62話:大戦の幕引き
〜前回のあらすじ〜
生命を生み出す魔法を繰り出す魔王────圧倒的な物量差を前にアルス達は追い詰められるが、ギリギリのところでレヴィン達やグラシアによって救われた味方達が応援に駆け付けた事で状況が一変する。
レーニスの助言により、レヴィンの膨大な魔力付与をもって発動された上級魔法"サンダーストーム"は魔王諸共生み出された魔族達を一網打尽にし、反撃の一手を作る。
味方の総攻撃と巫女の一撃により真っ二つとなった魔王……その中からは壊れた"結晶"が出てきたのだった。
その瞬間、世界の鼓動は止まった。
まるでそれまでの騒乱が嘘だったかのように……神秘の森────エリュシオン全体が静寂に包まれる。
それ程までにアルス達の、人類連合軍の目の前に広がる光景は信じ難いものだった。
"魔王ハイル"
永年に渡り大陸に侵攻を続け、多くの人々を無慈悲に葬ってきた魔王軍の長にして、魔界で最初に生まれた始祖の魔物。
人々は息を呑んでいた。大陸に生きる自分達にとって絶対的な恐怖の象徴だった、夥しい数の"死"を撒き散らす厄災的存在……
──────そんな魔王の、骸と化した姿に。
「し、死んだ……?」
「やった……のか……?」
しかし奴の死が事実である事は、真っ二つに分かれた巨大な木竜……その深淵から出てきた粉々に砕けた結晶が如実に表していた。
どれだけのダメージを与えても無限に再生する"大魔族"の命の源であるソレは、今は役目を失ったかのように輝きを失っている。
「やった……んだよな……?」
「うん……多分……」
更には今し方まで木竜から放たれていた強大かつ禍々しい魔力も、気付けば主を失ったかのように森全体に放散しつつあった。
魔力を持つ生き物の生命活動が停止した後に起こる現象……それらを受けて人々の間に漸く実感が湧いてきたのか、少しずつ歓喜の声が上がり出し……
「勝った……勝った!!!」
「やったぁ!!」
「人類に栄光あれ!!」
「スーヤ様、万歳!!!」
──────やがて場に上がったのは一際大きな喝采。
それも当然だ、人類はたった今この時を以て……長年の悲願を果たしたのだから。
魔族が大陸に現れ、種族の存亡を賭けた大戦争が始まってから既に数百年……
戦いの長期化により数多くの英雄達が散って逝き、特にここ十数年に至っては魔王軍による一方的な侵略と虐殺が続いていた。
そんな人類にとって悪夢のような日々が、今日この日……魔族の頂点に君臨する魔王を討ち取った事によっていよいよ終結を迎えるのだ。
「ふぅ……」
周囲にいる何人かの味方と同様、一気に身体の力が抜けた勇者アルスは地面に腰を下ろし……一息吐いてこれからの動向に思いを馳せていく。
"生命を生み出す魔法"を持つ魔王が討たれた事によって、今後間違いなく魔王軍の勢いは落ちるだろう。
今回の総力戦で疲弊した分すぐには難しいだろうが、いずれは大陸北部を支配している他の魔族を倒し故郷に帰れる日が来るかもしれない。
「皆さん……お疲れ様でした……!」
そんな風に希望を胸に抱いていた時、不意に上空から透き通るように綺麗な声が森林に響き渡る──────巫女"レイア"の声だ。
魔王に直接的なトドメを刺した彼女は天使さながらゆっくりと地上に舞い降り……慈愛に満ちた表情で、場にいる者達全員にお礼を述べた。
その華奢な身体からは、先程まで放たれていた奇跡の力は一欠片さえもない。流石の巫女といえど、魔王との死闘で完全に力を使い果たしたようだ。
今まで自分達味方を守ってくれたこの大戦最大の功労者……そんな彼女を労わるように人々は駆け寄り、彼女もまた人々に笑顔を返して言葉を続ける。
「これでやっと、やっと……
───────────────え……?」
『ズシャッ……』
突然の事態に頭が真っ白になった。賑わいから一転、世界の時間が再び止まる。
人々は息を呑んだ。呆然とした表情を浮かべる巫女……その腹部から鋭利な何かが突き出て、血が滴り落ちる光景に。
刹那、巫女が大地に倒れ伏せると共に一体の魔物が姿を見せる。
「どうやら本当に力を使い切ったようだな……再生が追いついてないぞ?」
"魔王ハイル"──────見る見る内に樹木で構成した姿は膨れ上がり……開戦当初とも、先程の木竜とも異なる新たな形態へと姿を変えていく。
右腕が今し方巫女を突き刺した鋭利な剣状、左腕を盾状に変質させ、下半身が節足動物を思わせるような無数の樹木で構成された"魔樹の騎兵"とでも言うような異形の様相……
その頭部の奥底では、紅紫色の結晶が輝きを放っていた。
「な……んで……?確かに……結晶、を……」
「確かにな、先程の貴様の攻撃で死んでしまった……我が忠実なる眷属"ゲオルギース"の結晶がな……おかげでもう、ろくに周囲の魔樹を操れん」
「何を……」
「クク……冥土の土産に一つ良い情報を教えてやろう……今貴様が倒した竜も、過去の戦いで我らが使役した貴様らが"大魔獣"と呼ぶ存在も、元を辿れば全て我が命を分け与えた分身のようなもの……当然、それぞれ我が自然の力を凝縮した核を持っている」
「なん、ですって……?」
「しかし大したものだ……これで私は強みの"魔樹魔法"をほぼ失った。復元しようにもここまで完全に破壊されてしまっては長い年月を要するだろう……だがな」
確実に仕留めたと思われていた宿敵の復活に動揺を隠せない様子の巫女……そんな彼女に魔王は嘲笑う様子を見せつつ語り掛けるが、その言葉の意味の大半が勇者には理解し切れない。
ただ少し、アルスにも理解出来たのは……たった今倒した木竜は魔王ハイルの本体ではないということ。そして……
「その程度の代償、貴様を殺せるのであれば安いものだ……!!」
──────この戦争は、人類の敗北であるという残酷な事実だけ。
血を流し呻く巫女に、魔王は右腕に生成した剣を突き付けて嘲笑を続ける。
「なァ……今どんな気持ちなんだ?殺したい程に憎んでいる相手に、逆に致命傷を負わされた気分は?」
「く……ッ!」
「その傷……あの時とは立場が真逆だな……痛いか?苦しいか?それとも所詮、身代わりでしかないその身体では痛みを感じる事も出来ないか?」
「うる……さい……だま……れ……ッ!!」
「……クックック……クヒャーッハッハッハッハッ!!!!」
やがて不気味な笑い声と共に剣が振り上げられる……が大陸中で敬愛されるスーヤ教の巫女の危機に、アルス含め動ける者は誰一人としていない。
魔王に対する恐怖からだけではない。神秘の森での数多くの魔族との連戦、瘴気の濃い魔樹の森での魔王との戦い……これまで積み重なってきた疲労が、常に死と隣り合わせの環境が、人々を肉体的・精神的に限界まで追い詰め、立ち上がるための足を奪ったのだ。
「まぁいい……精々あの世で自らの愚かしさを悔いているがいい……じゃあな」
『ガキィッ!!』
──────だがそこに、たった一人だけ巫女と魔王の間に入り……彼女を救う者の姿が。
「よくも……エリシアを……!!」
"騎士団長ペルデール"……彼はこれまでにない、強い怒りを滲ませた声色で凶刃を受け止め、魔王ハイルと対峙していた。




