65話:あなたの居場所
〜前回のあらすじ〜
魔王による急襲から始まった聖地・アミナス教国での人類と魔王軍の戦いは、黒血騎士の進言により形勢不利と判断した魔王が去って行った事で終息へと向かっていく。
後に残ったのは傷付いた仲間、攫われた巫女、そして……
──────激しい戦いの果てに辿り着いた結末は、余りにも残酷なものだった。
※今回はレヴィン視点でお送りします。
「全員ここから離れろ!!」
朦朧とする意識の中……レヴィン・トゥローノが目を覚ますキッカケになったのは、スーヤ騎士団の団長であるペルデールの声だった。
「うぅ……ッ」
鈍い痛みが全身に広がるのにも関わらずなんとか身体を起こすと、視界に飛び込んで来たのは先程攻撃から庇ってくれた勇者が全身から血を流す姿……そしてそんな彼が魔王────ではなく罅割れた鎧を纏う不気味な騎士と対峙する異様な光景。
先程と全く異なる状況に一瞬頭が混乱するが、その間にも敵から発される魔力反応は見る見る内に大きくなっていく。何もせずにいれば待っているのは紛うことなき大惨事、当然阻止せんと勇者は拳を振り上げるが……
「え……?」
──────その先で少女は、信じられない光景を見た。
『ドクンッドクンッ……』
不規則なリズムで心臓が脈打つのを感じる……まるで心の羅針盤が狂ってしまったかの様に。
原因は……目の前の青年が変異し、変わり果てた姿。
"勇者アルス"
レヴィンが所属する魔王討伐隊の長である少し年上の赤髪の青年。
出会った当初、まだ魔力制御がろくに出来ていなかったレヴィンはそれまでの周囲から虐げられてきた経験から、初対面の彼の事も信じることが出来ず冷たく当たってしまった。
しかし、初めての実戦で動けなかった自身を前にしても彼は決して見捨てずに受け入れ、あまつさえ魔法の練習にも親友と共に根気強く付き合ってくれた。
鋭い目つきから一見冷たい印象を受けるが、その実内面はとても温かい優しさを持つ青年……そんな彼にレヴィンはいつしか惹かれ、恋心を抱くようになっていた。
結果的に想いが実ることはなかったものの、彼女にとってのアルスが大切な人であることは変わりなく、これからも仲間として支え続けようと決意した。
──────だからこそ信じられなかった。目の前の現実を受け入れたくなかった。
「嘘……なんで……」
薄暗い炎髪はそのままに、顔面から全身に掛けて皮膚が剥き出しの筋繊維ともケロイドとも……形容し切れない醜怪な何かと化した怪物。
よくよく見れば彼の面影自体は残っているものの……中途半端に人間と近いその容貌は、見た瞬間に背筋にゾクリとした悪寒を走らせる。
「アイツは……人型の魔物だ……ッ」
そんな風に愛した人の変貌に脳が理解を拒んでいた時、不意に周囲の話し声が少女の耳を掠めた。
"人型の魔物"
それは一時期、大陸北部で目撃され騒ぎになった存在。
これまでの旅の道中で集まった情報からその正体は魔王側近の魔物"フォルリア"か、城塞都市クヴィスリング陥落の原因にして今目の前にいる敵である"黒血騎士"のどちらかと思われた。
「い、いや……」
しかし今、周囲にいた人々の言葉を聞くに……どうやら"勇者アルス"こそがその本当の正体だったようだ。
「いやあああああああああああああッッッ!!!!」
余りにも耐え難い真実に、思わずレヴィンが目に涙を浮かべて上げてしまったのは悲痛な慟哭─────
なんで?どうして?どういうこと?
怖い。嫌だ。今何を考えているの?
何で隠してたの?今まで騙してたの?
でも彼は今まで助けてくれた……
でもそんな彼の正体は魔物……
一体どうすれば……
「どうすんだよ!?」「早く武器を……!」「無理だ……ッもう戦えない……ッ」「早く逃げ……」「嫌だ……嫌だ……!」「誰か助けてくれェ!!」
──────そんな少女の内面を反映するかのように周囲は見る見る内に混沌の深みへと陥っていく。
後戻りの出来ない混乱、最早どっちが敵でどっちが味方なのか分からない状況に赤黒い外套を靡かせる騎士はただ一人……高笑いを上げていた。
『ギィンッ!!』
その時のこと、不意に横から奴に向かって飛んだのは見覚えのある一本の短剣……既の所で弾かれてしまうが、直後に投げた人物が姿を現す。
「アルス!!大丈夫か!?」
「"魔族狩り"……やはり生きていたか」
「テメェ……!!なんでこんな場所にいやがる……!!グラシアをどうしやがった……!?」
「さァ……どうだろうなぁ?」
それは随分前に離れ離れになってしまった仲間の一人である戦士ウォルフ……普段は中々反りが合わず何かと啀み合っていた男の登場に、皮肉にもレヴィンは今までで一番の安心感を覚えてしまう。
「そんなことより……今は他に成すべき事があるんじゃないか?魔族狩りのウォルフ」
「あ?何を言っ……───────ッ!?」
しかし激昂し敵に詰め寄っていったのも束の間、近づくに連れ姿が鮮明になっていくそれに彼は言葉を失い立ち止まってしまう。その様子に黒血騎士は愉快そうに首を傾け問い掛け出す。
「フフ……どうした?仲間との感動の再会なんだろう?無事でよかったじゃないか」
「……ッ」
「フハハハ!!せっかくなら最後まで観ていきたいが、そろそろ退かなければ俺の身も危ういんでな……ここで失礼させて頂くとしよう」
そして最後に再び高笑いを上げた後、「いずれまた会おう」と勇者を一瞥し……森の奥深くへと去って行ってしまう。体力・魔力・精神共に全員が限界を迎えているだろう現在、味方の誰もが奴を追うことは出来なかった。
後に残ったのは……地獄の様な一触即発の空気。
「何が……どうなってんだよ……」
「ウォルフ……っ!!」
何か一つ誤れば、場は再び混沌に支配される────そんな中、レヴィンは今の状況で唯一頼れる仲間に対し、たった今この場で起こった出来事を涙ながら必死に訴えるのだった。
「冗談だろ……」
その内容に、傷顔の彼が見せたのは血の気の引いた真っ青な表情。
それも当然……彼は魔族により故郷の村を滅ぼされ、以来"魔族狩り"の異名を付けられる程までに魔族を深く憎み殺し続けた男だ。
そんな彼が今まで苦楽を共にし絆を育んできた勇者の正体が実は魔物だったと知って、正気でいられないのは当たり前の事だった。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ……俺は信じねえ……嘘だろ、オイ……嘘なんだろ!?嘘って言えよ!!」
「……ッ」
「〜〜〜〜〜ッッッ!!」
信じたくないと、縋るように何度も確認してくる彼にレヴィンは嗚咽を返すことしか出来ない。とうとう痺れを切らしたウォルフは声にならない唸りを上げ、人型の魔物の元へと向かって行く。
「おい!!テメェ……アルスなのか!?」
「……」
「その姿はなんだ!?お前は今まで俺らのこと……ダマしてたのか!?答えろ!!答えによっちゃ俺がお前を……ッッ!!」
それでもアルスだった者は答えない。武器を突きつけられ、問い詰められて尚微動だにせず……沈黙を保っていた。
「待って……!!」
そんな中、不意に彼の前に、よろめきながら庇うように出てきたのは……勇者アルスの幼馴染である少女シオン。
「彼は見た目こそこんなだけど、私達の仲間よ!!中身はいつものアルスと同じ!何も変わってない!!」
「なんでんな事言い切れんだよ!?」
「聞いたから……彼から……私にだけは、教えてくれたの!!」
「はぁッ!?」
「お願い……信じて……!」
『ズキッ……』────次の瞬間、両腕を広げてウォルフの前に立つ彼女から発された言葉にレヴィンは胸を痛めてしまう。
彼の秘密を教えてもらっていた幼馴染と教えてもらえなかった自分達……
以前フィルビーとウォルフに相談した時は、彼を信じて話してくれるのを待つと共に決めた。
しかし結局最後まで自分達に話してくれなかった事実、そして真相の余りの重さにレヴィンの心は押し潰され……グチャグチャになったことで、今向き合ってる真実を前に何も出来なくなってしまう。
「そうは言っても……」「今は沈黙してるけど、またいつ暴れ出すか……」「とりあえず拘束して!誰か……」「無理だろ……あんな化け物……」「ペルデール様!どうか……」「皆落ち着け!!」
最早シオンの言葉が誰かに届くことはなかった。
たった一人が声を上げたところで、これまで大陸に住む人々を脅かし続けてきた魔物を今更受け入れる者は他にいない。
場の空気が再び乱れ、全てが崩れ出していく……
「〜♪」
──────そんな時、不意に聴いたことのある優しい歌声が森の中を透き通った。
「フィル……っ!?」
視線を向ければ、そこに在ったのは親友であるフィルビー・マーガレットが頭から血を流しながらもゆっくりと……怪物と化した勇者の元へと歩み寄って行く姿。
「やめろ!!危ねぇ!!」
それを見たウォルフが咄嗟に慌てたように手を出し走り出す……が、途中でよろけ足を止めてしまう。原因は恐らく彼女が歌のような詠唱と共に周囲に展開している"生き物を眠らせる魔法"……
レヴィンは思った。もしかしたら彼女は、周囲に警戒されている人型の魔物を眠らせることで鎮めるつもりなのかもしれないと。
「ソイツから離れろ!!危険だ!!」
「よせ!刺激するな!!」
だがしかし少女の行為を危険に思ったのか、将又助けようとしてか騎士団長の制止の声も虚しく人々の中から放たれたのは一本の矢────────
それまで何とか保っていた均衡を壊しかねない愚行……場にいた誰もが目を覆い、あるいは瞑った。
「……っ」
刹那、レヴィンが目の当たりにしたのは黒髪の少女が人型の魔物を庇い……その矢を一身に受ける光景。
「フィルッ!!!」
「馬鹿野郎ッ!!」
背中からドクドクと血を流し小さく呻く彼女にレヴィンは悲鳴を上げ、ウォルフは矢を放った者を殴り飛ばす。
しかし時既に遅く、直後森に轟いたのは人型の魔物が発した怒りの咆哮……"終わった"────もうこの混乱は止まらないと、その場の誰もが感じたことだろう。
「〜♪」
しかし、それでもフィルビーは歌うのを止めなかった。よろめきながらも近づき、魔物と化した彼の身体をそっと抱きしめる。
瞬間、魔物の身体が僅かに震えるが、安心させるように黒髪の少女は「大丈夫……大丈夫だから」と優しい声色で語り掛けていく。
「レヴィンも、ウォルフさんも……話せば、きっと理解ってくれます」
「……」
「頑張ったんですね、そんな姿になるまで一人で戦って……でも大丈夫……あなたは一人じゃない」
「……!」
「勇者だからって、全部を背負い込もうとしなくていいの……足りないところは私達が補う……私達は、仲間なんですから」
「……ッ」
慈愛に満ちた表情と言葉……気付けば魔物は、彼女からの抱擁をただ黙って受け入れていた。
「もし誰にも受け入れられなくても、私だけはあなたの支えになります……ここがあなたの居場所……だからお願い、帰ってきて……アルスッ!!」
やがて最後に少女から齎された純真なる願いを契機にして人型の魔物は崩れるように変質し……元の人の姿へと戻っていく。
後に残されたのは────眠るように大地に伏せる勇者と、それを抱きしめたままのフィルビーの姿……それだけだった。
お疲れ様です。第三章"アミナス教国編"の本編は今回のお話にして終わりとなります。
大長編をここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございました。
さて、ご報告になりますが……ここから2週間程本編の方をお休みさせて頂きたいと思います。
代わりにその間は、週3話程のペースで番外編を投稿したいと思います。以下スケジュール↓
4月13日(月):35.5話(フィルビーとシオンの女子会)
4月15日(水):36.3話(レヴィンとフィルビーがまた料理する話)
4月17日(金):36.6話(暇を持て余したアルスとウォルフがギルドへと赴く話)
4月20日(月):38.5話(騎士団入り辞退を決めた後のアルスとシオンの会話)
4月22日(水):42.5話(グラシアとペルデールの二人のエルフによる会話)
4月24日(金):43.5話(降臨祭前夜の女子組による秘密の会話)
以上、全て普段通り12時頃に投稿予定です。こちらのスケジュールは表の作品情報欄にも書いておくので、確認したい場合はそちらへ。
そして来月……5月1日からは新章"泡沫の夢編"が投稿開始となる予定です。どうか引き続きよろしくお願い致します。




