64話:鏡の剣に映るのは
〜前回のあらすじ〜
必死の思いで、その場にいた全員の力でなんとか倒した魔王……だが死に絶えたと思っていた奴は、実は本体ではなかった。
復活し第三の形態へと移行した魔王の手によって、先ず巫女が倒れ……その後は均衡が一気に崩れ味方が一人、また一人と倒れていき────遂にはアルスも片腕を失ってしまう。
絶望的な状況の中、不意に散り散りになっていたフィルビーが現れるが……次の瞬間には彼女も魔王の凶刃の餌食になってしまい、勇者アルスの中で何がふつりと切れるのだった。
※作者からお願い
出来ればこの話は、一話から順に追って頂いた上で読んでほしいです。
『ドゴォッッッッ!!!』
自身が引き起こした惨劇を前に観察でもしてるかの様にじっと立ち尽くしていた樹木の騎兵────魔王ハイル……
気が付けば、アルスは奴の頭部を思い切りに殴り付けていた。
「グッ……!ナンダ、今の力は……!?」
「……やる」
「ん?」
吹っ飛ばされながらも複数生やした脚部の樹木で大地に根を張るようにして踏ん張る魔王……ダメージは少ない様だが、ここまで一方的な殺戮を展開してきた奴の余裕を少しは奪えたようだ。
「殺してやる……ッ!!」
──────それでも一度アルスの中に生じた激情が収まることはない。
大木に打ち付けられたことにより苦悶の表情を浮かべて蹲る自身の幼馴染、自身に初めて真剣に告白してくれた女の子が衝撃で気を失っている姿、そして頭から血を流し反応がない……柔らかな雰囲気と笑顔で何度も自分達を癒してくれた仲間の少女。
「許さない……お前だけはッ!!」
かつてカリヴァやシオンと散り散りになって安否が分からなくなった時とは違う。明確に目の前で、大切な人達が傷付けられた。
その事実は、光景は、勇者の心に強烈な傷を植え付け……それはそのまま怒りの感情へと変貌していく。
怒りは憎しみに、憎しみは殺意に、内に生じた初めての激情に駆られるがままに勇者アルスは魔王目掛け襲い掛かるのだった。
「よせアルス!!奴に直接触れたら……」
生命力を吸われる────不意に聞こえた騎士団長の警告に構わず勇者はもう一度拳を固く握り締める。
触れた相手の生命力を奪う奴固有の能力も結局は魔法を媒介にして引き起こされる現象……ならば自分には関係ない。
「【地獄の鋼禍】……!!」
呪文と共に勇者の腕に張り巡らされたのは、かつて全能のフォルリアと戦った際にも使用した"魔力耐性の高い金属を生み出す"魔法……まだ黒い上級魔族のように自在な形に加工して武器や防具を生み出せはしないものの、身体の表面に纏わせるくらいなら出来る。
黒鉄と化したこの拳は、どんな魔法であっても阻むことは出来ない──────────
「ッッ!!待て、なんダそれは……!!」
更にもう一発、殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。
鋼鉄の如く硬い樹木の皮膚……それでも今殴っているのは確かに生き物なのだと肌で感じた。
剣で切断するのとは異なる、決して慣れることは無さそうな気持ち悪い感覚だ。
「何故、腕が戻っている……!?」
それでもアルスは殴るのを止めない。
両腕に渾身の力を込めて、怒りのままに猛攻を仕掛けていく……が、そんな殺意を込めた攻撃も魔王が前方に構えた樹木の盾によって阻まれてしまう。
「チッ、まるで獣だな……!何を怒り狂ってるんだ……!?」
「ふざけるな……」
「ッ!!」
「お前がッッ!俺の仲間をッッ!!」
「まさか貴様──────そうか、そういうことか……!!ククッこれは面白い……!!」
変形し、少しずつ欠けていく盾の隙間から奴が見せた感情は困惑の色……何に怒っているのかまるで理解出来ないといった反応は青年の感情をより刺激し、それに対し魔王は感情を喜びの色に変えて語り掛けてくる。
「"仲間"とか言ったな?私が壊した人形の中にお前の大切な者でもいたか?だがお前も我が同胞を殺したろうに、随分と都合の良い脳味噌をしてるなァ?自分達が殺るのは良くて、殺られるのは許せないと?」
「黙れ……!黙れェッ!!」
「それともまさか自分達を正義の側に置いた英雄ゴッコに酔いしれているのか?目を覚ませ、貴様は今私に殺意を向けているが……互いにやってる事は同じではないのか?」
「同じだと……!?」
やがて持ち前の再生能力で復活させた巨大な盾を今度は質量武器の様に振り下ろす魔王────奴から発された嘲笑うような言葉と攻撃を真っ向から受け止め、勇者は内に抱いていた感情を爆発させる。
「仲間を道具みたいに使うお前と、俺の想いが……同じなわけないだろうッ!!」
開戦当初、魔王は周囲にいた自分の仲間を人類連合軍の攻撃を防ぐ肉壁のように扱いながら神秘の森に迫って来ていた。
先程も同じ……自身への集中攻撃を分散するように数多くの魔物を生み出し続けた。
その様に冷酷な選択が出来る奴に所詮は同じ群れの鳥だと嘲笑われた事実は、アルスにとって耐え難い……反吐が出るような想いだった。
「魔王ハイル!!仲間を、自分の周りさえ平然と傷付けるお前を……俺は絶対許さない!!」
「ハァ……これだから視野の狭い、頭を女狐に弄られた人間モドキは嫌いなんだ。お前のように感情でしか判断出来ない愚か者がいるから戦いはいつまでも終わらないのだろうな……やはり絶滅させるべきか?」
「戦いを仕掛けてるのはお前達の方だろう!!お前は、こんな虐殺を重ねて……ッ仲間にも犠牲を出して……何も思わないのか!?」
「思わない。もう何度もあった事だからな……それにお前、何か思い違いをしているな?」
何を言おうが数百年……魔王の指示の下に人類が殺されてきた事実は変わらない。これ以上は平行線、時間の無駄としてアルスは自身を押し潰さんとする盾を払い除け、怒りを加速させた一撃を撃ち放つ。
刹那、呆れるような反応を見せた魔王はその姿を消し……
「──────先に仕掛けてきたのは人間の方だ」
次の瞬間、背後からの奴の言葉と共に衝撃が勇者の背中を貫いた。
口から血反吐を吐いて倒れると同時に身体が何かに絡み付かれ拘束されていく。
「ほゥ……まだ生きてるか……やはりお前、器だな?」
魔王の樹木だ。このままでは生命力を吸われる────上から投げ掛けられる言葉の意味を深く咀嚼している暇はなかった。
アルスは全身に"地獄の鋼禍"を張り巡らせた上で拘束を強引に引き千切り突破する……その先に待っていたのは魔樹の剣を振り下ろす魔王の姿。
「ぐ……ッ!!」
直後、鈍い音が鳴ると同時にまた身体に激痛が走る。咄嗟に防御に出した腕が折られたのだ。
黒鉄化した身体の上からでも凄まじい威力……だが攻撃を防ぐこと自体は出来た。
「うおおおオオオオオオオオッッッ!!!」
折られた腕を痛みも構わず振り払い、奴を仰け反らせる────その隙にアルスは咆哮を上げ、まだ動くもう片方の拳を握る。
狙うは魔王の頭部、硬い樹木の兜で覆われた"結晶"という名の心臓部位……アレさえ破壊すれば戦いは終わる。
そんな強い想いを乗せて、勇者アルスは鋭利な形状へと変質させた漆黒の拳を奴に向け撃ち放つのだった。
「────────そこまでだ」
……が、直前に視界の端に映ったのは鏡のように光る銀色の剣。刹那、衝撃を受けてアルスは後方へと弾かれてしまう。
「……?」
何とか体勢を立て直し、視線を上げた先にいたのは……全身に亀裂が入った鎧とボロボロな黒血色の外套を纏った異様な騎士の姿。
城塞都市クヴィスリングを襲った正体不明の敵の情報と一致する風貌だが……それを前にしてアルスが最初に覚えたのは既視感だった。
初めて出会う敵、知っている筈など無いというのにどこか感じる懐かしさ……不思議な感覚に対し、思わず強烈な違和感に襲われる。
────そんな彼に呼応するかのように、突如現れた黒血の騎士もまた……勇者をじっと見つめていた。
「お前か……何の用だ?」
不意に二人の間に生まれた沈黙を破ったのは魔王ハイル……訝しむような奴の言葉に、僅かな時間動きを止めていた騎士は鎧の中からくぐもった声を出す。
「残念ながら時間切れです……直ちに撤退を、魔王様」
「何を馬鹿な事を……!!巫女を倒した今、勝利は最早目前なのだぞ」
「お戯れが過ぎたようですね……間も無く空の部隊は全滅し、敵の神獣部隊が此処に向かってきます……いくら貴方様とはいえ、状況は少々厳しいかと」
「我が騎士ヴォロスよ、戦力差など私にとってあってないようなものだ……理解っているだろう?」
「お言葉ですが、この場にはスーヤ騎士団の団長の姿もあります……巫女との戦いで消耗した今の状態で"生命創造の魔法"を使い魔力を更に減らせば、万が一が考えられます」
「……」
「ここはお引きを……後の事は私めにお任せください」
「……お前がそこまで言うのであれば、信じるとしよう」
やがて口論の末、腑に落ちない様子を見せながらも最終的には黒血騎士からの進言を聞い入れ言葉の矛を収める魔王……会話から察するに、両者はどうやら主従関係のようだ。
どういう訳か魔王から大きな信頼を得ている様子の正体不明の騎士……先程感じた違和感といい素性が気になるが、今はそれについて考えてる場合じゃない。この戦いで多くの犠牲が出たというのに、このままでは魔王に逃げられてしまう。
「──────だがせめて、巫女は頂いていくぞ」
そう思った直後の事だった。不意に身体から樹木を伸ばし倒れている巫女の身体を引き寄せる魔王……奴の腕に抱かれた彼女は気を失ってしまったのか、抵抗する様子もなく静かに目を瞑っていた。
「させん!!」
「【天の糸】!!」
そこで前へ出たのは、それまで沈黙を保っていた騎士団長ペルデール────彼に続き魔王の逃亡を阻止せんとアルスは"上級魔族シルクの糸魔法"を撃ち放つ。
刹那、巫女を守護する立場の騎士団長と同様に、魔王を守らんと黒血騎士が立ち塞がり……一瞬で糸を切り払った末にペルデールと剣を交えていく。
「これがスーヤ騎士団、団長の実力……!!噂には聞いていたがこれ程とはな……流石だ」
しかし勝負は一瞬、神技の如き剣術を見せた騎士団長が敵の制圧に成功。そしてトドメとばかりに紅く色を変えた刃を振り下ろすが……
「だが残念だったな……生憎、俺の使命は剣士じゃない──────【この世界に希望を】」
既の所で水の魔力を展開した奴の防御が間に合ってしまう。
そして次の瞬間、呪文と同時に騎士に触れていた剣が粉々に砕け散り……即座に破片が武器状に変質して騎士団長に襲い掛かった。それらに対し彼は咄嗟に後方へ飛び紙一重で回避していく。
「ぐううぅゥ……ッ!!」
──────が、その間に黒血騎士は此方に接近し剣を一振り……魔王に次ぐ速さの攻撃に回避間に合わず、アルスは漆黒の身体を以て刃を受ける。
瞬間、全身を鋭い激痛に貫かれ膝を突いてしまう。まるで身体中を剣で滅多刺しにされたような感覚は到底耐えられるものではなく……勇者の全身を覆っていた黒鉄はボロボロと剥がれ落ちていくのだった。
「赤髪のお前……巫女を救いたければ追ってくるがいい……我が城で待っているぞ」
何も出来ず全身から流血してその場に崩れる勇者……そんな彼に魔王は嘲笑うかのような言葉を残し、森の深淵へと去って行った。後に残ったのは虚しさと強い敗北感……ただそれだけ。
黒鉄の魔法も解除されて元の姿に戻り、完全な無防備となった自身にはもう出来る事はない。間も無く、目の前の敵にトドメを刺されて生を終えるだろう。
「……アル、ス……?」
しかし、そんな勇者の諦観とは裏腹に攻撃は来なかった。
不意に聞こえた自身の名を呼ぶ声……それが発されたのは間違いなく前方の敵から。
見上げれば、奴は……黒血の騎士はまるで時間が止まったかのように動きを止めていた。
「グッ……!!何ダ、コレは……キエロ……ッ!!」
直後、奴は蹲るように頭を抱えて全身から魔力を膨張させる──────まずい。
騎士団長が剣を失い、周囲にもまともに動ける者がいない今……大技を放たれれば間違いなく甚大な被害が出る。後ろには、まだ動けない自分の仲間もいる。
「全員ここから離れろ!!」
もう、誰にも傷付いてほしくない。
騎士団長が声を上げた時……アルスが思ったのはただ、それだけだった。
『ドゴォッッッ!!!』
味方に放たれようとしていた脅威を止めるため、無我夢中で出した渾身の一撃……それは今まさに、全方位への攻撃を放たんとした敵を勢いよく後方へとぶっ飛ばした。
なんとか味方を守ることが出来たようだ。
「おい……なんだよアレ……」
「どういうこと……?」
……だがその時、周りから聞こえたのは助かった事による安堵でも、ましてや感謝や声援でもない動揺の声。
「強すぎると思ったけど……まさか、こんな……」
「何が起こってんだ……!?」
「ヒィ……ッッ」
視線を感じる。それは今し方味方の命を奪おうとした敵ではない……自身に向けられたものだった。
その時、アルスは気付いてしまった。激情に駆られるあまり、我を忘れて全力を出したあまり、力の制御を忘れ……取り返しの付かない事をしてしまったと。
「アレは……もしかして……」
「見間違えじゃねぇよな……!?前に北に行った時に俺達が見た……」
「間違いないよ……あの見た目……ッ」
同時に、薄々さっきから感じていたある違和感の正体に気が付く。
たった一人で魔王と戦っていたにも関わらず、騎士団長含めて誰も加勢に来なかった理由……動かなかったのではない。動けなかったのだ。
その時点で自分は普通なら絶対有り得ないことをしてしまっていたから。
「それが……お前の本当の姿か」
困惑・動揺・緊張……静寂な森に混乱がじわじわと広がっていく中、大木に背にした黒血騎士はゆっくりと身を起こし剣を構え直す。
奴が持っている鏡のように輝く銀色の剣……不意にそこに映し出されたのは仮初である表の世界を反転させた真実の姿。
そこに映っていたのは……
映されて いた の は ・・・
「アイツは……人型の魔物だ……ッ」
──────醜い、異形の怪物と化した自身の本当の姿だった。




