第2話 彼女は底抜けにイカれているらしい。
あの奇妙なことが起こった帰り道。
僕と佐伯は同じタイミングで帰っていた。といっても、向こうが勝手についてきただけだし、横に並んで歩きたくなかったので、僕の五歩ほど後ろを歩かせていた。
特に話す訳でもなく、十分ほど歩いてもまだ佐伯は後ろにいた。
流石に耐えかねて話しかける。
「いつまで着いてくるつもり?」
いきなり振り向いたからか少し驚いたような表情をして、にこっと不気味に笑って答えた。
「命令されるまでずっと着いていきますよ」
気色悪い。まるでストーカーか何かだ。
「それならここにずっといときなよ」
「分かりました」
そのまま帰路に着く。
道角を曲がるとき、横目に彼女の姿が見えたが、律儀に僕に命令されたところから一歩も動いていなかった。
いずれ飽きて勝手に帰るだろう。
家に着いて、ベッドにそのまま寝転ぶ。
今日は疲れた。ここまでの急展開に巻き込まれるだなんて思いもしなかった。
これから佐伯とどうやって関係を築いていくべきか。
生理的に受け付けない人間と関係を築く術を僕は知らない。
ただ、あの時確かに湧いた興味を満たしたい。
そんなことをぐだぐだと考えているうちに、気付けば意識を手放していた。
目を覚ますと時計は午後八時を指していた。
二、三時間ほど眠っていたようだ。
お腹も空いていることだし、ご飯を買いに行こうと外に出る。
特別暑い訳でもなく、寒い訳でもなく、過ごしやすい季節だ。
暫く歩くとさっき佐伯と別れたところまで帰ってきた。
流石にもういないだろう。そう思って道を曲がると、あろうことかボケっと突っ立っている佐伯がいた。
僕の姿に気がつくとこちらへまるで尻尾をふる犬のように近づいてくる。
「あ、ご主人様! 帰ってこられたんですね!」
「その気持ち悪い呼び方はやめてよ。というか、まだここにいたんだ」
僕が寝ている間ずっとここにいたということは、二、三時間もここへいたことになる。
それなのにニヤついて、苦しそうな姿一つ見せやしない。まるで何もなかったかのようだ。
「ご主人様に命令されましたから。放置プレイも悪くないですね」
改めてこいつの異常性を再認識する。
「じゃあそのご主人様から命令するよ。その呼び方はいますぐやめろ」
「……やっぱり桜庭さんに声をかけて良かったです」
「今のやり取りでなんでそんなこと思うわけ?」
恍惚とした表情を浮かべているが、僕には全く理解できない。
「貴方は他の人と違いますから。周りの人間に合わせて私に敵意を持っているような人たちの中、桜庭さんだけは私のことが大嫌いだろうなっていうのが分かるんです」
僕の返答を待たずして、彼女はずっと話を続ける。
「私に対する視線が。私にかける言葉の節々から。心の底から私を軽蔑してくれているんだなって」
驚いた。
彼女は最初から僕の感情を知っていた、と。そこまで露骨にしていたつもりはない。
それどころか、佐伯は人の感情なんて一ミリたりとも考えるようなタイプではないと思っていた。
別にお前のことを嫌いな人間なんて僕以外にもいるよ、とでも言ってやろうと思ったが、流石に度が超えているような気がしてやめた。そんなことをわざわざ気にする必要のないような気もするけれど。
「やっぱり君はイカれてるよ」
僕が返すと彼女も口を開く。
「ありがとうございます。褒め言葉ですよ」
僕がこの人間を理解できる日が来るのだろうか。不安にならざるを得なかった。




