4話 彼女は意外なギャップがあるらしい。
授業は退屈だ。今受けている数学なんかは特に。
そんなことを言っているから成績は平均点に毛が生えた程度なんだろうけれど。
「この問題分かるやついるかー?」
教師の問いに誰も反応をしない。教室全体が静まりかえる。
そんな静寂を破って、それはそれは綺麗に真っ直ぐ片手をあげる人間がいた。
「はい。私は分かります」
まるで周りの人は分からないけれど、私だけは分かりますというようなニュアンスを持たせる阿呆なんて一人しかいない。
「流石だな、佐伯。答え黒板へ書きにきて」
そう。当然佐伯光である。
意外にも頭は良いようで、入学当初に行われたテストではかなり上位だったらしい。
今思い返せば、休憩時間なんかは誰かに絡みに行って煙たがられてるか、自席で読書か勉強くらいしかしていないような気もするから妥当な気もする。
前へ出た佐伯はスラスラと答えを書き出していく。
「正解! みんな拍手〜」
まばらに音が鳴る。
嫌っている奴らは露骨に拍手すらしない。それがまた、彼女の人望を表しているようだった。
ただ、それこそが佐伯の喜ぶ原因になっているだなんて拍手をしない奴らは思いもしないんだろう。
なんとなく、思い通りになりたくなくて僕も拍手をする。
ふと佐伯の方を見ると、向こうもこちらを見ていた。
ただ、表情をピクリとも変えず、いつも通り無機質な表情のまま僕から視線を外した。
何を考えているか全く分からないな。
拍手している僕をみて失望しているのか。はたまたそれ以外のことでも考えているのか。
あれ以降目を合わすこともなく、授業は終わりを告げた。
◇
四限目が終わり、昼休憩になった。
急いで購買へ向かう。
今日はあんパンかメロンパンの気分だ。
現地に着くと、生徒たちでごった返していた。
渋々最後尾らしきところに並んで自分の番になるのを待つ。
もしかしたら、こういう場に佐伯を駆り出したらいいのかもしれない。所謂パシリみたいな感じにはなるが。
それでも、彼女自身はきっとそれを望んでいるんだろうし、意外とお互いにとって利があるのかもしれない。
一つ問題があるとしたら、どうしてもそれを受け取るために昼休憩に佐伯と会う必要があることだ。
佐伯に限らず、昼はどこかで一人で過ごしたい。
屋上、中庭、校舎裏……。その日の気分で色々なところでご飯を食べてきた。男子トイレだったらきっと一人で入れるだろうけど、なんとなく嫌だなと思ったからまだ試していない。
受け取るタイミングで、その後付き纏われるのも面倒だ。
悶々と考えている内に、僕が購入する番になっていた。
幸いなことにあんパンもメロンパンも残っていたからその二つを買うことにした。
今日は中庭でご飯を食べるようにしよう。そう思って購買を後にする。
佐伯は昼、普段どこで過ごしているんだろうか。
単純な疑問が湧いた。
僕が一人を好んでいるから、当然昼に出会ったことはない。
そう思って、外にふと目をやると、一人でいる佐伯の姿が見えた。
すごい偶然だ、と感動しつつ、見続けているとどうやら野良猫を愛でているようだった。
意外と人間らしい心を持っているんだなと驚きつつ、近づく。
佐伯は廊下沿い花壇の近くにいるようで、こっそりと近づけば何か喋っていたら聞こえるかもしれない。
背を屈めて、音を殺して近づく。
周りに人がいないから気付かれるようなこともなく、あっさりと佐伯のすぐ近くまで辿り着いた。
ずっと屈んだままだと背中が痛いから、壁に寄りかかるようにして座る。
まもなく、佐伯が喋っている声が聞こえてくる。
「……本当に可愛い」
きっと猫に対して言っているのだろう。
それに応じるように猫はニャオと一言鳴いた。
それからしばらくは何も喋らない。音的にずっと猫を撫でているようだった。
まだ昼ごはんを食べていないし、これ以上何も収穫は無さそうだからその場を後にしようとすると猫がナァーと大きな声で鳴く。
「お腹空いてるの? でもごめんね。私何も持ってないんだ」
今まで聴いたことない優しい声色だった。
僕の中の佐伯のイメージといえば、猫に引っ掻かれて嬉しい〜とか言って喜んでそうなイメージだっただけに意外だ。
「ごめんね。私そろそろ行かなきゃ。また明日もいるかな?」
猫は何も言わない。
「分からないよね。でも、明日また会えたら良いものあげる」
猫はニャオと分かっているのか分かっていないのか、どっちつかずな返事をする。
「可愛いね。また明日にゃ……なんてね」
そう言い残して佐伯が立つ音がする。
バレるとまずいと思って深く屈む。
人が居るだなんて当然思っていないからか、佐伯はすぐその場からどこかへ行った。
驚いた。
声色から猫に喋りかけているなんていう女子らしさを持ち合わせていたことにも。
最後なんて語尾ににゃをつけていた訳だし。
それを見てまた興味が湧いた。
今までとは全く違う一面を見たから。他にどんな一面があるんだわろう。
口振りからして、また明日も佐伯はここに来るのだろう。
「僕も来てみようかな」
気付けばポツリと口から出ていた。
側から見れば盗聴をしているキモい野郎だけど。
周りに誰もいなかったから今日と同じようにしよう。
そう決意して、あんパンに齧り付いた。




