荷造り
あの月夜の告白と、屋上での最初で最後の決闘から、数日後。
ついに、住み慣れたパトリアの寮を出る「旅立ちの日」がやってきた。
お世話になったパトリアの仲間たちには、一人一人しっかりと別れの挨拶をして回った。迎えの馬が来るのは午後。それまでに出発の準備を整えなければならない。
――それなのに。
「う、嘘……。全然、荷造りが終わらないっ……!」
ベッドの上で、セイは頭を抱えて途方に暮れていた。
フリートさんから貰った大切なペンダントは、すでにしっかりと首に身につけているからいい。問題は、他の仲間たちから贈られた『餞別』の山だ。
ミーナさんからは「外の世界は物入りだから」と仕立てのいい何着もの服と、大量の保存食。
ヴァンさんからは「護身用に持っておけ」と、物騒な飛び道具の数々。
命を救った草爺からは「身体に良いから毎日煎じて飲め」と、見たこともない謎の薬草の詰め合わせ。
さらに、他のパトリアのモリテたちからも、それぞれ「これを持っていけ」「あれも役に立つ」と、なんだかよく分からない細々としたものを大量に手渡されたのだ。
みんなの愛が、物理的に重すぎる。
どうにか大きな革カバンに詰め込もうと、上に乗って体重をかけてみたりもしたが、当然のようにチャックすら閉まらない。
(……もう、いくつかこっそり置いていっちゃおうかな)
本気でそんな不届きな考えが頭をよぎった、そのときだった。
コンコン、と部屋のドアを遠慮がちにノックする音が響いた。
「フリートだ。入っていいか?」
「あ、はい! 大丈夫ですよ、どうぞ!」
ガチャリとドアが開き、フリートが部屋に入ってくる。――が、彼は一歩足を踏み入れた瞬間、部屋中に溢れかえっている荷物の山を見て、絶句した後に吹き出した。
「ぶっ、ハハハッ! なんだよセイ、荷造りはもうとっくに終わったんじゃなかったのか?」
楽しそうに肩を揺らして笑うフリートに、セイは頬を膨らませて抗議する。
「ちょっと、そんなに笑わないでくださいよ! 日を追うごとに、みんなが代わる代わる何かしら渡してくる私の身にもなってください! 絶対にカバンに入りきらないんです。もう時間がないのに……!」
涙目で本気でパニックになっているセイを見て、フリートはフッと目元を和らげると、宥めるように彼女の頭をポンと叩いた。
「落ち着け、セイ。……俺はいつだったか、お前に言ったはずだぞ。お前の家は、いつだってここ(パトリア)にある。どこへ行こうが、お前は俺たちの家族だ。……だから、少しくらい荷物をここに置いていったって、誰も文句は言やしないさ。向こうで本当に必要になったものがあれば、その都度俺が責任を持って送ってやるから」
「本当ですか……?」
「ああ。……まぁ、少しなら、な?」
そう言いつつも、フリートは再び部屋中にひしめき合っている餞別の品々に視線を巡らせた。服、干し肉、ナイフ、謎の乾燥薬草、奇妙な魔石……。
あまりの物量に、パトリア最強の男が、今度ははっきりと大きなため息をついた。
「……なぁ、セイ。いっそのこと、お前がいない間、この部屋を丸ごと『物置』にしちまうか?」
「はい!?」
隊長らしからぬ突拍子もない提案に、セイは思わず破顔して笑ってしまった。
「いえ、だったら普通に全部倉庫に入れてもらった方がいいです! 私の部屋が物置になるのは、ちょっと悲しいので……」
「違いないな。じゃあ、入りきらない分は後で俺がまとめて倉庫に運んでおいてやる。……よし、本当に必要な、思い入れのある物だけを選び出せ。そいつからカバンに詰めていくぞ」
「はい、ありがとうございます!」
そう言って、フリートは大きな手で手際よく荷物の整理を手伝い始めてくれた。
ぶっきらぼうだけど、どこまでも優しいフリートさんの手助けのおかげで、どうにか午後の出発には間に合いそうだ。
カバンが閉まった瞬間、セイの胸に、いよいよここを発つんだという本物の高揚感と、少しの寂しさが押し寄せてきた。




