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夏至祭の時空の彼方  作者: 有嶺 哲史
第二章 インテルメディオの風来坊
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第3話 古風な馬車

 穴を抜けるとそこは明るく美しい見知らぬ場所だった。

青空と若草色の大平原が広がっていた。

ふと気づくと、ある方角の風景が瓶の底みたいにゆがんで見えている。

水平線と思ったものが途中から大きくぐわんと湾曲して天に向かって伸びていた。

強烈な重力異常があって重力レンズ効果が生じているように思える。

明らかにここは異界だ。

白い母から聞いた子宇宙のひとつ、中間界と言われる所だと思った。


 大平原の真ん中に一本の道が遥か遠くから来て反対側の遥か先に伸びていた。

そこへ一両の古風な馬車が走ってきた。

時代劇を見ている気分でいたら馬車はちょうど眼の前でひっくり返った。

中から中世風の男装の、若い女性御者が一人道に投げ出されて気を失った。

栗色の髪の彼女を抱き起してカツを入れた。

下がり気味の眉毛の下から素直そうな眼で見上げられた。

顔つきは柔らかく、フランス人少女のような可愛い幼さがあった。


「気が付いたな。大丈夫か?」


「何よ! 私に触らないで! あっ、痛ったあ」


「骨折しているかもしれない。美しい脚だがそんな状態では歩けまい。馬車は壊れ、馬は逃げた。家まで背負って行ってやろう。悪いようにはしないから」


意外にも少女とおれの言葉は通じた。

しばらく問答しているうち彼女は状況を理解し態度が変わった。

驚くべきは彼女の素直さだけではなく異界、すなわち白い母が言ったような沢山の宇宙があることを知っていたことだった。

そういう伝承があるらしい。


 彼女はまだ少し朦朧としていた。


「馬は壊れ馬車は逃げたのね」


「そうだ。馬車はもう使えない」


「じゃあ、異界から来たというあなたを信じるわ。これは公爵から公爵への親書を運ぶ重要な任務なのよ。私の代わりに公爵に親書を渡して欲しい」


「無理だ。おれはさっきこの世界に飛び込んできたばかりで何も分からない。公爵から公爵へ公爵に、ってさっぱり意味が分からない」


「じゃあ、少し遠いけれど街にある私の家までおぶっていってくれない? お願いよ」


暇な自分が怪我をした可愛い娘を助けて……下手な素人小説みたいでおれは微笑んだ。

すると


「あの、あなたは異界人だから分からないかもしれないけど、この世界ではうっかり笑えないのよ。だから私笑わないからね。でも悪意はないのよ。いずれそのうち説明するわ」


 妙な注意事項を言った少女を背負うと思いのほか軽くて楽に歩けた。

このとき自分はいつもより身軽になっていると気づいた。

重力が地球より小さいのか? ここ中間界は諸宇宙の中間にあってそれらと繋がりを持っていると白い母から聞いていた。

我々地球人から見れば異界だ。

しかし中途半端に出来て、宇宙としては極端に小さいらしい。

ひょっとすると自分は運動選手並みの能力を発揮できるかと思って嬉しくなった。

少女は既におれを信じ切ってためらいも無くやわらかい体を押し付けてくる。

歩いてゆく途中で背中の少女といろいろ話してこの世界の様子を聞いた。

彼女は名乗った。


「私はミーヤよ」


彼女は一見少女に見え、若いが立派な大人だった。

その話によると、ミーヤの国はリリオ公国といい農業で支えられている。

支配しているのは女公爵で、この世界の半分以上を領有している。

ミーヤは女公爵の護衛官で騎士の身分である。

男が少なくて女が主導しているので、か弱い男は働かなくてもいいのだそうだ。

隣国はエスクード公国といい狩猟と水産業が主で、こちらと違って男の方が多い。

その支配者も公爵であるが男で、白髪の老人だという。

相互に人の移動があって自然に男女比が逆になってきたそうだ。

美しい装飾のない隣国の町の眺めはつまらない、と言った。

数日前から隣国に使者として行っていて、その帰りだった。

全体の国王というものはいなくて、ここは支配方式、気候などすべてが中途半端だった。

この二国の他に国は無く、公爵とは自称だ。

聞いた限り文明もおれのいた現世界の中世の段階で止まっているようだ。

宗教は統一的なものは無いが、女公爵は神秘的な秘術を使うことが出来るので宗教的統治に似ている。

おれのほうも自分のいた現世界の話を聞かせた。

空を飛ぶ機械などの科学的な話をすると女は驚き興味を持った。


「現世界の科学って不思議ね。もっといっぱい話を聞きたいわ。ねえ、行くところがないなら私のお家に逗留(とうりゅう)しなさいよ。空き部屋があるの」


そのうち女はおれの背中で眠り始めた。


 数時間後一本道が終わるところで公国の街についた。

街は緑の並木と、その外側の環濠(かんごう)で囲まれていた。

古びた田舎町で塀も無い平屋が多かった。

その中で女の家は飛びぬけて大きく、周りと不釣り合いに立派な石造りの館だった。

両親が亡くなって召使の老婆セナイダと二人暮らしだ。

貴族の身分かもしれない。

セナイダは疑うような眼でおれを見たがミーヤは長時間おぶられている間におれをすっかり信用していた。

別室で二人が治療しながら何か話し合っていたが、結局おれはその広すぎる館にしばらく逗留させてもらえることになった。

しばらくして椅子に座ったミーヤとその横に立ったセナイダが並んでおれに聞いた。


「これから食事の用意をするわ。あなたはここで初めての食事ね。何を食べたい?」


どんな食べ物があるのか知らないので真面目に言った。


「何を食べようかなあ。動物図鑑があったら見せて」


ミーヤとセナイダは眼を丸くして顔を見合わせた。


「ライオンを食べたいなんて言わないでね。おいしくないよ」


空気や水に問題がなく、言葉も通じたのでたぶん食事も大丈夫だろう。

おれは南フランスのある郷土料理を説明した。

セナイダが作ってくれた。

それは美味くておなかを壊すことも無かった。

何の疑いも持たないおれの食べっぷりを見たセナイダも受け入れてくれるようになった。

これで当面生き延びられそうだ。

おれは安心した。

これだけ現世界と似ているのには何か理由があるのだろう。

なんだか、ただの隣国にいるような感じがしてきた。

美しい自然が豊かで水平線の曲がっている絶景も楽しめる。

地球人のリゾート地にすれば大繁盛するだろう。


 セナイダの看護で数日後ミーヤは回復した。

ここの支配者である女公爵におれを紹介するという。

館の前で先におれが馬車に乗りこんだ。

後から目の覚めるような煌びやかな正装をした女騎士ミーヤが乗り込んだ。


「馬車で宮殿に乗り入れることはミーヤだけに特別に許されているの」


などと得意げに説明するのを聞きながら、なにげなく美しい脚を辿ってゆくと下半身が丸出しだった。

指摘すると


「あっ! またやっちゃった」


彼女は下着の着用を忘れて武具を着けていた。

一旦戻った。

これが最初の驚愕だった。

にこやかに説明するミーヤの横に座り石畳の道を優雅に馬車で行った。

古い田舎風の街並みに異界感がなく親しみを覚えた。

次第に建物が増えていき、人々の往来も見えてきた。

人々の衣装は中世風や古代風などが入り混じり、いずれも軽やかだった。

街の中心にある支配者の宮殿に到着した。

持ち主は建物を飾ることに執着が無いのか、何の装飾も着色も無く、威圧感もない。

ミーヤの館の方がよほど立派だ。

公共の建物は他にもある。

街の真ん中に小高い草の丘があり、頂上にはこのあたりでは珍しく広い、立派な露天劇場がある。

青空を背景にすると白亜の美しさに歴史を想いノスタルジーを感じて涙が出るほどだそうだ。

晴天の時女公爵がそこで演説する。

そのときには二人の女騎士が金色燦然と輝く武具に身を固め、公爵の両側に立つ。

ここには弓矢はあるが銃や火薬のような近代的な飛び道具が無い。

思えばここまで手荷物検査のようなことが一切無かった。

ミーヤも大らかだが彼女の紹介とはいえおれという謎の男が通過しているのにあまりにも無防備だ。


 そんな国なのかと思いつつ謁見場所で待っていると支配者だという女公爵が出てきた。

打ち合わせ通りおれはひざまずいた。

フリアーナ・エルモーソ・アルコ(美弓のユリア)公爵は、若くて芳醇な色気がある。

色白で漆黒の長い髪が美しく波打ちスマートだがやわらかさを感じる。

足元まで隠れる長い青紫のゆったりした衣装を着ていて、女騎士と対照的に肌の露出した部分は無かった。

その表情や視線には虚空を見ているようにポワンとした浮遊感があった。


 彼女の横に立っている女護衛官の、向かって左側はマリーサ・ベスーゴ・デ・エンセナーダ、〝入り江の鯛〟家のマリサ、という意味だ。

右はさっきまでおれと一緒にいたミカエラ・ルセーロ・デル・アルバ、〝明けの明星〟家のミーヤ、というところだ。

家名は役職・地位とあまり関係無いらしい。

女護衛官の格好はギリシャの重装歩兵、というよりもアニメの女騎士に近かった。

兜も被っている。

槍と楯を持ち腰に剣を下げていた。

武具は全てきらびやかに光っていたが青銅製で、鉄器ではなかった。

スカートは女子高生のスカートの形で、尻が半分出てしまう短さだ。

他に裸の部分は腕、胸の上部、臍とウエスト、太ももで、それら以外は布の下着または武具で覆われていた。

素肌が露出する所が多いが彼女たちは恥ずかしそうではなかった。

ここ中間界は春から初夏の間を往復するだけの温暖な所なのでこんなに露出が多くてもいいようだが、恥ずかしがらないのには他にも理由がありそうだ。

笑うなと言われているが女子高の文化祭の素人演劇のようで笑わないのもなかなか苦しい。

 促されて女公爵に自己紹介した。


「ドーニャ・フリアーナにはご機嫌麗しゅう恐悦至極……」


自分は異界人であることと、ここに来た経緯を詳しく説明した。

女公爵は異界人と聞いてふんわりした目でおれを見ながら興味深そうに聞いていた。

ところが女公爵はおれの話の途中で何か思い出したようにハッとしておれをじっと見つめ始めた。

別人のように緊張感に満ちた、大きく見開かれた光る目に見つめられておれの心臓がバクバクし始めた。

おれが一通り話し終えると女公爵は再びふんわりした雰囲気に戻り淡々と女騎士を救ったことに感謝し、身内同様に扱うというので喜んで承諾した。

元の世界にも戻れず金も持っていなければそうしなかったら野垂れ死にだ。

年は矛盾するが表向き女公爵の弟ということになった。

女公爵の言うことには誰も反対しないらしい。


「あなたを騎士とし、サティオス伯爵に叙する。以後アルマン・ド・サティオスと名乗りなさい」


馬に乗ったこともないのにいきなり騎士の身分を貰った。

アルマンはおれの元々の名前だ。


「ド・サティオスとはどういう意味ですか?」


「あら、出まかせよ」


〝伯爵〟といっても名前だけで領地も特権もない。

ただし公国に忠誠を誓う代わりに多少の家禄は出る。

女騎士を助けただけでこれだけの栄誉を与えられるとは少し不可解だった。


 謁見中ミーヤは楽しそうにおれを見ていたがマリサは厳しく無表情で動かなかった。

のっけから不機嫌に見えた。

無表情だが知的なマリサ、にこやかで若いミーヤに挟まれたフリアーナは大人びて美しかった。

人々は穏やかそうで、住みやすそうな所に思えた。


 人々が住む場所は公国内に点在しているが首都は草原と大きな川に挟まれ、低い丘陵地帯の向こうにはなだらかな山地が続いている。

川はかなりの大河で、隣国に流れてゆく。

気候は快適だが、遥か地平線まで続く美しい小麦畑や雪を頂く荘厳な山脈など、おれの故郷を想わせるような風景は無かった。


 ミーヤの私邸に戻った時フリアーナの視線のことを言うとミーヤは


「もともとフリアーナ様はねえ」


フリアーナの過去から話し始めたがミーヤも伝聞以外知らない。

フリアーナの生まれた所も血筋もよく知らない。

ミーヤからの伝聞によれば彼女の母がアルコ公爵の後添えになった時幼い連れ子が一人いた。

それがフリアーナだった。

彼女は中間界のここで育ち母が亡くなった後、青年期に一時別の宇宙である神代界に行った。

そのころは宇宙間の道を自在に通行できていた。

物理的説明は無いが宇宙が沢山あって往来できることは、ここではよく知られた常識だった。

神代界で働いていたとき後世に知られぬよう封印された不可解な事件が起こり、それが解決してから戻ってきた

戻って来たフリアーナには美しさに色気が加わっていた。

そのころ先代の統治者アルコ公が血縁の後継者無く亡くなり、それを知った隣国の態度が不穏になった。

街を囲う環濠はこのとき出来た。

急いで新しい統治者を決めなければならない。

皆に推されてフリアーナが公爵家を継ぎ統治者になった。

その頃はまだ有力者の合議、すなわち族長会議で重要事項を決めていた。

後にフリアーナの権威が高まるにつれて開かれなくなっていった。

皆に推されてなったのに本人には力となる政治基盤が無かった。

先代公爵の実子でないことも弱点で、何かにつけ勝手な家臣たちの統治に苦労した。

それで当時まだ宇宙間の道が繋がっていたニルミータという別の宇宙に行って修業し〝視線の秘術〟という、よく解らない秘術を身につけたそうだ。

フリアーナは巫女の力を持ち、家臣たちを支配する力をつけ、やっと統治が落ち着いた。

初めてフリアーナと眼が合った時おれの心臓がバクバクし始めたのはその秘術のせいだろうという。

統治のため彼女は男の旦那も男の恋人も持たない。

代わりに飼い猫がいたが雌だった。


「パイヤといってね、修行に行ったニルミータから連れてきたらしいの。隣国のスパイだという人がいるの」


「しかし喋れない猫にスパイは出来ないだろう」


ミーヤは笑いながら言った。


「しかも、猫は私たちよりずっとバカだもんね」


 全体的に統制が緩やかだ。住民の性格も穏やかだろう。

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