思い出した内容の全てを……今度は幼馴染以外の全員にも。
「ふむ……任務中に複数の上級魔族と遭遇し、逃げる途中で何者かに襲われ意識を失った……と」
「まさかオメーが俺達と会う前からあの上級魔族共と出会してたとはな」
「あぁ、覚えてはいなかったけどな……」
アルスの語った内容に得心を示す騎士団長と、一方で複雑そうな表情を浮かべるウォルフ……
彼が言うように、アルスはこれまで倒してきた三体の上級魔族────シルク・フラスト・ザヴォートとも以前に遭遇していた……が、その事を今の今まで忘れていた。
何故か?恐らくアルスにとってその記憶はトラウマで無意識に忘れていたかったのと、当時は恐ろしい怪物達から逃げるのに必死で上級魔族達の細かい容貌を気にしている余裕などなかったからだ。
「……それで、その後はどうなったんだ?」
「それは……」
話の続きを騎士団長に促された。いよいよ迫る核心に、アルスは冷や汗を流しつつあの時の夢の続きへと思いを巡らせる。
──────何者かに襲われて気を失った後、次に目覚めた時……当時のアルスの視界を覆ったのは真っ暗闇だった。
思わず顔を顰めてしまうような臭気に何とか耐えつつ、暗闇に慣れるまで待つと……やがて悪臭の源が何なのか分かった。
"死体"
気が付いた時、自身の周囲を踏んでいる足元まで埋め尽くしていたのは隙間がほとんどないくらいギッシリ詰められた……何の生き物なのかすら分からない死体の山。
思わず叫び出し必死に抜け出そうと踠いた末、不意に天井が開き外へ出た────その先に在ったのは、アルスがこれまで見たこともない景色……
色のない無機質かつ広大な部屋一面に並ぶガラス張りの巨大な容器……中には不気味な色の液体に漬けられた謎の生き物達の姿が。
大半は魔物だったが、何体か人間の姿も……いや、正確には人間に近い何かだったとは今は思う。
アルスは戦慄した……全くの未知で理解の出来ない恐ろしい光景に、恐怖心に駆られるがままにそこから走り出した。
しかし逃げたところで、その先には……
・薄暗い紫色の霧に覆われし荒れ果てた荒野
・生き物のように蠢く不気味な森林
・化け物達によって形成された集落
その先も、その先もその先もその先も……──────どこまでも全く知らない恐ろしい景色だけが広がっていた。
「そこは間違いなく魔界だな……気を失った後、魔族に連れて行かれたのだろう」
「魔族が人を攫ってるっつー話とも合うしな……しかしよ、最初に目覚めたっつーその妙な施設は一体何なんだ?」
「何らかの実験をするためのものだろう……恐らくはアルスと同じ"人型の魔物"を生み出すためのな」
「チッ……想像するだけで胸糞悪ぃぜ」
「でもアルス、よく逃げられたね……魔界からこっちの大陸まで」
アルスの話を聞いて謎の施設の正体について推測を重ねる騎士団長とウォルフ……
最中にこれまで静かに話を聞いていたレヴィンが口を開いたのを皮切りに、アルスは金色の瞳に答えようと説明を続けていく。
「勿論無事にはいかなかったさ……逃げる途中で、俺は何度も魔族に見つかって殺されそうになった」
「大丈夫……だったんだよね?」
「あぁ、その時には俺はもう……以前の俺じゃなくなっていたからな」
「それって……」
不気味な施設の外に出て、当てもなく必死に走り続けていた時……アルスは何度も魔族と遭遇し襲われた。
迫り来る攻撃に"死"を間近に感じて無我夢中で抵抗した……直後だった。自身の身体に生じていたある変化に気付いたのは。
・今までとは比べものにならない怪力
・負傷してもすぐに再生し、自身の感情に呼応して都合よく変形する肉体
──────気付けば敵は目の前からいなくなっていた。
「じゃあ……目覚めた時点でアルスの身体は魔物になっていたんだね」
「あぁ……魔族の言葉を理解出来るようになったのもその頃からだ」
「……そうなった原因に覚えはないの?」
「いや……気付いたらいつの間にか、としか」
「そっか……ペルデール様が言ってた通り、アルスがいた変な施設が関係してるのかな……?」
「多分な……それと、身体に起きた変化はそれだけじゃないんだ」
「え?まだ何か……?」
「あぁ、どうにもこの身体には……触れた物質を再現する性質があるみたいなんだ」
それだけではない。逃げる道中、アルスは自身の身体に起きていたもう一つの異常に気付いた。
地面に触れれば触れた箇所が土塊のように、建物の壁など人工物に触れればそれと同じように、魔族に触れればその特徴を再現した肉体に……
何よりも特徴的なのは再現した生物の使用魔法が自分も使えるようなる点、そして使用したい生物の肉体を喰らい吸収することで半永久的に能力を使用出来るという点だった。
「なるほどな……あの時お前が"黒鉄"の魔法を使えたのもそれが理由か」
「でもあの時、黒い上級魔族とメインで戦ってたのはフィルとウォルフだよね?吸収してる暇なんてなかった気するけど……」
「そうだな……俺があの時喰らったのは、フォルリアとの戦いに一人で向かっている時に偶然見つけたザヴォートと同種の魔族の死体だ」
それらの能力を用いて、アルスはこれまでに様々な敵の能力を会得してきた。
・シルクの糸魔法
・ザヴォートの魔法耐性の高い黒い鋼を出す魔法
・元々は使えなかった炎属性以外の自然魔法など
おかげで飛躍的に戦闘能力が向上したものの、当然というべきか……強すぎる力には相応の代償があった。
「性質上、この能力を使う時……俺の身体は魔物化する。身体の一部で再現すれば能力は使えるから、今までは服で隠してきたんだが……」
「……?」
「全力を出すと制御し切れなくなるんだ……そうなると、全身が魔物になる」
「じゃあ、あの時のアルスの姿は……」
「あぁ、これまで取り込んできた魔物の形質が溢れてしまった……本当の俺だ」
"肉体の魔物化"────それはアルスが人間の域から逸脱してしまった事を意味する。
当然、肉体の制御方法を掴めていなかった当時は人々が醜い怪物を受け入れるはずもなく……
死に物狂いで大陸に戻った後、アルスを迎えたのは"人型の魔物"として扱われる残酷な現実だった。
「それでも俺は仲間を、カリヴァとシオンを探し続けた……肉体の制御の仕方をなんとか掴んで、色んな国に行った……でも、二人は見つからなかったんだ」
「シオン・フェルシング……君はその時にはアルスと同じように、彼と勇者カリヴァを探していたのだったな?」
「えぇ……そうよ」
「しかしよ……無事だったシオンはともかくとして、カリヴァの方はそもそも大陸にいんのか?アルスの話を聞くに、同じように魔界に連れ去られた可能性もありそうだが……」
「アルスと同じ剣術を使う謎の騎士……今までの話から考えて、勇者カリヴァがアルスと同様に魔物化された結果生まれた存在と考えるのが自然に思うがな」
カリヴァ達と生き別れてからの物事を粗方説明し終えた後、すぐにウォルフと騎士団長の間である推察が交わされる。
それは先程話題に出た時、アルスの頭にも一瞬過った……魔王に仕える謎の騎士の正体が、勇者カリヴァである可能性について。
騎士団長が考えている通り、状況から考えればその可能性は高いが……一つだけアルスの中に引っ掛かることがあった。
「ち、違う!そんなわけない……!!だってその騎士が使ってたのは、兄さんとは全然違う魔法だったんでしょう……!?」
理想を叶える魔法と金属を自在に操る魔法……シオンが言ったように、両者の使用する魔法が全く異なる系統だという点だ。
もしもあの時自身が対峙していたのがカリヴァだったなら、彼の固有魔法を使われていたなら自分は間違いなく死んでいた……振り返ってみてもそのような形跡はなかったはずだ。
「それに前に二人で話した時……アルス言ってた!アルスが起きた変な施設に、兄さんの姿はなかったって……」
「シオン、その事なんだが実は……謝らなければいけない事があるんだ」
「……え?」
分からない……いくら考えても……何が正しくて、何が間違っているのか……────思わず思考が止まりかけるアルスだったが、シオンが声を荒げた際に出した話題を切っ掛けに再び口を開く。
そうして高鳴る心臓を抑えて遂に告白する……今まで目を背け続けてきた自身の罪を。
「確かに俺はカリヴァを見なかった……でも、あの施設の全部を確認したわけじゃないんだ」
「……!?」
「あの時、俺は真っ直ぐに施設の外へ出た……だからもしかしたらカリヴァが俺と同じようにあの施設に囚われていた可能性も、完全には否定できないんだ……」
「待って……ちょっと待ってよアルス……なんで、そんなこと今まで一度も言ってくれなかったじゃない……!なんで今更……っ」
「ごめん……怖かったんだ……君に、失望されるのが……」
告白する機会自体は以前にもあった……しかしアルスは恐れてしまった。真実を知った時、幼馴染は自分の事をどう思うのか……
だから前に二人きりで話し合った時は、曖昧な伝え方をして誤魔化してしまった。
「俺はあの日、全てを放り出して逃げた……自分が置かれた恐ろしい状況から、すぐにでも逃げ出したくて」
「……」
「でも大陸に戻った後、二人を探しては手掛かりすら見つからない日々を過ごす内にふと気付いたんだ……もしかしたら二人は、自分と同じようにあの場所にいたのかもしれないって」
「……」
「でも俺は……すぐには行動に移さなかった」
「……」
「カリヴァなら大丈夫だと、きっとシオンと一緒に大陸の何処かにいるはず、先ずは大陸で二人を探そうって……そんな無責任な言い訳に逃げて、魔界に戻らなかった……俺は二人を、ちゃんと探さなかったんだ……!!」
「……ッッアルス……っっ!!」
アルスの告白にシオンは信じられないとでもいった表情で口元を抑え、涙を流した。
当然だ……魔界に戻って幼馴染の二人を探すという選択肢を取らなかった当時のアルスの行動は、実質的に我が身可愛さに"仲間を見捨ててしまった"事と同義なのだから。
「ごめんシオン……!謝って済むことじゃないけど、本当にごめん……!!」
「うっ……!うぅ……ッ」
あの日、アルスは負けてしまった。
近くに仲間がいない状況、周囲を死体に囲まれた恐ろしい景色、そして自分が全く知らない未知の世界……それらに対する恐怖心全てに。
ただ、知ってる景色を見たかった。一刻も早く大切な人達に会いたかった……そんな縋るような想いが、当時のアルスに逃げる道を選ばせたのだ。
──────本当はカリヴァとも再会した時に二人に謝りたかった。
「……」
不意に静寂が訪れる。後に聞こえるのは幼馴染の小さく嗚咽する声だけ……それを慰める権利はもう、アルスにはない。
魔族に連れ去られ、魔物になってしまった青年アルスは今度こそ全てを語った……決して取り返しの付かない、自身が犯してしまった"罪"の全てを。
その後しばらく……一人の少女の涙が収まるまで、どうしようもない沈黙が続くのだった。




