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EP 13

武士道の墓標(DEAL)

 濃霧に包まれた太平洋上の「空白海域」。

 レーダーにも映らないステルス特務艦の薄暗い甲板に、粗末な木机とパイプ椅子が置かれていた。

 向かい合うのは、二人の大男。

 一人は、海自の迷彩服の上にラフなジャンパーを羽織り、ハイライトを咥えた出雲打撃群司令・坂上真一(50)。

 もう一人は、白銀の重装甲を纏い、背に巨大な大剣を背負ったレオンハート王国・第一騎士団長クルーガー(45)。

 机の上には、徳利と二つの猪口。

 そして、互いの愛読書である『五輪書』と『葉隠』が、まるで互いの魂の形を示すように置かれている。

「……のう、クルーガー殿。日本の『酒』の味はどうじゃ」

「悪くない。我が国の『竜殺しの麦酒』に比べれば水のように澄んでいるが……腹の底が、ひどく熱く焼ける」

 真一が注いだ純米大吟醸を、クルーガーは一息に飲み干した。

 本来なら、一国の海軍司令と、異世界最強の騎士団長が、護衛もつけずに顔を合わせるなどあり得ない。だが、彼らは「アルテア王女の身柄引き渡し」という表向きの交渉の裏で、互いの主君(国家)の目を盗んでこの場を設けていた。

「アンタの『葉隠』、読ませてもろうたで。『武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり』……ええ言葉じゃ。ワシらのような汚れ仕事の軍人には、心底沁みる」

「私からすれば、貴殿の『五輪書』こそ至高だ。万物に理を見出し、ただ勝利のみを追求する修羅の道。……坂上司令、貴殿とは戦場で刃を交えてみたかった」

 二人の歴戦の武人が、月明かりすらない霧の中で、深く共鳴し合う。

 そこには、国境や世界の違いを超えた、血の匂いを知る者同士の「絶対的な敬意」があった。

 だが。

 真一は二杯目の酒を注ぎながら、ハイライトの煙を低く吐き出した。

「……お互い、綺麗なままじゃあ国は守れんのう。クルーガー殿」

「いかにも。王女殿下は高潔に過ぎる。我々『大人』が、泥を被らねばならん」

 クルーガーは猪口を置き、鋭い獣の目で真一を見据えた。

 ここからが、この非公式会談の『本題』である。

「坂上司令。王国において、我が王女を『日本の捕虜』にしたという事実は、一部の急進派(若き獣人たち)の怒りを買っている。彼らは『野生の呼び声』に染まり、日本との徹底抗戦を叫ぶ、王国にとっての不穏分子だ」

「ほう」

「その数、およそ100名。……彼らを『行方不明』として処理し、極秘裏に日本へ引き渡そう。貴国で言うところの『生体サンプル』として、いかようにも解剖し、研究に使っていただきたい」

 自国の若者を、敵国の実験台として売り飛ばす。

 それは騎士団長としての誇りを完全に泥に捨てる、最悪の売国行為だった。クルーガーは、王国内の「反日派」を日本というゴミ箱に捨てて粛清すると同時に、日本に対して「異世界の生態データ」という強烈な恩を売ったのだ。

「……えげつない男じゃのう、アンタも」

 真一は低く笑い、胸ポケットから一枚のデータディスクを机に放り投げた。

「なら、ウチからの『返礼品』じゃ。自衛隊の備蓄から、製造番号シリアルを完全に削り落とした『無刻印のアサルトライフルと弾薬』三千丁分を、アンタの『私兵部隊』に横流ししてやる。……これで、アンタの部隊は王国で最強の軍閥になる」

 それは真一による、レオンハート王国への露骨な内政干渉だった。

 正規軍ではなく、クルーガー個人を武装強化させることで、無理やり「親日派の武装勢力」を他国の中に作り上げる。

「生体サンプル100名」と「非公式火器三千丁」。

 互いの国家を裏切る、最も汚く、最も冷徹な密約。

「……痛み入る。これで王国は、しばらく静かになるだろう」

「ああ。平和が一番じゃけぇな」

 二人は立ち上がり、ガッチリと固い握手を交わした。

 武士道の精神で結ばれた、国境を超えた友情。……表向きは、そう見える。

 だが、二人の脳裏に渦巻いていたのは、相手を地獄へ突き落とすための『どす黒い嘘』だった。

(……阿呆が。最新鋭の銃を、タダで渡すわけがなかろうが)

 真一は、目の前の騎士団長に向けて人当たりの良い笑みを浮かべながら、心の中で鼻で笑っていた。

 横流しする三千丁の銃にはすべて、早乙女蘭が開発した『遠隔電磁ロック(キルスラッシュ)』が組み込まれている。いざクルーガーが日本に牙を剥けば、蘭がエンターキーを叩くだけで、彼の私兵部隊は全員「重たい鉄の棒を持っただけの丸腰」に成り下がる。

(……愚かな。魔法を持たぬ脆弱な知性が、我々を「解剖」できるとでも?)

 一方のクルーガーもまた、厳格な武人の顔の下で、冷酷に嗤っていた。

 引き渡す100名の中には、ギアンから密かに受け取った『死寄生蟲デッド・リーチ』の微小な卵を脳内に植え付けられた【人間爆弾スリーパー】が数名紛れ込んでいる。日本の研究所が彼らの頭蓋骨を開いた瞬間、致死の蟲が日本の医学の心臓部を内側から喰い破る。

「では、坂上司令。王女殿下の引き渡し、よろしく頼む」

「おう。道中、気ぃつけて帰りんさい」

 握手を解き、二人は背中を向けて歩き出した。

 机の上に残された『五輪書』と『葉隠』。

 高潔な武士道のバイブルを、彼らは互いに「便利な交渉の道具メッキ」として利用し、心底見下していた。

 相手を完全に信用させた上で、致命的な毒を喉元まで飲ませ合う。それが、国家の重圧を背負う大人たちによる「真の武士道」の形だった。

 深い霧の中、二つの狂気は静かに別れ、やがて来る破滅の時効タイマーのスイッチが、誰にも知られずに起動した。

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