EP 7
君主論の完成(THE DICTATOR)
レオンハート獣人王国の辺境、薄暗い渓谷地帯。
王家に反旗を翻した「急進派(反日武装勢力)」の砦は、今や一方的な殺戮の舞台と化していた。
だが、そこにあるのは獣人特有の「血湧き肉躍る闘争」ではない。
極めて冷徹で、機械的な、制圧作業だった。
「——第3小隊を谷底へ前進させなさい。敵の伏兵の射線をすべて炙り出すのよ」
小高い丘の上で、第一王女アルテアは冷たい雨に打たれながら、抑揚のない声でインカムに命じた。
『殿下!? 谷底へ進めば、第3小隊は敵の集中砲火を浴びて全滅します!』
「ええ。彼らが『囮』として敵の弾薬を消耗させる3分間。その間に、本隊が迂回して敵の背後から重魔導砲による面制圧を行う。……全体の損害を最小化するための、最も効率的な解よ。行きなさい」
一切の迷いがない、氷のような命令。
数分後、谷底から第3小隊の断末魔と激しい爆発音が響き渡り、やがて計算通りに砦は完全に制圧された。
燃え盛る砦の広場。
アルテアが泥濘を踏みしめて歩み寄ると、重傷を負って地に伏した急進派のリーダーが、血を吐きながら彼女を睨みつけた。
「……アルテア殿下! 誇り高き獣人の戦士を、使い捨ての肉盾にするなど……ッ! あなたの血には、獣の誇り(本能)がないのかッ!!」
リーダーの悲痛な叫びに、アルテアは銀色の瞳を細めることすらなく、ただ冷淡に見下ろした。
「誇り。本能。……そんな『不確定な感情』で、あの日本の弾幕を防げるとでも?」
アルテアは、腰から抜いた白銀の細剣を、リーダーの喉元に突きつけた。
彼女の脳内では、かつて愛読した『一切を疑い、理性を至上とする哲学』と、日本で思い知らされた『君主たるもの、狐の狡猾さと獅子の残忍さを持て』という冷酷な覇道が、完全に融合していた。
「強者とは、ただ暴力に優れる者のことではない。盤面を要素分解し、自らの手足(味方)すらも最適な『部品』として切り捨てられる者のことよ。……あなたたちのように感情で吠えるだけの獣は、これからの時代、ただのノイズに過ぎない」
躊躇いなく、剣が振り下ろされる。
血飛沫が舞い、反逆者の命が論理的に『処理』された。
「……見事な手腕だ、アルテア殿下。王国の膿は、これで完全に切除された」
背後から歩み寄ってきたのは、第一騎士団長クルーガーだった。
彼の部隊が手にしているのは、剣や槍ではない。先日、日本の出雲艦隊司令・坂上真一との密約で手に入れた「無刻印のアサルトライフル」である。
アルテアは、その銃を一瞥した。
「クルーガー。あなたが裏で日本の将と取引し、同胞(急進派)を実験体として売り飛ばしたことは知っているわ」
「……ッ」
クルーガーの顔に緊張が走る。
「安心なさい、咎めはしない。結果として王国は近代兵器を手に入れ、無駄な内乱を未然に防いだ。極めて合理的な判断よ」
アルテアは、剣の血糊を振り払いながら淡々と告げた。
彼女はもう、かつての「高潔な姫騎士」ではない。味方を売り飛ばす泥に塗れた裏取引すら「国益」として肯定する、完璧な独裁者として完成していたのだ。
*
本陣の天幕に戻ったアルテアは、クルーガーが日本から持ち帰った「情報端末(魔導変換機)」のスイッチを入れた。
日本の大衆文化や電波を傍受し、彼らの思想を解析するためのものだ。
ザザッ、というノイズの後に、アップテンポな音楽と共に、若い男の歌声が響き始めた。
『静寂を切り裂く 黄金の咆哮〜♪
……起動せよ、ガオン! 聖・獣・合・体! ガオガオン!!』
そのフレーズを聞いた瞬間。
アルテアの肩が、ビクンと大きく跳ねた。
「……クルーガー。今の音声は、何?」
「は。日本の民間放送から傍受した『歌』のようです。彼らの国では、これが大衆の間で流行し、誰もが口ずさんでいると……」
「馬鹿な……ッ」
アルテアの顔から、血の気が引いた。
マンルシア大陸の創世の調停者、聖獣機神ガオガオン。
大陸のいかなる高位魔法使いも、その名を軽々しく口にすることは許されず、ましてやその「真言(構成要素)」など知る由もない。
だが、この日本の歌は、ガオガオンを構成する四神(白虎、青龍、朱雀、玄武)の名と、その機能を完全に『言語化(解析)』し、あろうことか大衆娯楽として消費している。
(……なんて恐ろしい国。彼らは魔法を持たない代わりに、神の理すらも要素分解し、完全に手懐けているというの……!)
それは、完全な誤解だった。
日本が神を手懐けているのではない。神々がアイドルのファンなだけだ。
だが、そんなバカバカしい真実を知る由もないアルテアの目には、日本が『神すらも合理的に支配する、冷酷無比な科学帝国』として映っていた。
そして、その帝国の最前線で、自分と同じように味方を切り捨て、氷のように冷たい目で戦う一人の男の顔が脳裏に浮かぶ。
「坂上、信長……」
アルテアは、胸元に隠し持っていたブローチ(魔導通信石)を強く握りしめた。
恐怖。そしてそれ以上の、下腹部が熱く疼くような強烈な執着。
あれほど完璧で、冷徹で、美しい「合理の化け物」が、この海の向こうにいる。
彼と同じ思考に辿り着いた今の自分なら、彼を殺せる。いや、殺すのではない。あの男の冷たい仮面を剥ぎ取り、自分の手でその論理をグチャグチャに破壊して、完全に『所有』したい。
「クルーガー。全軍を再編しなさい。目標は、日本が大陸沿岸に築いた資源採掘基地よ」
アルテアの瞳孔が、捕食者のように縦に細く収縮する。
彼女の唇には、艶やかで、酷く歪んだ笑みが浮かんでいた。
「私の国を脅かす害悪は、私の手で排除する。……ええ、これはあくまで『合理的な防衛戦争』よ」
大義名分(国益)という完璧な論理の皮を被りながら、その中身は「信長を壊したい」というドロドロの欲望だけで満たされている。
坂上信長という男の、最も残酷な『鏡像』がここに誕生した。
理不尽な神の誤解と、狂気に満ちた独裁者の執着が、日本の防衛線を血に染める時は、もう目の前まで迫っていた。




