61話:紡がれる想い
「はあああああああッッッ!!!」
"今この時を永遠に"──────そう唱えた後の巫女の力は圧倒的だった。
これまでとは比べものにならない程に広範囲への凡ゆる属性の大技を連発し、魔王が生み出す魔族の群れ……あるいは操っている広大な自然を彼女は一瞬で無へと変えていく。
『【星の産声】!!』『【自然なる淘汰】!!』
『【地獄の業火】!!』『【地獄の業風】!!』
『【地獄の業水】!!』『【地獄の業雷】!!』
それに対し魔王ハイルも一歩も引かず、強力な魔法を連発し迎え撃っていく。防御を捨てたかのような猛攻を仕掛ける巫女は、奴が生み出した配下からの攻撃を含めた一斉魔撃をその身に受けるが……
「どうしましたハイル!!アナタの力はこの程度ですか……!?」
──────集中放火を一身に受けた筈の彼女の身体には何故だか傷一つすら付いていない。
それどころかあれだけ大技を連発したにも関わらず、その身から放たれる奇跡の力は一切の衰えを見せていなかった。
「すごい……!!」
「さすが巫女様……!!」
「もしかして、このまま倒せちゃうんじゃない……!?」
「いや、このままじゃ駄目だ!!」
一気に此方に傾いた形勢に歓喜の声を上げる人々……その中で騎士団長ペルデールだけが異を唱える。
すぐにどういう意味なのか疑問の声が上がるが、彼は構わず敵に向かって駆け出した。
「結晶を……弱点部位を破壊しなければ奴は無限に再生する!確かに今の彼女は無敵だが、そう長くは保たない……早急に決着を付けなければ此方の負けだ!!」
そして剣を構え、巫女が捌き切れなかった魔族の群れを一閃──────彼の言葉と行動を受け、それまで巫女の活躍を見守っていた人々は続くように魔王に向かって駆け出し始める。
『【魔樹降誕】!!【星の産声】!!』
……が、そんな彼等の行動を煩わしく思ったのか魔王は地中から新たに樹木を発生させた上で、配下たる魔族を嗾け巫女との分断を図る。
「【竜の息吹】!!」 「【地獄の業火】!!」
「【水の精霊の涙】!!」 「【地獄の業水】!!」
「【散りゆく火花】!!」 「【地獄の業雷】!!」
「【風の通り道】!!」 「【地獄の業風】!!」
「【大地の捕食】!!」 「【地獄の業土】!!」
その後に始まったのは、怒号のような詠唱が飛び交う混沌極まりし乱戦。
その間にも新たに味方側の増援が続々と到着し、人類側の戦力は増えていったが……それ以上に魔王が生み出す魔族の数は無尽蔵だった。
「チッ!このままじゃキリがないな」
「早く魔王をなんとかしないと……!!」
「でも、やっぱり巫女様も苦戦してるみたい……!!」
アルスもまた、戦いながらシオンやレヴィンの声に反応して樹木の隙間に映る頂上決戦の方に視線を向ける。
その先で繰り広げられていたのは……空中を舞うように飛びながら歌い、不可視の斬撃を広範囲に放って攻め続ける巫女────それに対して夥しい数の魔族を生み出し、あるいは周囲の自然そのものを変質させることで質量攻撃を放つ魔王による……想像を絶する程に激しい攻防戦。
戦況はやや巫女側が優勢の様だが、騎士団長の説明からすると今の状態は長く続かない。そして何よりも、今の彼女であっても魔王に致命傷を与えるのは恐らく難しい。
『舐めるな!!喰らえィッ!!』
「く……ッ!!」
その理由は────開戦当初から魔王が自身の身体に付与している漆黒のオーラにある。
奴が持つ圧倒的な魔力を凝縮させることで生み出した……凡ゆる魔法・奇跡による攻撃を寄せ付けない絶対的な防御力を誇る鎧。
戦いが長引き魔力を消耗させた現在、もう全身に展開する事は出来ないようだが……奴は今結晶が在る頭部と攻撃に使用する部位にそれを付与することで、不可視の斬撃を放つ巫女に対する攻撃と防御を行っていた。
「はぁはぁ……ッ!!」
『クカカッ!足掻け足掻けェッ!!』
結果、陥ったのは最悪かつ完全な膠着状態……何とか接近し近距離で弱点部位への攻撃を行おうとする巫女だったが、その度に漆黒のオーラ纏いし魔王の樹木に吹っ飛ばされて距離を離されてしまう。
怪我自体はなさそうだが、このままでは無敵時間が切れて彼女の……人類の負けだ。
早く、何とかしないと────────
「シオン!君の固有魔法であのオーラを消せないか?」
「魔力の吸収自体は出来たから可能だとは思う……けど、アイツに触れたら多分私の植物は枯れちゃうから、それまであの巨体を止める手段がないと……」
「さっき私の雷魔法で少しは動き止められたけど……」
「あれじゃダメ、もっと長くないと……!」
焦った末にアルスは、シオンの"魔力を吸収する固有魔法"で漆黒のオーラを消す案を思い付くが……仲間達と話し合った結果、幾多かの問題が浮上した。
"触れた生物の生命力を奪う"奴固有の能力、生半可な拘束は通じない大樹のような巨体……一体どうすれば時間切れまでにこの膠着状況を破ることが出来るのか。
「ね、ねぇ……貴方達、なんであの化け物とやり合う気満々なの……?」
そんな風にどこまでも高い、分厚い壁に思考が突き当たった時……不意に聞こえてきたのはそれまで沈黙を保っていたレヴィンの姉の怯えたような声だった。
「お姉様……トゥローノ家の誇りとやらを守るんじゃなかったの?」
「身の程を弁えなさいって話よ……普通に考えてあんな怪物に私達がどうこう出来るわけないじゃない」
「ここに来て今更そんな弱音を……っ!!」
「待ってくれレヴィン……レーニス、何が言いたい?」
彼女の主張は一見、強大な敵を前に畏縮してしまった者の弱音……だが表情を見るにどうにも何か考えがあるようだ。
一種の確信めいたものを感じたアルスは憤るレヴィンを抑えつつ、レーニスに話の続きを促した。
「……私達が今どうにかするべきは魔王じゃなくて、周りにいる敵の群れじゃないのかしら?」
「!!」
「開戦前に巫女様が仰っていたでしょう?この戦いは如何に敵の戦力を削げるかが大事だって……」
──────結果、その口から出てきた言葉を受けてアルスの中に電流が走る。
敵軍の将たる魔王ではなく、先ず周囲の配下たる魔族達を処理してから奴への総攻撃を一斉に仕掛ける……一見普通の作戦だが、今回の戦いを経て敵との力の差を認識したらしいレーニスならではの案だ。
何よりも、これまで複数の上級魔族と交戦・討伐して自信を付けてきたアルス達からは中々出て来ない発想だった。
「なるほどな、一理ある……だが魔王は今もこうして戦力を生み出し続けている……!敵を一気に倒す手段がなければ意味ないが、何か策はあるのか?」
「自国に伝わる上級魔法"雷神の怒り"ならあるいは……私じゃ難しいけど、妹の魔力量なら……!!」
唯一の不安要素を指摘すると、次いで彼女が出した解決策は上級魔法の使用……
雷神の怒り────以前彼女がレヴィンと決闘する際に開幕で見せた強力な雷魔法だ。当時は落雷全てを標的に集中させていたが、本来は複数いる敵の殲滅に使う技なのだろう。
確かにあれだけの規模の魔法をレヴィンが使えば、周囲の敵を一掃出来るかもしれない。
「え?でも私そんな魔法使えないんだけど……」
「だから、お前の魔力を使って代わりに私が魔法を発動させるのよ……レヴィン、お前さえよければ……だけど」
「なるほど、魔力付与か」
「……」
そうやって話が纏まりかけたところで不意にレヴィンから疑問の声が上がった……が、続くレーニスの説明を聞くにどうやら今回実際に魔法を発動させるのはレヴィンではないらしい。
曰く、魔力付与────城塞都市クヴィスリングで紅い竜巻との戦いの際にアルス達が使用した"他の物体および他者に魔力を与える"魔力操作技術の一種……それを使うというのだ。
「レヴィン……大丈夫か?」
しかしそれを行うには一つ大きな問題がある。
同じ雷属性に加えて魔力の性質が近い姉妹同士……魔力付与を行う相性としては最高だが、肝心の二人の仲が最悪な事だ。依然として確執がある今の状態で協力するなんて……
「大丈夫、それでこの状況を変えられるなら……!」
──────しかし、そんなアルスの憂慮とは裏腹にレヴィンは迷いなく……驚くほどあっさりに姉からの提案を受け入れた。
「レヴィン、お前……」
「勘違いしないでよ!お姉様……あくまで皆を助けるために仕方なく、だから」
強大な敵を前にして尚、怯む事な自分に出来ることをこなしていく……その姿に、冒険を始めた当初の下級魔法使いだった頃の彼女の面影はもうない。
「アルス!私達が準備してる間、守りをお願い……!!」
「あぁ……!」
頼もしく成長した仲間からの頼みに、軽く笑みを見せながらも力強く頷くアルス……────いつの間にか、気まずさは感じなくなっていた。
・・・
「どう?お姉様……」
「えぇ、いけそうだわ……!」
「おっけ!二人共、私達から離れといて!!」
「あぁ、頼むぞ!」「やっちゃいなよ!!」
数分後……シオンと共に敵の手からトゥローノ姉妹を守り切ったアルスは、レヴィンの指示を受けて急いで彼女達から距離を取る。
作業を終えた今、レヴィンからレーニスへと付与された膨大な雷の魔力は解き放たれるのを待ち侘びるように不安定に揺らめき……今にも破裂してしまいそうだ。
「いくわよ……!」
「外したり味方に当てたりしたら、承知しないんだから!!」
「お前と一緒にしないで……!!」
その中で長い金色の髪を靡かせる姉妹は、互いに憎まれ口を叩き合いながらも共に同じ杖を握り締め……魔力操作に集中していた。
こうして見ると本当によく似ている────二人が聞いたら嫌悪に顔を歪ませるであろう事をアルスは思い抱くが、その間にレーニスからの魔力干渉を受けた雷の魔力はゆっくりと上昇していく。
やがてそれは『バチバチ……ッ』と音を立てる雷雲を上空に形成し……
「【雷神の…………怒り】ッッッッ!!!!」
──────次の瞬間、詠唱と同時に激しい雷鳴と眩い閃光が一斉に放たれた。
轟く轟音と思わず目を瞑ってしまう光に悲鳴と動揺が上がる。
数秒後……視界が晴れた時、周囲の魔族達は全て斃れ、群れは壊滅していた。それにも関わらず味方は全員無事な様、どうやら本当に敵だけを正確に狙い撃ったらしい。
アミナス兵団の兵士達からも賛美されたレーニス・トゥローノの高い魔力制御技術を以てして為せる業だった。
「今だ!魔王に!!」
「攻撃を集中させてっ!!」
一瞬の出来事に戸惑う味方にアルスはレヴィンと共に声を張り上げて次の行動を指示する。
全員の視線が一斉に魔王に向く────その先には巨体から煙を上げる木竜の姿が……流石の奴もレヴィンが渾身の魔力を込めた一撃は効いたらしい。
『グ……ッ!!【星の……──────】』
「「【竜の息吹】!!」」
「【風の精霊の怒り】!!」
「【散りゆく火花】!!」
「【音速の風刃】!!」
刹那、再び前方に黒い靄を発生させた魔王に味方全員の魔法・奇跡が集中して降り注ぐ。新たに生み出された魔族も即座に蒸発して無に帰していく────気付けば、奴を覆う漆黒のオーラも弱まったのか薄暗い紫へと色を変えていた。
「【大地の捕食】!!【純朴なる愛】!!」
そこにダメ押しとばかりに前に出たシオンが魔法によって大地を割り、地中から展開した夥しい数の茨を用いて木竜の身体を拘束する……が、やはり予想通り奴に触れた側から植物が萎れていってしまう。
「こっちには!さっきから貰ってる気持ち悪いくらい魔力があるんだからあああ!!【魔花の噴嚔】!!」
しかしその現象は既に彼女にとって承知の上……シオンは今まで魔王から吸収した大量の魔力を使って何度も上から無数の茨を張り巡らし、更に上乗せするように咲かせた複数の巨大な花から麻痺属性の黄色い花粉を勢いよく噴射させた。
『グウウゥゥゥゥ……ッ!!この、ワタシが……ッ人形共、如きに……ッ!!』
結果、魔王ハイルは遂に自身の弱点を守るオーラを失い、身動きが取れなくなる。
トゥローノ姉妹の渾身の雷撃、全ての味方による集中攻撃、シオンの植物魔法による魔力吸収と拘束……ここまで紡いできた人々の想いが形を成した瞬間だった。
「みんな……ありがとう……!!」
──────そこに一人微笑むのは、これまで味方である人々を守ってきた麗しき巫女……いよいよ追い詰めた敵に、彼女はトドメを刺さんと両手に携えた銀の剣を振り上げる。
『まだだァッ!!』
しかし魔王はまだ諦めていなかった。攻撃を放つ直前、突如として地中から音を立てて這い出たオーラ纏いし樹木が巫女に襲い掛かる。
最後の最後の奥の手────アレを喰らってまた距離を離されたら、恐らくもう時間切れ……再起の目はない。
『ザシュッ!!』
人々が息を呑んだ直後、その最後の抵抗が空を飛ぶ何者かによって斬り落とされ大地に落ちる。
騎士団長だ。巫女を救うべく最初に動き出した彼が間に合い、最後の障害を文字通り斬り払ったのだ。
「今度こそ終わりです……魔王、ハイルッ!!」
『おのれェッッッ!!!スーヤ……ッッッレイアアアアアアアッッッ!!!!』
全ての切り札を使い切り完全な無防備となった魔王は咆哮を轟かせ、見に宿る魔力を膨張させる……が、その前に巫女の奇跡の力を乗せた一撃が振り下ろされる。
『パキ……ッ』
次の瞬間、勇者の瞳に入ったのは真っ二つに叩き斬られた巨大な木竜────魔王ハイルの姿……
そして骸の中から転がり出て、音を立てて崩れる……輝きを失った結晶だった。




