68話:蠱毒のヴィリス
〜前回のあらすじ〜
15歳になった頃、孤児院を出て勇者カリヴァとその妹のシオンと共に夢のような冒険を始めたアルス……
カリヴァの活躍により隊は一躍有名になり、またそんな彼の下でアルスは少しずつ実力を伸ばし、二人との思い出を作っていく。
しかし平和な日々も長くは続かない。ある日、アルス達は王国により招集され……強大な上級魔族が迫っている事を告げられるのだった。
聖ヤーラ歴712年────辺りに雪が舞い散るファーレン王国・国境付近の雪原では、数多くの魔導士達が集結していた。
全ては現在此方に向けて侵攻しているという上級魔族"蠱毒のヴィリス"を迎え討つために……
戦力配置としてはアルス達含む魔王討伐隊が先行部隊として前方に、後方には国から遣わされた正規部隊の一部が待機している状態だ。
「俺達を囮にして敵の分析をするつもりか……相変わらずだな」
それに対しただ一人、不満を零したのはアルスの親友である勇者カリヴァ……
魔王討伐隊への冷遇────この大陸タルシスカで生きる人々にとっては最早当たり前なものと化していた世界の常識に一石を投じる彼の瞳は……普段とは異なり暗い光を宿しているように見える。
何も言えず、雪煙が強くなると共に時間だけが過ぎていく……そんな風に視界が少しずつ悪くなっていく中、アルスはふとある事に気付いた。
「シオン、大丈夫か?」
「……え?あぁ、あはは……流石に寒くて、ね」
身体の震えを指摘した途端、身を抱えながらも誤魔化すように笑うシオン……だが声まで震えているその様子に、アルスの目は誤魔化せない。彼女の笑顔の裏に隠し切れない恐怖心が滲んでいるのは明らかだった。
いや、彼女だけではない。この場にいる誰もが緊張し、何かに怯えているようにアルスの紫の瞳には映る。
カリヴァと同様に今回の戦いにおける魔王討伐隊の立場を察したのか、あるいはこれから戦う敵への恐れ故か……
蠱毒のヴィリス──────アルス達のいる大陸北部にて、たった一体で城塞都市を複数壊滅させた凶悪な魔物。
襲撃から生き残った者の証言によると、奴は"強い毒性を含む特殊な水魔法"を戦闘の主軸にしているらしく、攻撃を受けた人々は全員苦しみ……のたうち回った末に死に絶えたという。また、一部それとは異なる報告も上がっているらしいが情報が錯綜しており、その能力の真相は定かではない。
何よりも特徴的なのは、ヴィリス自身は上級魔族としては珍しく常に単独で行動しており軍勢を率いていないという点だろう。それにも関わらずこれだけ恐れられているのは、ひとえに奴が他の上級魔族と比べても一線を画する強大な実力を誇っているからだ。現に、たった一体で複数の都市を滅ぼした魔物はヴィリスを除いて他に存在しない。
「大丈夫だよシオン、お前の事は俺とアルスが絶対に守るから……な?」
場に不穏な空気が流れる中、不意に優しい声をアルスの耳が捉える。それは先程から一転、普段の調子に戻った親友の声だった。
きっと妹の不安を察したのだろう。彼女に向ける彼の眼差しは……直前に一瞬見せた色とは異なる明るい光を宿していた。
凶悪な敵との戦いを前にして尚、家族を……仲間を気遣う姿は周囲を引っ張る本物の勇者そのもの。そんな彼に触発され、アルスもまた自身の内にも芽生えかけていた恐怖の欠片を振り払い、今一度気を引き締め直していく。
「来たぞ!!」
「10時の方向!!」
「一斉攻撃、準備!!」
──────そうしていた時、忽然と……それはやってきた。
『ドォンッッッ!!!』
突如として響いた巨大な花火が上がったような、大地を震わせるような重低音……耳を澄ませばそれは段々と此方に近付き、やがて強大な魔力反応を捉えた時────視線の先には空中に浮かぶ巨大な水の塊が。
「……【地獄の業水】」
刹那、空から呪文が響くと共にそれは勢いよく放たれアルス達の頭上を埋め尽くす。同時に地上から放たれるは反撃の魔法群……
『バチィッッッ!!!』
ぶつかり合い、相殺し合い、激しい明滅と共に弾け散り────やがてそれは地上に死の雨と化して降り掛かった。
それに対し間一髪アルス達は防御魔法を頭上に展開し難を逃れるも、間に合わずに浴びてしまった者は苦しみ悶えながれ倒れていき……噂通りの景色を再現していく。
「ハッ!わざわざ待ち伏せていたか……無駄な事を」
悲鳴が上がる中、不意に上空から声が響くと同時に目の前に一つの影が雪を散らして降り立つ。それはたった今猛毒の雨を降らし、この惨劇を引き起こした元凶……
「お前ら下等種がどれだけ数を増やそうと、力を積み上げようとも……オレを前には意味を成さない」
段々と吹雪が強まり視界が悪くなりつつある中でも、奴の輪郭は……手配書に描かれていた通りのその姿は、アルスの瞳にハッキリと映される。
「オレの前では"死"は絶対であり平等だ……!!」
蠱毒のヴィリス────紫黒色の鋭利な外殻と先端が尖った尻尾を持つ……奴の身から放たれる絶大な魔力は幾多の魔導士達が集まるこの場において尚、一際異質さを放っていた。
「【竜の息吹】!!」
「【風の通り道】!!」
「【水面斬り】!!」
それでもアルス達含め味方の魔導士達は一切臆する事なく、奴に向けて再び魔法を撃ち放っていく。
どんなに強大な魔力の持ち主であっても、数の差から総合的な魔力量では此方が有利……そうした判断の下での魔撃戦の撤退だった。
「オレの力を見せてやる……!!」
しかしそれも全て奴が前方へと展開した分厚い水の壁によって易々と掻き消される。
これだけの大人数からの魔法を単騎で防ぎ切るだけでも驚愕だが、ヴィリスはそれに留まらず前方に構えた尻尾に魔力を集中させ……
「──────【冥府の川流れ】」
極限まで圧縮したそれを一気に解き放った。
直後、横から上がるは血飛沫と耳を塞ぎたくなるような断末魔……気付いた時、隣には血の海と人の身体の一部が散乱する地獄絵図が。
「は……?」
意味が分からなかった。
今し方ヴィリスが使用したのはカリヴァがよく使う水上級魔法"水面斬り"に相当する魔族側の魔法だろうが、如何に攻撃・貫通力に優れた高等魔法といえどあれだけの数を消し飛ばす威力はなかったはずだ。それがたったの一瞬で、跡形も無かったかのように消滅して……
「アルス!!上だ!!」
「!!」
思考が追い付かず動けなくなるアルス────その最中、先程と同様の花火のような轟音が猛吹雪の中響き渡り……次の瞬間には両腕から刃を突き出した奴が迫り来ていた。
「うっ……!」
一瞬の、あり得ない速度での奇襲にギリギリのところでアルスはカリヴァに庇われ、その命を救われる。
冷たい地面を転がるのと同時に怖気が走った……助けられていなければ自分はまともに反応すら出来ずに命を落としていた、と。
「クハハハハ!!素晴らしい景色じゃないかァ……!強い力の行き着く先は破壊!破壊こそ強さだ!!」
敵は狂ったように笑っていた。まるで此方の事など眼中にないかのように、何かに取り憑かれてるかのように上の空な状態……一見隙だらけだが、それでもこの場において奴の力は圧倒的なもの。
現に隊列が崩壊した一瞬で距離を詰められ乱戦に持ち込まれた現在、味方同士での誤射の危険が高まり"数の差"の優位性は最早失われつつあった。近接戦を仕掛けようにも、奴が周囲に猛毒の水魔法を展開している以上迂闊に手を出すことも出来ない。
「あの甘ちゃんではない……キサマらを根絶やし世界を変え、新たな王になるのはこのオレだ!!」
──────端的に言って最悪な状況……
打つ手がない中、ヴィリスは高笑いを上げたまま新たな魔法を展開する。それは先程よりも巨大な……音を立てて渦を巻くように膨張していく黒く濁った水流。このままでは全て呑み込まれる────────
「【翠の庭園】ッ!!」
思わず死を覚悟したアルスだったが、呑み込まれる寸前でシオンの詠唱により前方に展開された植物群によって事なきを得る。
植物魔法には水魔法を吸収する性質がある……猛毒が含まれていた事により吸った側から枯れていってしまったが、どうにか仲間のおかげで窮地は凌げた。
「チッ!下等種が、潰してやる……!!」
次の瞬間、激昂した敵の殺意が此方へと向けられる。
両刃を突き出し迫る奴の斬撃を咄嗟にアルスは受け止めるが、その間にももう一つの刃が迫り……
『ザシュッ!!』
思わず死を覚悟した直後、銀色に輝く剣が伸びると同時にヴィリスの片腕が吹き飛んだ。
如何にも硬そうな外殻ごと切断……そんな芸当が成せるのは彼の魔法しかない。
「カリヴァ……!」
「よくやったアルス……お前がいなかったらちょっとヤバかったかもな」
理想化────恐らくは自らの剣の切断力を極限まで強化したであろうアルスの親友は今、純白の外套を靡かせながら……腕の再生を終えた奴と向かい合っていた。
「後は任せろ……!!」
"勇者カリヴァ"と"蠱毒のヴィリス"……
片や上級魔族を単身で討ち取り名を上げ始め、片や単身で複数の都市を滅ぼし大陸北部で恐れられる存在……
二つの強大な力が、ぶつかり合う。




