第6話 中間界の科学と社会
夜の暇な時間、ランプの光の下でミーヤに現世界の古今東西の面白い話や諸知識を解説した。
資料も持ってこず記憶だけでは漫談にならざるを得ない。
ミーヤは科学に興味があるがフリアーナはそうではなく、現世界の話にも興味を持たないそうだ。
インテルメディオの科学レベルは現世界の中世段階で発達が止まっていた。
文明を発展させる専門家である〝科学者〟や〝芸術家〟は、大昔はいたらしいが現在はいなかった。
鍛冶屋、大工など一部を除いてほぼ職業的専門家はいないようだった。
「じゃあ、医学の研究者もいないの?」
「そうよ。病気になったら役所に行くの。役人が医者になって昔のままのあまり効かない薬を出すだけよ」
そう聞いたときは背筋が寒くなった。
長寿者が少ないのはそのせいか。
種類は少ないが酒もあった。
庶民が飲むのは緩めの酒だがフリアーナの宮殿にはきつい酒があった。
軍隊は無く警察官も裁判所もごく少人数で頻繁に交替する。
そもそもここの住民たちは秘密を守らない。
女が多いせいかどうかは知らない。
聞いたことはすぐ誰かに話したくて我慢できないのだ。
嘘や陰謀を考える人間は多分いない。
寺子屋みたいなものはあるが、学校は無い。
現世界の常識では恐ろしいほど何もない社会だ。
「銀行って何? 金融って何?」
銀行も無かったのか。
しかし聞かれたおれも名前を知っているだけで、銀行の仕事の内実は知らなかった。
おれは文明の表面的成果を知っていただけだった。
大金を扱う大企業も無い。
個人は金が無くて困ることはないのか? それに対するすごい答えは国営の庶民金融だ。
困った庶民は誰でも無担保で国家に借金できる。
利息は取らないかわりに取り立ては厳しい。
狭い国だから隠れてもすぐ見つかる。
返せないなら強制労働だという。
債務を残して死んだら葬儀をしてもらえない。
現世界と違ってここは全体が小さく限られた空間なので現世界の科学技術や社会構造をそのままここに持ち込むと大きな軋轢が出ることは容易に想像できる。
地球では〝ちょっと悪い人〟くらいの人物でもここに銃を持って来たら大悪人になれる。
銃についてミーヤに話したところ
「まるで悪魔の道具ね。この世界に無くて本当によかった」
ここは現世界に比べると相当穏やかな社会だ。
狭い社会を安定的に維持するためには文明の発展を抑える必要があったからではないか。
ところで空で光を発して地上を照らしている物は何か、と聞くと誰もが分からないという。
フリアーナも統治者の仕事といって天体観測はしていたが原理を説明する天文学は無かった。
星もないからここの人々は天体に興味を持たない。
自分で天体を調べてみよう、と思って望遠鏡の自作を考えたがこの世界にはレンズが無い。
レンズの元になるガラスを作るには石英を溶かす超高温のるつぼが要る。
ガラス円盤を丸くなめらかに磨いてレンズにする熟練の研磨技術も要る。
機械を動かす発電機も要る。
到底自作は無理だ。
身ひとつで来たおれは望遠鏡ひとつ再現できなかった。
文明の伝搬には知識だけではだめで原材料、加工具、エネルギー源、人材など、必要な物すべてが揃っていなければならないようだ。
あらためて現代文明の積み重ねの深さを思った。
ここの宇宙構造は住人達の性格とは対照的に存外複雑で、いずれ不安定になるかもしれない。
銀河に見える、太陽がわりの光源だが後に恒星より小さいと思うようになった。
現世界では宇宙というものは知れば知るほど大きいのだが、ここでは他に天体が見当たらない。
体感では重力が小さいが、時間の進む速さの違いはわからない。
物理定数を現世界と比較するなんてどうすればいいのか見当も付かなかった。
何でも素直に聞き、大きな漆黒の瞳でおれをじっと見ているミーヤがとても可愛かった。
つい自分を偉く見せようとして、聞きかじり程度の知識で相対性理論を話してしまった。
素直な彼女は大いに興味を持ちおれをますます尊敬した。
しかし尊敬が愛に変わったかどうかは不明だった。
その後も時間についてよく話したがった。
時間の不可思議さを聞いた彼女はタイムトラベルして亡き両親に逢いたいと夢を語った。
彼女の両親はまだ幼かった一人娘の彼女を残して早くに亡くなっていた。




