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15 読解


 異変に気付いたのは、あの若者が彼の前に現れなくなって、どのくらいが経ってからだったろう?

 成人して間もなくであれば、身体の衰えに早々気を配ることもない――下手をすれば十年近く知らぬまま過ごしていてもおかしくなかったかもしれない。違和感を覚えたのは、まがりなにも日常生活において、些細な怪我さえしないことはないおかげだった。

 傷の治りが、驚異的に早い。

 どこかにぶつけた、どこかでひっかけた……翌日どころか、その日のうちに打ち身も裂き傷も綺麗に消えてしまうようになった。

 身体は一般的に機能しているように感じるが、空腹も眠気も意識しなければ覚えることはなくなっていた。もちろん、疲労も。


 自身の寿命と引き換え(・・・・・・・)に、罪深い母を終わらせてくれと頼んだはずだ……。


 母の命の対価に差し出して、なお残るものがあったのだろうか……ならば残り少なかろう命を静かに過ごし終えようと心に決めていたのだが。

「あの人は、俺に……なにを……」

 誰もいない屋敷に、もちろん答えられる者などいなかった。

 結局、彼の孤独は続くばかりだった。


「夢を壊すようだけど、幽霊屋敷ではないよ」

 手入れが行き届かなくて荒れているけど……門扉の前にぽつりと立ち尽くす少年はしばらく立ち去りそうになく、諦めて声をかける。それぞれが敷地の広い住宅街とは言え、昼間のひとの活動の気配が煩わしく、夜に出歩くようになっていた。つまりは、十歳前後と見受けられる子供が、道端にひとりで立っていていい時間ではない。すぐに帰って行くようなら忘れてしまおうと思っていたので、親切心ばかりとも言えず――好奇心で侵入されてでもすれば面倒くさいだろうとの懸念もあった。

「お兄さんは、この家のひと?」

 声変わりなどまだ知らない、澄んだ愛らしい声だった。夜目に浮かび上がるように眩しい気がするのは、着ているシャツの白さばかりではなく、少年がとても色白であるせいだろう。発育途中の薄い体躯に華奢な手足、小作りでまだ男女の分岐を迎えていない愛らしく整った(かんばせ)は、子供の頃に読んだ『白雪姫』の描写を思い起こさせた。

「そうだよ。まだ住んでいるから、勝手に入ったりしないように」

 早く帰りなさい……場所によっては送ってやる必要があろうか、思案しながら促そうとする彼を――じゃあ……少年は順接で遮った。


「じゃあ……お兄さんが、彼女の妹の息子なんだ」


 覚えず視線を戻して見つめやる――真っ直ぐに見つめ返してくる、長い睫毛に縁どられた瞳は黒々と深く、光と熱を欠いていた。

「彼女より強欲な、彼女の妹の魂を一度見てみたかったんだけど」

 大遅刻だった……言葉尻に笑みを刷く少年は、でも……と今度は逆接を紡ぐ。

「かわりに、お兄さんに会えたからいいや」

「俺に……?」


「お兄さん、あいつ(・・・)寿命(・・)引き換えた(・・・・・)んでしょ?」


 少年の言う『あいつ』は、あの若者のことであるに違いなく――同時に、この少年もまたあの若者と同じ存在であると理解した。

「君たちは……あの人(・・・)は、どういう……?」

 決してもはや恐怖ではないが、ぞわり…うなじ辺りが毛羽立つ感触に押され発した疑問符は、しかし、差し出された白い指先でもって再び遮られた。

「知りたいなら、あいつを捕まえればいいよ」

 少年の表情から笑みが消える。声色はかわらず、愉悦にあふれていたけれども。


「制限時間は、お兄さんが持ってた寿命のぶんだけ……」


 見つかるといいね……言い残し、跳ねるような足取りで少年は歩み去る。


 まだ、深い夜――彼は、ひとり残された。



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