63話:戦後処理
剣が交わり、鋭い衝撃音が高鳴る。
エルフ族の主君である巫女が倒れた後に始まった"人類最強の剣士"と"魔樹の騎兵と化した魔王"による斬り合い……
間合いに入れば命はない、足手纏いになるだけ────見た者全てが本能で感じ取ったのか、目の前の強者二名の戦いに加わろうとする者は誰一人としていない。
その直感が正しいものであると証明するように、騎士団長ペルデールは魔王からの目にも止まらぬ神速の斬撃に対しまるで未来が視えているかのように最小限の動きで対応し捌き切っていた。
「ほゥ……我が剣をここまで見切るとは、スーヤ騎士団の団長"ペルデール"……噂に違わぬ剣士のようだな」
「……」
「こう見えて私も昔は"騎士"という存在に憧れていてなァ……一剣士として貴様とこうして手合わせを出来るとは光栄なものよ」
「黙れ、貴様と語り合う気はない……!!」
「クカカッ!そうだな、仮にも剣士なら剣で語り合わねばなァ……!!」
既に人類連合軍の大将を倒し気分が高揚しているのか、巫女と対峙していた時とは異なる様子で相手に語り掛ける魔王……対する騎士団長は明らかな苛立ちを見せ自らの剣を赤熱化させる。
『ザシュッ!!』
──────しかしその剣筋に一切の狂いはない。
剣を重ねる度に一撃、また一撃と紅い刃を以て彼は魔王に対し一方的かつ確実にダメージを与えていった。
しかし、ある瞬間不意に魔王の動きは止まり「ククク……なるほどな」と不気味な笑みを見せる。
「よく理解った……認めてやろう」
「……?」
「騎士団長ペルデール、どうやら剣士としては貴様の方が格上らしい……私の負けだ。だがな……──────戦争の勝ちは譲らん」
「ッ!!全員防御魔法を張れ!!」
次の瞬間、騎士団長が不意に大声を出すとほぼ同時に周囲が突如として灼熱の業火に包まれた。
直後に聞こえたのは悲鳴・呻き・慟哭────咄嗟に反応したアルスと近くにいた仲間達は難を逃れることが出来たものの……防御魔法越しに人々が燃やされ、真っ黒な炭と化していく光景が目に焼き付いてしまう。
「分かるか?私には貴様との斬り合いに付き合い続ける義理はない……確かに貴様だけは殺すのに少々骨が折れるだろうが、逆に言えば貴様以外の全員はこの場で簡単に殺せる」
そこでアルスは気付いてしまった。
奴が先程死んだと見せかけていた木竜の身体から魔力を周囲に放散させた理由……それは自らの死を誤認させるのと同時に、この奇襲を行うための前振りであったのだと。
魔力を各属性に変質させるだけで全体攻撃になるこの状況……世界でも他に類を見ない膨大な魔力を持つ魔王だからこそ出来る荒技だった。
「さて、お遊びは終わりだ……スーヤ・レイア、指を咥えて見てるがいい。貴様の愛する人形達が壊される様をな……!!」
生殺与奪を敵に一方的に握られた絶対的な窮地……場の流れを完全に支配した魔王ハイルは、不敵に笑った後にその姿を消す。
予備動作が見えない──────騎士団長が火の海から巫女を守るため魔王から距離を取った直後、一瞬の出来事だった。無数に生えた樹木の脚部、それらは奴の機動力を支えるのと同時に動きを偽装する役割も担っていたのだ。
「ぐぁッ!!」「ガハッ……」「クソッ!どこだ!?」「う……ッ」「感知が出来ない……!?」
次に始まったのは淡々と、まるで戦後の処理でもしてるかの様な一方的な虐殺……
これまで魔王と対等に渡り合ってきた巫女を失った後の当然の帰結、騎士団長も満足に動けない今、奴に抗える者は一人もいない。
それでも一部の者達は諦めずに神速で動く敵の位置を割り出そうとしたが、周囲一帯を奴の強大な魔力で覆われた現状では魔力感知も意味を成さず……一人、また一人と凶刃の餌食となり、被害が拡大していくのだった────────
「お前は……少しは動ける人形のようだな」
「ぐうぅゥ……ッ!!」
その中で唯一、ギリギリで魔王の斬撃に反応して仲間達の命を救う事に成功したのは勇者アルスだけ……
魔力感知ではない。純粋にこれまでの戦いの中で研ぎ澄まされていた剣士としての勘だけが頼りだった。
「だが興味ない。貴様程度の者ならこれまでの戦いでいくらでも見てきた……」
「アルス!!右に避けろ!!」
だがそれも束の間、突如背筋がゾワリとする感覚に襲われたアルスは咄嗟に聞こえてきた騎士団長の言葉通りに身体を動かす……
「──────────消え失せろ」
が次の瞬間、血飛沫と同時に左腕が吹っ飛んだ。
瞬時に走る激痛、仲間達の悲鳴、自身の名を叫ぶ声……騎士団長の指示がなければ死んでいた。一体何をされた?
左腕の熱さと痛みを堪えながら必死に状況把握しようと思考するが、時・状況・敵は此方が立て直すのを待ってはくれない。気付けば目の前には既に複数の樹木の剣が迫っていた。
「なんで……」
「……彼女に後を託されたからな」
そこから間一髪、間に入り庇うように攻撃を受け止めてくれたのは……自らの主君を守っていた筈の騎士団長ペルデール。
本心では巫女の側に居続けたかったのだろう。助けに来てくれた彼の表情からは悲痛さが感じられたが、おかげで敵の攻撃の正体が分かった。
それは無数に生えている脚の一部……奴はそれらを剣状に変質させて死角から攻撃してきたのだ──────理解した時にはもう別方向から次の斬撃が。アルスは咄嗟に残った右腕で剣を構えるが……
『ガキィッ!!』
当然、魔王の怪力を片腕で受け止め切れるわけもなく……剣は叩き折られ、自身は後方に控えていた数名と共にぶっ飛ばされ、勢いよく大木へと身体を叩き付けられてしまう。
しかし騎士団長だけはどうにか攻撃を躱したらしく、前方で再び魔王と激しい斬り合いを繰り広げていた。
「ぐ……ッ!みんな……!!」
朦朧とする意識の中……アルスは仲間達の無事を確認しようと必死な思いで痛む身体を動かし振り返るが、先にあったのは大地に倒れ伏している幼馴染とレヴィン達の姿。
身体が僅かに上下しているのを見るに、息はあるようだが……強い衝撃を受けたせいか此方の呼び掛けにまるで反応がない。
「クソッ……俺が……ッ俺が、皆を……ッ!!」
────────守らなければ。
絶望的な状況を前に、勇者はよろめきながらも折れた剣を杖代わりにして何とか立ち上がる。
もう二度と、大切な仲間を失いたくない……そんな強い、強迫観念にも似た想いが満身創痍の彼を今なお奮い立たせるのだった。
「アルスさん!!」
しかしその時の事、不意に遠くから聞こえてきた自身を呼ぶ声……それはとても聞き覚えのある、少し前に離れ離れになってしまっていた大切な仲間の一人の声だった。
「ダメだフィルビー!!退が……っ」
だが今前に出てくるのはまずい──────心配そうな表情で駆け寄ってくる彼女を危険から遠ざけるべく思わず制止するアルス……だがその時点で奴の視線は彼女に向けられていた。ここからでは絶対に間に合わない。
「ッッッやめろおおおおおおおオオオオォォッッッ!!!」
叫んだ時には全てが遅かった。
次の瞬間には彼女の身体は先程のアルス達と同じように宙を舞い、大木へと叩き付けられる。
後に残ったのは、まるで物言わぬ人形のように項垂れ頭から血を流す彼女……そんな自身が生み出した筈の悲惨な光景を前に、魔王はまるで物思いにでも耽るかのようにその場で静かに佇んでいた。
『パキッ……』
それを見た勇者は、自身の中で何かが切れるのを感じるのだった。




