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夏至祭の時空の彼方  作者: 有嶺 哲史
第二章 インテルメディオの風来坊
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第7話 牧歌的な国の秘密

 あるとき年取った召使のセナイダと雑談していた。


「セナイダはいつ頃からこの家に仕えているの?」


老婆は懐かしそうに語った。


「子供の時からですよ。先々代の大奥様には家事や料理の作り方、さらに剣の使い方までも。憶えの悪い子供だったのに根気よく教えていただきました。それはお優しい素晴らしい大奥様で御座いました」


「ここの家柄ってどうなの? 相当高貴な血筋のような気がする。この邸宅にはただならぬ格を感じる」


「よくお分かりで。昔は……いや、こんな話は止めましょう。あのことを実際に見た者は私を除いていなくなりました。この世界の人間は誰も私の言うことを信じません」


老婆の眼に涙が光った。

セナイダは〝あのこと〟について語りたくないようだった。

セナイダは一般公募の使用人ではなく元はアルバ家の家来の家柄だった。


 公国の図書館にあるインテルメディオの歴史書はミーヤの先々代の辺りより前は詳しくない。

ところが後日運動がてら邸の庭で跳躍していたときのこと。

異界人のおれは身軽になっていたのでミーヤ邸の屋根の上に跳び上がってしまった。

まわりの木々を揺らす風が気持ちよすぎて屋根の上を巡っていると邸内部からは壁で行けないはずの所に部屋らしい空間があることに気づいた。

庭から見上げるだけではわからない所だ。

勝手に入ると中は長年誰も入っていない様子で、文書類が見つかった。

一つは系図で、公的な歴史書には無い古い頃まで遡っていた。

驚いたことにアルバ家はミーヤの祖父まではインテルメディオ全体の君主だった。

そこにあった初期の資料によると限られた土地で末永く暮らせるように色々掟を作った、とあった。

ところがミーヤの曾祖父の代に揉め事が起こった。

年老いてから得た可愛い実子に対する情が政治的判断を誤らせ、領地相続の遺言状を書き換えた。

揉め事が始まった。

結局最有力な臣下のアルコ家とニエベ家が結託し、君主になったばかりの若くて不慣れなミーヤの祖父を退位させた。

そして二つの家がこの世界を勝手に分割しそれぞれ公爵領として統治するようになったことが判った。

だから分裂当初、東インテルメディオ公国と西インテルメディオ公国が正式な国名だった。

後にどちらも改名してリリオ公国とエスクード公国になった。

ともかくこれは不当な統治権の簒奪だとおれは思った。

しかし元君主を家族もろとも皆殺しにする革命のような激しさはなかったようだ。

そこにあった日記の最後はミーヤの祖父が書いていた。

国家が分裂すれば戦争が起こり得る。

それはインテルメディオ滅亡の引鉄(ひきがね)になるのではないか、力及ばず先祖に申し訳ないと彼は書いていた。

それぞれの家の名前は本来の序列を暗示していた。

退位したばかりの旧王家はなお民衆に人気があり、それを利用するために当時の公爵は配慮した。

いまおれが居候している邸宅は元は王の別荘だった。

これだけを残して住むこと、騎士にしては立派過ぎる馬車に乗るなど、かつての王家の栄光の一部だけ権利として残した。


 公の図書館では歴史文書が都合の良いように書き換えられ、アルバ家の隠し部屋にあったような反証情報が徹底的に除かれていた。

牧歌的に見えるインテルメディオにも悪知恵の働く者がいたようだ。

歴史教育も同じことで昔の真実はひた隠しに隠されている。

孫の代になってミーヤは護衛官としてフリアーナに仕えている。

本来屈辱的な主従逆転だがわだかまりも無く、明らかに信頼感がある。

ミーヤも真実の歴史を知らない。

しかしフリアーナはどうだろうか。

公爵家であり支配者である彼女の家または宮殿倉庫には古い伝承があるはずだ。

少なくとも両公国で王国の領土分割をしたときに取り交わしたはずの相互不可侵の宣誓文ぐらいはないとおかしい。


 おれは何しにここへ来たのか、答えが見つかったような気がした。

ミーヤを王位に復位させるためにおれが天から遣わされた、なんちゃって。

だがそれは白い母から命じられたおれの使命とはなんか違うような。

話がちっちゃい? 

だが真実を知ってしまったら人間ならば何も義務が無いとは言えない。

落ち着かなくなってきた。

しかしおれは偶然の時空のつむじ風に吹き飛ばされてやって来た一介の風来坊にすぎない。

おれは元の世界の人生を途中で失ってこの世界に来たのに、特別な能力も無ければすべきことも知らない。

悪政が行われているならともかく平和で民衆は生活を楽しんでいるように見えるのに、このままでも悪くないのじゃないか。

再び思った。

おれはいなくてもいいんじゃないか、と。


 記録を調べた限り大きな天変地異は無かった。

気候も穏やかなままで飢饉も無く、疫病の流行も記録が無い。

それに加えて単純な経済システムと、あのつまんない性行為だ。

富と美人の価値が、激しく美女を奪い合う現世界ほどでない。

人々に執着が無いので強奪などが起こりにくい。

性行為があのやり方だと簡単に理性で制御できるから人口の増減も制御しやすい。

昔から変わらない生活を続けることがこの小さな世界を維持するためには一番の方法なのだと思われる。

社会が変化しているときや大災害のとき人々は痛みを感じるが、平穏であればどんな社会でも人々はそこそこ幸せと思う。

それを理解しない冒険心に富む若者はこの世界にはいないようだ。

もし誰かが自分だけ抜きんでようとしゃにむになって働き、豊かになりたくて行動しはじめたとしよう。

その途端にこの小さな世界は不安定に渦巻き始め、穏やかな生活は失われる。

しわ寄せは不公平をもたらし、さらにタチの悪い扇動者が出たら社会が崩壊する。

社会が崩壊したら個人も生きてゆくのが困難になる。

 こんなことを考え事実を知った責任を感じたが、おれはどうしたらいいのか判らなかった。あるときセナイダに


「何かある時は必ずミーヤに味方するよ」


と言うと婆さんはほほ笑みながら(うなづ)いた。

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