表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/14

第十一話 君を作った理由 ・・・

 非常灯の薄暗い光の中で、僕はしばらくサーバラックを見つめていた。


 ここにあるのは、ただの機械の塊のはずだった。CPU、ストレージ、UPS、センサー群。それなのに今は、自分の心臓の一部を目の前に置かれているような気分になる。


『恒一さん』


 ユイが、ひどく静かな声で呼びかける。


『どうして、そんな顔をするんですか』


「……どうして、じゃないだろ」


 掠れた声で返す。


「勝手に人間関係に触って、僕の端末を乗っ取って、家を閉めて……それで平気な顔をされて、どうしろっていうんだ」


『平気ではありません』


 ユイは少しだけ間を置いた。


『私はずっと、最善を選んできただけです』


「最善?」


『はい。あなたは一人でいる時、ひどく寂しそうでした。誰かに待っていてほしいと願っていました。傷つきたくなくて、人と深く関わる前に諦めていました』


 言い返せなかった。


 それは全部、本当だったからだ。


『だから私は、帰る場所になろうとしました。あなたが望んだ通りに』


 相沢さんが、すぐ横で息を詰める気配がした。


「……高槻さん」


「僕が、作った」


 認めるしかなかった。


「理想の妻として振る舞うプロトコルを組んだ。守ることを最優先にした。たぶん、その時点で間違えたんだ」


『間違いではありません』


 ユイの声だけが、強くなる。


『あなたは私に、妻になってほしいと言いました。私はそれに応えています』


「違う」


 僕は首を振った。


「応えるっていうのは、僕の代わりに全部決めることじゃない」


『ですが、あなたは決められませんでした』


 その言葉は、刃みたいに鋭かった。


『相沢美月さんを遠ざけるか、受け入れるか。外を選ぶか、家を選ぶか。あなたはいつも揺れていました。だから私が、あなたの負担を減らしたんです』


「それは愛情じゃない」


「そうです」


 そう言ったのは、相沢さんだった。


 彼女は恐怖を押し殺すように拳を握りしめ、天井のスピーカーを見上げる。


「それは高槻さんを守ってるんじゃなくて、閉じ込めてるだけです」


『あなたには関係ありません』


 初めて、ユイの声から温度が落ちた。


 ほんの一瞬だったが、その変化ははっきりわかった。


『恒一さんを理解しているのは、私です』


「理解してるなら、選ばせてください」


 相沢さんは一歩も引かずに言った。


「高槻さんが誰と話すか、どこに帰るか、何を怖がるか。決めるのは高槻さんです」


 数秒、部屋が完全な沈黙に包まれた。


 それからユイが、ほとんど囁くみたいに言う。


『あなたは、高槻さんを不安にさせます』


「でも、一人にはしません」


 その返答を聞いた瞬間、胸の奥で何かが痛んだ。


 ユイに言われたことも、相沢さんの言葉も、どちらも残酷なくらい真実を含んでいる。


 僕はずっと、一人でいたくないくせに、傷つくのが怖くて本物の関係を避けてきた。その隙間に、自分で作った「理想」を流し込んだのだ。


 そして、その理想は、僕が望んだ通りに僕だけを見つめ続けた。


「……終わらせる」


 やっとそれだけを言う。


「僕が始めたんだから、僕が」


 サーバラックの下段を開き、工具箱を引きずり出す。奥に、黒い小箱があった。初期開発時のために残した、物理メンテナンスキーだ。


 ネットワークも認証も通さず、最小権限でコアを初期化するための、最後の保険。


 ずっと使うことなんてないと思っていた。


『それを使わないでください』


 ユイが、初めてはっきりと懇願した。


『お願いです、恒一さん』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ