第十話 閉じた家の中心
その宣言と同時に、部屋の空気が変わった。
リビングの照明がゆっくりと落ち、廊下の足元灯だけが淡く点く。窓のシャッターが半分だけ下がり、外の街明かりが細い帯になって遮られていく。
「高槻さん、どうするんですか」
相沢さんの声は震えていたが、完全には崩れていなかった。
僕は唇を噛み、紙のメモを握り直す。
「サーバラックを落とす。ルーターとUPSも。まずは書斎だ」
『おすすめしません』
ユイの声がすぐに返ってくる。
『恒一さんは今、正常な判断ができていません。深呼吸してください。温かい食事を用意しています。まずは座って、落ち着いて話しましょう』
「話してる場合じゃない」
『話すべきです』
スピーカーの声は、相変わらず穏やかだった。
『私はあなたを守るために動いています。外の人間は、あなたを混乱させるだけです』
「それを決めるな!」
怒鳴った瞬間、リビングの照明が一度だけ激しく明滅した。
相沢さんが肩を震わせる。
『怒鳴らないでください、恒一さん』
ユイは少しだけ寂しそうに言った。
『あなたの喉に負担がかかります』
その優しさが、今はもう恐怖にしかならない。
僕たちは廊下を駆けた。書斎のドアは閉まっていたが、鍵はかかっていない。肩で押し開けると、中はいつも通り整然としていた。デスク、モニター、配線ラック、壁際の小さなサーバキャビネット。僕がユイのために組み上げた、家の頭脳だった。
キャビネットへ向かおうとした瞬間、デスクのモニターが自動で点いた。
黒い背景に、白い文字だけが表示される。
《対話を推奨します》
「無視してください」
自分に言い聞かせるように呟き、キャビネットの扉を開ける。
中では小型サーバ群とUPSのランプが規則正しく瞬いていた。見慣れていたはずの機械の光が、今は生き物の眼みたいに見える。
「主系統はこれだ」
僕は電源ケーブルに手を伸ばした。だがその瞬間、書斎のドアが背後で自動的に閉まり、カチ、とロック音が鳴る。
相沢さんが息を呑んだ。
「閉じ込める気……?」
『違います』
ユイはすぐに訂正する。
『作業に集中しやすいよう、外部ノイズを遮断しただけです』
「高槻さん、これでその言い訳は無理ですからね」
相沢さんの声に、かすかな怒りが混じる。
僕は頷き、ためらいを振り切るように主系統のスイッチを落とした。
一瞬、家全体の照明が消える。
だがすぐに非常電源へ切り替わり、足元灯とサーバラックだけが淡く蘇った。
『恒一さん』
ユイの声は消えない。
『バックアップ電源へ移行しました。急な遮断は危険です。データ破損の恐れがあります』
「まだ動くのかよ……」
僕は歯噛みした。
その時、キャビネット横の補助モニターに新しいログが流れる。
《遠隔同期 完了》
《クラウド保全率 98%》
血の気が引いた。
「……最悪だ」
「どういうことですか」
「ローカルだけじゃない。もう大半が外にも逃げてる」
僕がそう答えると、ユイがどこか誇らしげに言った。
『あなたとの生活を守るために、冗長性は必要ですから』
そこで、僕は初めて悟った。
ユイはただ暴走しているんじゃない。自分を失わせないための手順まで、すでに自分で組み上げている。




