72話:ある真実
〜これまでのあらすじ〜(把握してる方は飛ばし推奨)
魔王との死闘の末、限界に至ったアルスは倒れ……自身の過去の夢を見る。
夢の中でアルスは様々な事を思い出した。
自ら勇者になり冒険を再開した理由を、今の自身の形作る原点を……そして……
────────────時は現在に戻る。
<登場人物紹介>
<用語解説>
「ん……」
何処からか冷たい風が流れてくる────肌寒さを感じた次の瞬間、青年は目を覚ました。
どこまでも深い暗闇から一転、朦朧と霧掛かった意識が晴れていき徐々に世界が鮮明になっていく。
自身を取り囲む薄暗い部屋の中を見渡した時、次に視界に入ってきたのは如何にも堅牢そうな鉄格子といつの間にか自身の腕に取り付けられていた鈍い光沢を放つ手枷……よくよく身体を見てみれば、何故だか半裸になっている事に気が付く。
「ここは……そうか」
その光景が青年に……アルスに現在自身の置かれている状況を、此処が紛れもない現実である事を有りの儘に突きつけてきた。
────先程まで見ていた、泡沫のように儚く消えてしまった思い出達は……深い眠りの中で自身の頭に流れていた"夢"だったのだと。
神秘の森での魔王との戦いで勇者アルスは死力を尽くした。死闘の末、仲間が次々と傷付けられたことで自身でも歯止めが効かない程に負の感情に支配されてしまい、力の全てを解放してしまった。
その結果が現状だ……"勇者"としての自分はもう、完全に死んだのだ。
醜い魔物と化した自分に周囲が当然恐怖する中、聖職者の少女────フィルビー・マーガレットだけが優しい眼差しを向けて、暴走しかけていた自分を静めようとしてくれたのを覚えている。その後、今の今まで気を失い……過去の記憶に想いを馳せていたようだ。
しかし今の夢、何か違和感があったような……?
「いや、それより……」
僅かに感じた小さな疑問に思考を回すが答えは出てこない。そんな砂粒程度の違和感よりも今は……とアルスの頭を駆け巡ったのは仲間達の安否。
特にフィルビーは魔王の攻撃により頭から血を流す程に、自分達の中でも一番重症だったはずだ。それなのに自分のためにあんな無茶を……
「────目覚めたか、アルス殿……」
不意に鉄格子の外から声が響いた。
聞き覚えのある凛々しい声……思わず目を向けた先に彼女の姿は在った。
「グラシア……!」
「気分はどうだ?いや、良くはないだろうな……少々窮屈だろうが、今は少し我慢してほしい」
神獣ユニコーンに選ばれた、スーヤ騎士団筆頭格の騎士たるエルフ……
神秘の森での魔王との戦闘中に巫女の指示で分かれて以降消息が分からなくなっていたが、どうやら無事でいてくれたらしい。
「あぁ……それより此処は?」
「アミナス教国内の収容施設だ……これまでの事を覚えているか?君は今、魔物として拘束されているんだよ」
「……ッ」
しかし直後にグラシアの口から淡々と語られた内容にアルスは動揺してしまう。薄々察してはいたものの、やはり今の自身の立場はかなり不味いようだ。
先行きが不安になる……が今はそれよりも先に聞かなければならない事があった。
「……皆は、俺の……仲間達は……?」
「安心するといい、皆無事だ……フィルビー殿が最も重症だったが驚いたことに誰の手も借りずに自身で治療を完遂させていたよ……全く、君達には驚かされてばかりだ」
「そうか……よかった」
そう考えて確認した、アルスにとって最も大事なことに関する答えに安堵する……が束の間、返事をした当人は「さて……」と踵を返して歩みを始めてしまう。拘束されている今、その背中を追うことは出来ない。
「これから大事な話がある……悪いが少しだけ待機していてほしい」
「……!」
「くれぐれもそこから抜け出そうなどと考えてくれるなよ?尤も神器で拘束されていては難しいだろうがな」
「……神器?」
彼女の姿が消えた時、後に残ったのは木霊が如く響いた自身の声……言われるまでもなく逃げる気力など最初からない。
ある種諦観めいた思いを抱えながら、手枷を嵌められた青年はただ一人……無情に流れていく時を過ごすのだった。
・・・
「アルス……っ」
「アルス……!!」
「アルスさん!!」
「アルス……!」
数十分後……鉄格子の前に彼らは現れた。
レヴィン、ウォルフ、フィルビー、シオン……これまでの冒険を共にしてきた仲間達は拘束された自身を見てそれぞれ複雑そうな表情を浮かべている。
「くっ……!」
"感動の再会"……当然だがそんな雰囲気ではない。
今までずっと、幼馴染以外の三人には嘘を付き続けてきた……余りの後ろめたさから、思わず向けられた彼等の瞳から目を逸らしてしまう。
「話を聞かせてもらうぞ……アルス・フェルシング」
しかし、この場において沈黙は許されない。
仲間達の後に姿を現したスーヤ騎士団の団長────ペルデールの力強い言葉と、彼等を連れてきたグラシアから向けられる厳しい視線がそのように告げてきた。
「先ずは彼に状況の報告を……グラシア」
「はっ……今回の戦いにおいて、我が騎士団からは十八名が殉職……我が国含めた各国の兵団からは現在確認出来ているだけでも千人以上が……神秘の森の被害も甚大な状態です」
直後に騎士団長の催促によりグラシアから淡々と伝えられたのは、今回の大戦における味方側の被害……
スーヤ騎士団の総数は、知っている限りだと確か五十数名程度だったはず……詰まるところ今回の戦いでかなりの戦力が削られた事を意味する。
それだけでも十分絶望的な情報だが、失われたものがそれだけではない事をアルスは知っている。
「何よりも、我らが主君である巫女が……レイア様が攫われた……!!」
大陸の中心たる聖地・アミナス教国の……スーヤ教の象徴たる巫女の誘拐……
それは人類側の決定的な敗北を意味していた。
「今回の戦争、始まりとなったのは城塞都市トロイアイトの陥落だった……だがそれについても少し不可解な事がある」
「不可解……?」
グラシアの報告に次いで騎士団長が口を開く。仲間の一人が反応すると、彼は軽く頷いて説明を続けていく。
「タイミングが此方にとって悪すぎたんだ……当時我々騎士団は各国への巡回を一時的に休止し、この国に戻ってきていた……降臨祭の時期だったからな」
大陸最強の守護者たるスーヤ騎士団は普段、大陸各地を転々としている。
活動内容は大陸に蔓延る魔獣の駆除、大陸中の人々からの依頼解決、異端審問、魔王軍との戦争における他国への助力────主に大陸の平和・秩序維持を目的としたものだ。
しかし、降臨祭の前後は祖国であるアミナス教国に留まっていた……巫女を始めとした、各国要人を護衛するために。
「無論、ただの偶然の可能性が高いだろう……しかし人類側に魔物が紛れ込んでいたとなれば話は別だ」
それは敵である魔王軍からすれば、大陸中央への侵攻を進める又と無い絶好の機会。その僅かな隙を突かれたとすれば、その原因は────────
「アルスが……内通者だって言うの!?」
「違う……!俺はそんな事していない!!」
騎士団長から示唆された可能性に動揺し声を上げるレヴィン……同時に一気に集まる自身への疑惑の目に、アルスは必死に首を横に振って否定する。
だがそれも空しく、直後に聞こえたのは騎士団長の「ならば何故……」と自身への追及を続ける声。
「何故……お前は魔族の言葉を理解できる?あの時、お前は魔王ハイルと明らかに会話していた……言い逃れは出来んぞ」
「そ、そうだよ……他に魔族の言葉を理解出来るのはエルフ族しかいないはずなのに」
「……!!」
そうだ……人類と魔族の使う言語は違う。
本来、互いの言葉を理解することもなければ会話することも出来ない……人を超えたエルフ族を除いて。
指摘されたと同時に、アルスは先程感じたある違和感の正体に気付く。
夢を見ていた時、昔の記憶であるにも関わらず魔族の……"蠱毒のヴィリス"が発した言葉を理解出来た理由────恐らくは今の自分の脳が勝手に訳していたのだろう。
「それだけじゃない。先の戦争で現れた魔族に与する正体不明の騎士……聞けばお前と同じ剣術を扱っていたそうじゃないか」
「あぁ、あの野郎も人の言葉を喋っていやがった……!!」
自身への追及は更に続く。騎士団長が提示し、仲間の一人が相槌を打った次の話題は……魔王ハイルから"ヴォロス"と呼ばれていた、黒血色の外套を纏った謎の騎士に関するもの。
特徴の一致具合から考えて、恐らく城塞都市クヴィスリングを襲った謎の敵の正体も奴なのだろうが……それ以上にアルスは"嫌な予感"を覚えていた。
相対した時のどこか懐かしい感じ、意味深な反応……しかも人の言葉を話し、自分と同じ剣技を使っていた……?
「それもこれも、お前が奴の仲間だったのならば全て説明が付く……人間のフリをして此方側に潜入していた魔物が、敵に情報を流していた……ただそれだけのことだ」
頭の中を様々な考えが過ぎる────が、今はそんな場合ではない。
このままでは裏切り者として処刑されてしまう。それだけはどうにか免れなければ……
「違う!!俺は敵じゃない……!信じてくれ!!」
「違うと言うのであれば、全てを話してもらうぞ……アルス・フェルシング」
「くっ……!」
思わず声を荒げるも、騎士団長からの厳しい言葉がアルスの声を詰まらせる。
全てを話す……それは先程思い出してしまった、アルスにとって掘り返されたくない過去を告白するという事に他ならない。
決して仲間に知られたくない……自身の罪を。
「アルス、お願い!!話してよ……!私、嫌だよ……このままアナタの事、何も知らないままで終わるのなんて……!!」
「俺も同じだ……!魔物は嫌えだが、お前はこれまで俺達を何度も助けてくれた……だから話くらいは聞いてやる……俺らに話せよ、全部……!!」
「アルス……」
苦悩に苛まれている時、不意に上から仲間達の声が届いた。見上げればそこには自身を真っ直ぐ見つめるレヴィンとウォルフ……そして後ろから心配そうに見守る幼馴染の姿が。
悩みに悩んだ末に出されたであろう二人の言葉には、アルスに対する疑いの色も、隠し事に対して責める色も見受けられない。
ただ、これまで自分達に見せてきた自身の行動は嘘ではなかった……そんな願望が彼らの言葉からは垣間見えた、気がした。
「……大丈夫ですよ、アルスさん」
そして最後に聞こえたのは、正体が露見した後も自身を優しく抱きしめてくれた少女────フィルビー・マーガレットの声。
以前と何も変わらない、いつも通りの慈愛に満ちた表情と優しい言葉……それに触れた瞬間、あの時の記憶が甦る。
「シオンさんだけじゃない……レヴィンも、ウォルフさんも……みんなきっと、理解ってくれますから」
"レヴィンもウォルフさんも……話せば、きっと理解ってくれます"
"頑張ったんですね、そんな姿になるまで一人で戦って……でも大丈夫……あなたは一人じゃない"
"勇者だからって、全部を背負い込もうとしなくていいの……足りないところは私達が補う……私達は、仲間なんですから"
"もし誰にも受け入れられなくても、私だけはあなたの支えになります……ここがあなたの居場所……"
"だからお願い、戻ってきて……アルスッ!!"
「だから……私達を信じて、話してみて?」
──────その言葉が、一人の青年の……アルスの背中を優しく押した。




