第4話 中間界の女の体
話はフリアーナの視線のことに戻った。
ミーヤは
「フリアーナ様が修行したニルミータというのは禁断の視線の世界。そこの性行為というのが、男女が見つめ合うだけなの。あなたがそのまま見続けていたらニルミータなら彼女と性行為をしたことになったのよ。フリアーナ様は視線を使ってここの男を誑かし、意のままに操ることが出来るそうなのであなたも既に支配されているかもしれない」
「ニルミータって何てところだ。面倒だなあ。じゃあ、ここ中間界の性行為はどんなものなの?」
「ここは昔ニルマーナラティと呼ばれた世界で、男女が向かい合って互いに笑うだけで性行為は終わると聞くわ。だから一瞬であっけなく終わる。しかもすぐ子供が出来て膝の上に乗っている。生まれた時既に九才に成長しているので授乳もしないのよ。子を生むのは簡単だけど母となるとき女は一瞬でげっそり老けるとかいうわ。私自身は体験が無い。あまりに簡単なのでうっかりするとバンバン子供が増えて女はすぐに骨と皮だけになる。だから私は笑わない、と言ったのよ。無愛想のつもりは無いのよ」
ここでは冗談を言って一緒に笑うたびに子供がバンバンできてしまうらしい。
「じゃあ、結局男は何するの?」
「家事、子守り、それから……」
しかし多少は回避できるテクニックもある。
視線をずらすとか距離をとるとか。
幼さの残っているミーヤはわりと無意識にほほ笑む。
しかし紳士はいつも笑わないのも苦しい。
その代わりとして、じろじろ見て笑いをこらえていても怒らない習慣が出来たという。
その習慣があるのでミーヤでもどこをじっと見られても平気だった。
中間界の女は股間や胸を生殖行為に使わない、すなわち性的な意味が無い。
だからそこを見られても全く恥ずかしくないという。
ミーヤが時々下着の着用を忘れたり女護衛官の制服が尻丸出しで平気な理由の一つはこれだった。
ここの生殖方法に合わせて体も心も進化したらしい。
少し後、かなり親しくなってミーヤと何でも言えるようになってきた頃だった。
おれは現世界のことや技術をミーヤに話していた。
話が人体の構造の違いになった時、最初の頃聞いた話にずっと疑問があった。
あんな方法で遺伝子が伝わるのか。
ミーヤに聞かれて現世界の人の体の構造を断面図に描いて説明した。
ミーヤは直ちにこの世界の女と地球の女の体の構造の違いを指摘した。
ここの女の股間は性行為に使わないから二つの排泄孔があるだけで生殖用の孔は無いという。
だからここの女達は股間に羞恥心を持たない、と言った。
生殖行為の違いに関連するのか、ここの人達の股は前後にはよく開くが左右にはあまり開かない。
剣を構えたときも我々と違って足を前後に開く。
「見つめ合うだけ、微笑み合うだけという性行為の話はみな伝聞だろう?」
「ええ、そういえばすべて伝聞よね。遺伝子が伝わらない? そうね。すると……ただの伝説だったのかしら」
「他にも方法が有るかもしれない」
「じゃあ、私とあなたで実験してみましょうよ」
「え? いや、そんなことはとても……おそれおおくて」
これが冗談なのかどうか。
以前からなんとなく感じていたが彼女がここまであっけらかんとしていることは、この世界に来てから二度目の驚愕だった。
「おそれおおくも宿主、大家さんの命令よ」
どうも本気だったらしい。
彼女は笑いながら自ら裸になってしまった。
おや? 意外なことにおれの男としての欲情をそそらない。
子供の体を見たような感じだった。
臍も無い。
乳房は大きいくせにその頂上には何も部品が無くてつるんとした饅頭のようだった。
見かけは本当に地球人そっくりなのに、やっぱりここは地球ではない。
カエルの世界か。
ところが
「あら、私どうしたのかしら。あなたに見られていると心も体も熱くなってきた。体の中で何かがもぞもぞして飛び出てきそう。なんだかすごくきもちいい。こんな気分は初めてよ」
意外にもミーヤは興奮して顔を赤くし息を弾ませてきた。
まるで性的興奮みたいだった。
この世界では性愛の行為が見合って笑う、というだけなのでうっかり子どもが出来過ぎないよう、快楽や欲望が淡い。
現世界では性行為が強烈な快感をもたらし歴史を変えるほど人の行動を支配すると聞いた彼女は
「私、このままものすごく気持ちよくなっていったら、どうなるのかしら」
と言って熱に浮かされたような表情をした。
「ミーヤのおなかは蛙のおなかだね。おれはどうすることも出来ないよ」
後にミーヤは男女の関係になれないなら兄妹ということにしようと思ったらしい。
それにしてもこの違いがあると現世界人と中間界人は混血できないはずだ。
しかし疑問が残った。
信じがたいことに、ここの男の股間も女と同じ構造だとミーヤは言った。
なるほど彼らはあまり男らしく感じないし、女より小柄な者が多い。
女護衛官に到底勝てない。
謹厳でとっつきにくい護衛官マリサは普段から独りぼっちでいる。
兜をかぶっているのでよくわからないが彼女も相当な美人だ。
鼻や唇や眉毛は細くのびやかで目は黒く大きくて潤いがある。
顔も尻もゲルマン女のように白い。
背が高く手足がスマートだ。
彼女が護衛官の格好になったとき半分露出する尻に、ミーヤの尻には感じない地球人の女のような色気があることに気付いた。
ここの住民はもちろん本人も知らない。
厳しくしつけられた彼女は仕事に忠実なあまりいつも直立不動で無表情。
前方だけを見ているのでスフィンクスのようだ。
支配者フリアーナより少し年長で、おれと同年齢に見える。
マリサの両親も既に亡くなり年の離れた妹と二人暮らしだ。
姉マリサは一人で頑張ってきたせいか、流行を追う軽薄さに馴染めない。
努力勉強を好む気質から予想すれば、間違いなく今のまま行かず後家になるだろう。
公爵、ミーヤと並ぶとマリサが最も知的だ。
その妹は姉以上に無愛想で難物と聞くが詳細は省略する。
マリサには無視されていると思ったおれも彼女に興味を持たなかった。
対照的にミーヤは愛想が良くて人を疑わない。
二人とも処女(男と微笑み合ったことが無い)であり、剣の腕は公国有数だ。
年一回の公式トーナメント大会ではしばしば準決勝に勝ち残る。
小柄だがミーヤも強いのだ。
あるとき練習試合でマリサと対決してみた。
地球にいたときより身軽だったので自信があった。
剣を打ち合った瞬間、マリサの鋭い返し技をかろうじて防いだ。
結局引き分けた。
そのあとマリサはまるで負けたように落胆していた。
今まで男の挑戦者は皆コテンパンに叩きのめせると思っていたらしい。
初めてマリサに挨拶した時おれは吟遊詩人気取りで言った。
「ラ セニョリータ エンセナーダにはご機嫌麗しゅう……」
これに意外にもマリサが顔を赤らめ何となく落ち着きを失った。
殆どの男はわざとベスーゴ(鯛)と呼び捨てて彼女がふくれるのを見て面白がる。
マリサの堅苦しさは男たちによくからかわれていた。
おれはこのストイックすぎる女騎士の行く末が少し気がかりだった。
そんなとき初夏の青天の日、暇だったので探検心を出して森の奥深く入っていった。
木々を騒がす風、そして葉擦れの音に酔うように進んでゆくと……その奥でおれは見てしまった。
誰もいないと思ったマリサが、そこに生えている何かの植物を利用して快楽行為に耽っていた。
彼女の快感部位は後ろ側の排泄孔らしい。
現世界にも同じことをする女がいるらしいから本当に快感が得られるのかもしれない。
ミーヤに聞いたら、ここの女のそこには普通快感がないそうだ。
敵を槍で突く仕事をするマリサは、時には自分が突き抜かれて敗北する甘い転落感を味わいたいのかもしれない。
彼女は現世界の血を引いているかのようだった。
わからないようにそっと抜け出したつもりだったが後日物陰からマリサに小さく声を掛けられた。
その物陰に入ったら狭すぎて体が密着してしまった。
図らずも男の体を直接感じながらマリサは言った。
「見たでしょ」
「藪から棒に何を?」
「それを私の口から言わせるの?」
「え? 何だったかな。この間の藪の中のこと?」
少し興奮して来たマリサは言った。
「ここインテルメディオの女は男に秘密を見られたら、その秘密を守るため絶対その男の嫁にならなければならないの。それじゃ私は困るでしょっ! でもあなたは異界人だから関係ない。あなたは見ていない、私はやっていない、すべて無かったことにしてっ!」
「いいよ。ただし中に植物が折れ残ると取り出せなくなって血流が滞り、内臓が壊死して命の危険があると聞く」
「え? そうなの。全部見ていた……ねえ、どいてくださらない? どいてよう」
体が密着したとき、おれの下半身に起こった変化にマリサは気付いたはずだ。
その意味はまだ解らないだろう。
しかし勉強家のマリサは図書館で調べはじめた。
それで現世界の人間であるおれによく質問してくるようになった。
目をパチパチさせて
「あのっ、現世界では……」
こういうときのマリサは几帳面な勉強家のお姉さんが何か恥ずかしいものに目覚めたような感じがあって面白かった。
藪のことを別にして、彼女は運動神経抜群の謹厳な淑女だ。
話し合っているとき以外はやっぱりほとんど無表情で無愛想だった。
男たちは強すぎる女丈夫のマリサに近寄らない。
次第におれもここの人々に馴染んで行った。
中間界とはムンド インテルメディオというべきだがインテルメディオ単独で正式名称にしたそうだ。
時を経てミーヤの眉毛や眼などの雰囲気が変わってきた。
大人の女の印象に変わりつつあった。
広いミーヤの家を探訪していた或る時、彼女の亡くなった両親の肖像画を見つけた。
今のミーヤからは想像できないほど父母ともに高度な肥満だった。
それからアルバ家の内々に興味を持ち始めた。
家の中を歩くことが増えた。
そして中間界の成り立ちにも興味を持ち、図書館などあらゆる所を調べた。
ミーヤが或る時レースに似た、透けて見える白い室内着を着て窓辺に座っていた。
陽光に庭の草花がキラキラ輝くのを眺めている姿には物思いに耽る若い娘らしい風情があった。
今が彼女の生涯で一番、詩歌に謳われるような美しい時期ではないかと思った。
「ミーヤは益々美しくなったね」
それを聞いて喜ぶミーヤに
「ご両親の肖像画を見たが、かなり肥満していたね?」
というとミーヤは表情を曇らせ
「うちの家系では一生のある時期、超肥満になるの」
「ミーヤも肥満が始まる前に嫁に行かなきゃならないね」
ミーヤはパッと振り返り天使のような透明な笑みをおれに向けて喜びを表した。
いたおれは反射的に自分の笑いを止めた。
その勢いが余って怖い表情になってしまった。
間近でまともに見合わせたミーヤは驚愕した。
体を震わせ、その夜は食事もせず自室に籠もってしまった。
勘違いされたのじゃなかろうか。
おれは心配で眠れなかった。
翌朝になるとミーヤはいつもと変わらず明るい娘だった。
一見元に戻ったようだが、そのころからミーヤはおれを〝お兄様〟と呼ぶようになった。
「これからお兄様と呼ばせてね。本当にそう思うから」
女公爵フリアーナは日常的に最も長時間おれのそばに居る。
このころになると互いに相手を意識することが無い。
ところが一度だけ突然変なことがあった。
気候が素晴らしい季節のある晩、猫のパイヤが眠っていたときのこと。
フリアーナは上機嫌で珍しくおれに酒をふるまった。
彼女のふんわりした雰囲気に操られるように、かなり酔ってしまった。
そのとき彼女が胸の透けそうな服を着ているのに気づいた。
普段肌を見せないフリアーナにしてははじめて見るような服だった。
この世界ではじろじろ見ることが失礼ではないので、何気なく見ると頂上に乳首があった。
おれが驚愕するのを見たフリアーナはニッと笑って
「わかる? 女護衛官と違うでしょ?」
さらに上衣を持ち上げ腹を見せた。
そろりと臍を露出した。
「臍もあるのよ。驚いた? フフフ」
眼の前に突き付けられてタジタジとずり下がり頭の中は真っ白になった。
女公爵の笑みは怪しげになり
「何か、思い出さない?」
「何のことやら」
「私の秘密には昔のあなたに責任が……」
何のことか全く判らない。
彼女はとうとう足元の裾をつかんで持ち上げはじめた。
パイヤ猫もタヌキ寝入りをやめて眼をまん丸にして見ていた。
太もも全てが見える前に、おれは電光石火逃げ帰った。
彼女の正体は何だ? この世界にきて三番目の驚愕だった。
その夜、夢うつつの薄明の中にぼんやりと女の顔が現れた。
微笑しているが誰だか分からない。
夕方あんなことがあったが、まさかフリアーナが夜這いしてくることは無いだろう。
女は言った。
「アンタ、見てよ」
女はテーブルに乗ってドレスを掻きあげ、踊るようにくるりと回った。
唖然としているおれの前で女のショーはさらに大胆になった。
若い女性が自ら尻を見せてくれているのにそのてっぺんに大きな吹き出物をおれは見つけてしまった。
おれの眼は吹き出物に吸いよせられた。
そのとき女が迫ってくる気がしてパニックになったおれはダーッと走って逃げた。
驚愕のあまり吹き出物以外憶えていない。
女は村の娘カルメンそっくり、いや本物だ。
なぜこの世界にいるのだろう、考えてもわからなかった。
この国の女と明らかに体が違うフリアーナの正体は秘密らしい。
なぜおれにだけ体を見せようとしたのだろう。
翌日のフリアーナの態度は何事もなかったようにいつもと変わりなかったし、おれも知らんぷりしていた。
勉強好きのマリサには、おれと密着したときのおれの体に起った変化の意味が分かったらしい。
時々マリサはおれの股間をじっと見て油汗をかいている。
支配者なのに異界人らしいフリアーナ、謹厳の仮面がはがれかかっているマリサ、いつか太り始めるミーヤの三人ともそれぞれ違う体の秘密を抱えていた。
パイヤ猫は上品な淑女である。
いつも連れているのはフリアーナだ。
彼女の出身地を調べようと思い、抱きあげて天地をひっくり返して尻をおっぴろげた。
ミャアミャア鳴いて騒いだ。
外見上股間がミーヤと同じだからこの近辺の生まれだと思った。
それ以降猫がおれを見るとき色っぽい眼で見るようになった。




