69話:諦めるな
〜前回のあらすじ〜
突如として襲来し、アルス達の故郷"ファーレン王国"への侵攻を開始した悪名高き上級魔族───蠱毒のヴィリス。
アルス達含む国中の魔王討伐隊は王国の正規軍と共に国境付近で待ち伏せし迎え討つも、敵の圧倒的な力を前に部隊が半壊……あわやアルスも殺されそうになるも、ギリギリのところでカリヴァによる助けが間に合う。
そして遂に、勇者カリヴァと蠱毒のヴィリス────強者同士による一騎討ちが始まるのだった。
『キィンッ!』『ガキィッ!』『カァンッ!』
白銀に光る一本の剣と、毒々しい外殻の両腕から突き出し刃が交錯し────吹雪舞い散る白銀の世界の中で火花散らし合う。
勇者カリヴァと蠱毒のヴィリス……互いに肉薄し、目にも留まらぬ速さで行われる強者達の激しい斬り合いは拮抗し合っていた。
手数・身体能力共に敵に劣っているはずのカリヴァが今、上級魔族と互角に渡り合えている理由……それは恐らく彼が"理想を反映する魔法"を自身の身体能力強化に切り替えたからだろう。
──────だが、彼の強みはそれだけではない。
元より訓練施設でトップの成績を誇っていた才覚に加え、彼独自の変幻自在な剣技が合わさり……その実力は今や上級魔族に迫る域にまで達していた。
「フン、探せばウジ虫の中にもマシなのはいるものだ……なッ!!」
一騎討ちの最中、不意に繰り出されるヴィリスの第三の腕たる尻尾による刺突・薙ぎ払い攻撃……
それらを勇者は紙一重で躱し、一気に敵の死角へ入り剣を構える。僅かな隙が生まれた今、先と同様に剣に強化魔法を付与すれば硬い外殻ごと敵を斬り倒せるはず────そんなアルスの期待通り、カリヴァは剣に魔力を込め思い切り振り抜いていく。
「そこだろォ!?」
「ぐッ!?」
しかし刹那、血飛沫と共に上がった呻きは親友の声。なんと敵は視覚外からの斬撃を難なく回避し、逆に斬り付けたのだ。
その時、アルスは心の底から恐怖した……蠱毒のヴィリスという存在に。
大勢の人々を一瞬で消滅させてしまう威力を持つ長距離魔法、攻防共に自在かつ中距離全てを制圧する猛毒の水魔法、そしてたった今見せ付けられた天性の近接戦闘能力……
遠・中・近、全ての間合いにおいて一切の隙がない圧倒的な強さは以前遭遇した上級魔族とは比べものにならない程に強大で、全くと言って良い程に倒せるイメージが湧かなかったのだ。
「多少マシだろうが、所詮ウジ虫はウジ虫……これで終わりだ……!!」
反撃を受け、鮮血を流しながら膝を突く勇者……そんな彼に敵は嘲笑の言葉を浮かべながらトドメを刺そうと片腕に魔力を集中させる。
期せずして生じた親友の窮地にアルスは剣を構え、雪に足を取られつつも走り出す……正にその時だった。
「カリヴァ!!」
「兄さんッ!!」
静かさから一転、突如アルスの視界を覆い尽くしたのは夥しい攻撃魔法の嵐。
敵だけでなく親友まで、全て呑まれてしまった……思わず足が止まり絶句してしまう、その暴挙を行ったのは──────────
「やったか!?」
「作戦通り……これで手柄は俺達のもんだ」
「討伐隊のクズ共もたまには役に立つもんだな」
王国の正規部隊……今の今まで後方から高みの見物を決め込んでいた連中だった。奴らの口から出てくる下劣な言葉、味方の命を全く顧みない非道さ……余りの醜悪さにアルスは拳を固く握り震わせる。
「落ち着けアルス……!俺なら大丈夫だ」
しかしそんな彼を怒りの波から引き戻したのは聞き覚えのある優しい声……振り向けば、そこにはどういう理由か大きな負傷もなく後退してきた親友の姿が見えた。
「それよりシオン、回復と解毒薬をありったけ頼む……どうやら奴の刃にも毒が付与されていたみたいだ」
一瞬混乱するアルスだったが、苦しそうに肩を上下させる彼と……その手に持たれている、いつも愛用している盾を見て全てを察する。
恐らく彼は味方から闇討ちされる直前に、それまで身体強化に使用していた固有魔法を盾か防具への魔法耐性強化に切り替えて難を逃れたのだろう。
しかしそれ故に魔法の同時使用制限に引っかかった……本来は攻撃を受けすぐにでも発動するはずだった自身への毒耐性付与が遅れ、結果現在の衰弱した状態に至ってしまったのだ。そんな彼にシオンは懐から取り出した解毒薬を手に走り出すが……
「チッ、雑魚共が……!少しは楽しんでたところに水差しやがって……!!【冥府の川流れ】!!」
直後に前方から感じたのは高出力の魔力反応……視線を向ければ、そこには手傷を負いながらも再び尻尾に魔力を集中させる敵の姿が。
刹那、アルスの脳内に甦えりしは……先程の味方が一気に消滅した地獄絵図。同じく気付いたらしい周囲は慌てて防御魔法を展開し出すが……
「伏せろ!!」
次の瞬間、圧縮された水魔法が薙ぎ払われたことで二度目の惨状が再現されてしまう。
血飛沫と共に舞い上がる悲鳴、飛び散る四肢、生きながら溶かされていく人々────展開された多くの防御魔法を撃ち抜いた悪夢を前にかろうじて生き残ったのは、カリヴァの指示通りにその場に伏せたアルス達と一部の魔王討伐隊……そして後方で強固な防御魔法を展開していた正規軍だけだった。
「防いだのは褒めてやる……だがオレの前では無駄だ!【地獄の業火】!!」
だがその命も所詮は水の泡……容赦なく襲い掛かる追撃の炎が正規兵達の防御魔法に触れた途端、弾けるような花火音と共に火炎が一気に燃え広がり、瞬く間に数多くの命が呑み込まれ消えていってしまう。
後には……かろうじて生き延びながらも蜘蛛の子を散らしたように逃亡を図る正規兵達と、その光景を前にして言葉を失う人々だけが残るのだった。
「逃げた……!?」「正規部隊がこんな、あっさり……」「俺達だけでどうしろってんだよ……」「もう無理だ……終わりだ」「嫌だ……死ぬのは嫌だ……ッ」「逃げなきゃ、早く……!」
誰もが絶望していた。あれだけの戦力差があったにも関わらず全てがひっくり返された……上級魔族と自分達の間にある絶対的な、隔絶された力の差に。
そして主戦力だった正規軍が戦場から離脱した以上、最早逆転の目はない……後はただ、強者によって一方的に蹂躙されるのを待つだけ。当然残された者達もまた、自分達も生き残ろうと雪の中を必死に踠き逃げようとする。
「諦めるな!!」
しかし、その運命にただ一人……抗う者がいた。
「皆、立つんだ!!理不尽に押し潰されて絶望するんじゃない!!現実に立ち向かえ!!」
勇者カリヴァ────シオンからの回復魔法と解毒薬により漸く動けるようになった彼は再び剣を構え、果敢に目の前の凶悪な魔物へと挑んでいく。
「どんなにみっともなくても、泥に塗れようと、俺は最後まで諦めない!!目の前の理不尽に、この世界に一矢報いてやる!!それが……俺の生き方だ!!」
その姿は、アルスが幼い頃に読んだ英雄譚の主人公……"本当の意味での勇者"そのものだった。




