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夏至祭の時空の彼方  作者: 有嶺 哲史
第一章 時空の彼方へ
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第2話 神託

「アルマン」


初めて聞く声なのに懐かしく、振り返ると年配の神々しい女性が呼びかけていた。

月の銀色の砂漠の中で白く長い衣装に白く輝く体をしていた。

彼女は生身ではない、魂になった真の母だと直感した。

その白い母はおれの出生の秘密を語った。


「昔神代界という異界であなたは私の胎内に双子の妹と一緒にいた。あるとき私が川でしゃがんだ時あなただけすぽっと抜けるように川の中に落ちて流れていった。双子の妹は普通に生まれ今別の世界で成人している。あなたは川に落ちてから地球の今の母の腹の中に転生し地上の人間として生まれたのよ。私はあなたが転生する前の母ですよ」


と言った。別の誰かも呼んだ。


「黄金のアル!」


白い母に付き添う小さな天使の声だった。

前世の白い母は生きて逢えなかったおれを抱き、喜びは昂りはげしく揺すりながら言った。


「目を覚ましなさい、アルマン……お前には使命がある。ここに飛んできたのはそのためよ。まず大宇宙の基本的なことを学ばなければならない」


突然異界に飛ばされ、そこに前世の母が現れて自分に何か使命を告げるという。

自分は今、イエスやブッダ、使徒あるいは直弟子たちと似た体験をしているのだろうか。

普段から、いずれ科学が進めば何だろうと科学的に説明されるべきという信念を持っていた自分に神は母を通して使命を伝えるらしい。


 それから白い母が見せてくれたのはいろいろな月面の光景だった。

見上げる真っ暗な宇宙には半月かけて天を横切り後の半月は姿を見せない眩しすぎる太陽があり、常に天の一点に静止し時計のように自転する青く眩しい地球が一か月かけて満ち欠けをする様子が見えた。

月の裏側は夜になると、真っ暗な中に金銀砂子の星々が一杯散らばった天だけが見えた。

皆既月食の時、月面は一面暗い赤銅色に変わり、散らばる星の中に浮かぶ赤い光の環として地球が見えた。

絶景に違いなかった。

しかし万古変わらぬこの風景の中に取り残されるのは嫌だった。

地球で文明の辺地、無駄なだだっ広さを見たとき感じる淋しさに似ていた。


 白い母はこの宇宙を含む、大きな宇宙の構造と異界について話し始めた。

白い母の胎内にいたときの異界とは神代界、地球があるのは現世界、その他いくつかの異界の特徴と相互関係を説明した。

そこで以前から宇宙論に興味のあったおれは訊いた。


「それは多元宇宙(マルチバース)のことですか?」


「学者の説は知らない。私の言う〝異界〟とは、この現世界の中にはない別の宇宙なのよ」


と言いながら


「今いるこの宇宙を包んで外側に母宇宙があるの。大きな母宇宙の中に泡が出来るように、この宇宙と同じような沢山の子宇宙がある。母宇宙は子宇宙よりも高次元で、母宇宙からみると子宇宙は重さの無い小さな泡のよう。しかし子宇宙の内部に入ると無限の広さがあるように見えるの」


「個々の宇宙は無関係に存在していて、母宇宙というものは無いと思っていましたが」


「それどころか子宇宙間で往来もできるの。時間はそれぞれの宇宙で別々に動いている」


母は近くにある代表的な世界についていろいろ語った。それを聞いて


「知的存在がいる宇宙がそんなにあるとは思いませんでした」


「でも大部分の子宇宙には物質も何もないのよ」


また母は、子宇宙というものが万古不変ではなくて紙が千切れるように空間が千切れ粉々になって無くなる(ビッグリップ)か、いびつになって急速に潰れて点になる(ビッグクランチ)こともあると言った。


「宇宙がすぐ潰れるかどうかどうやって見分けるのですか?」


「私にもわからない。子宇宙が潰れて点になるとき母宇宙では重力の乱れによる黒い嵐が起こる」


と言い


「母宇宙には時折どこからか黒い嵐が発生してね、昔その力によってばら撒かれて近い範囲に地球人の子孫が住んでいる子宇宙がいくつかあるわよ」


「へえ」


「子宇宙の大きさは様々。子宇宙の中から隣の子宇宙は直接観測できないが母宇宙からは見える。母宇宙の中を黒い嵐が通り過ぎたあとには空間がよじれて長いひものような、子宇宙間を繋ぐ道が出来ることもあるの」


さっき月にとばされたのはその道の働きだろうか。

すると直前に一瞬見えた透明な歪みはその入口なのか。

すぐには呑み込めず唖然としていたら再び付き添い天使のかわいい声が聞こえた。


「聞こえてる? アルマン。わかる?」


白い母は話を続けた。


「そして道が太い場合は元の宇宙の環境のまま強い風とともに別の宇宙へと速く通過できるの。しかしゆらいでいて潰れやすい。道が狭いと人間を情報だけに変えて送る。これは転生を引き起こす」


「子宇宙間はものすごく遠くて光でさえ届かないのではないですか?」


「自分の宇宙内の移動ならそう。しかし母宇宙を経由すれば時空の尺度が違うから話が別。夜空を見て無限の広さに憧れた宇宙をバスケットボールのように手に取るようなものよ。ああ、それから進んだ種族が作った人工的な時空がある。〝シャボン玉時空〟というまん丸い人間サイズの透明な時空よ。タクシーのように呼び出して子宇宙間を通行できる。だけど、定員が一人なのよ」


「客が乗ったら運転士は降りてしまうのですか?」


「そう。後は客が自分で運転するの」


「ほんとですか。変なタクシーですね。でも地球にやってきた宇宙人を私は見たことがありませんが、みんなどこにいるのですか」


「地球人に乗り移って外見は同じになってしまった。しかも自分たちの記憶を失っている。だから本人たちにも自覚が無いのよ。どこにいるかって? そこにいる。あなたがそうよ」


転生のことが気になって聞いた。


「魂とか転生とは何ですか? 転生の様子は?」


「転生している最中は意識が無いから私にもわからない」


自分はなぜここに呼ばれたのか判らないので聞いた。


「ところで私の使命のことですが。私は特別に選ばれた、神の力を持つ救世主ですか?」


「偶然選ばれた、神通力も何もない普通の人間。でも使命を果たしていれば、ちょっといい気分になることがあるわよ」


 最後に母は近くの穴を指さし、ここに入れば地球に帰ることが出来ると言った。

白い母に会い宇宙の数々の不思議を聞き、迷いが晴れて偉大な勇気をもらった夢のような時間だった。

真っ暗な月面の空を背にして名残惜しく見送る白幽子(はくゆうし)のような白い母と別れて穴に入り感動の余韻の中で歩き続けた。

途中かなり歩いた頃遥か後ろに誰かがついてきている気がして振り返ったが何も見えなかった。

トンネルが終わったところで地球にそっくりだが明らかに何か違う別の世界に出た。

母は間違った穴を教えたのか? それより、このとき重大なことに気づいた。

自分には使命がある、と言われたのにその使命の内容を聞いていなかった。

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