『ウンディーネさんとダークエルフさん ①』
ベリアさんは、うつ伏せの状態で倒れていました。
そこから少し離れた場所にダークエルフさんが、わたしたちに背を向けて立っています。
右手に短剣を握り締めながら。
その短剣の先端から、ベリアさんと思われる血液が滴り落ちていたのです。
「ベリアさんっ!!」
「姐御っ!!」
ほぼ同時に叫ぶ、わたしとリアットさん。
この声に反応したのか、ベリアさんの右手か微かに動きました。
良かった。
手遅れには、なっていないようですね。
それがわかっただけでも、ホッとした気持ちになります。
でも油断は禁物。
声に反応したのは、ダークエルフさんも同じですから。
ダークエルフさんは、ゆっくりとこちらに振り返ります。
不機嫌そうな態度を取りながら。
「なんだいキミたちは? 今、実験の最中だから邪魔をしないでくれるかな??」
「実験って……姐御に何をしたんすかっ!!」
怒声を上げる、リアットさん。
そんなリアットさんに対し、ダークエルフさんは興味なさそうに深いため息を吐きました。
「ハア……誰かと思ったら、クズ奴隷のお友達じゃないか。キミも実験に参加するかい? 今度の毒は凄いよ。魔術刻印と同様に、魂に刻み込まれるからね。ボクでも解毒できないや。困ったなー」
困ってると言っている割には、口元が緩んでいるように見えます。
どこまでも嫌味なダークエルフさんですね。
それはどうでも良いですが、魂に刻まれる毒みたいなことを言ってましたっけ?
その程度なら……。
「解毒できそうですね」
おっと、いけない。
思わず声に出してしまいました。
この一言が気に障ったのか、ダークエルフさんは、わたしの方に首を動かします。
「誰だよオマエは?」
「わたしですか? わたしは、ベリアさんの主さんですよ」
「主だって? そんな見え透いた嘘を吐くなよ。このクズ奴隷の今の主は水の大精霊……ウンディーネだって事は、調べがついてるんだからな??」
調べがついてる?
あー、ベリアさんのうなじにある、隷属の刻印を見たということですか。
そう言えば、このダークエルフさんもルーン文字が読めるんでしたよね。
でも残念。
そちらのウンディーネさんではありません。
だからと言って、その説明をするつもりはありませんけどね。
今はなによりも、ベリアさんの治療が先決ですから。
そう思い、回復魔法を発動しようとしたのですが……。
「そんな事よりも、オマエが乗ってるフェンリスヴォルフを寄越しなよ。ソイツで実験した方が良い結果が得られそうだ」
ダークエルフさんは、とんでもない要求をしてきたのです。
シュヴァルツさんを毒の実験に使う?
過去に一度、ダークエルフさんが作った毒で苦しい思いをしたのに?!
腹立たしいですね。
本気で怒りますよ?
なので、答えはもちろん……。
「お断りします」
「ハア? 人族のくせに、何言ってんの?? もう良いや。オマエも一緒に実験してやるよっ!!」
そう言うと、ダークエルフさんはローブの袖から、短剣を数本取り出しました。
その全ての短剣を、こちらに向かって投げ放ったのです。
さっきの口ぶりだと、この短剣には毒が仕込まれているんでしょうね。
ならば、ここは安全に……。
「ウォーターフォール!」
目の前に現れる、縦に高速回転するお水の壁。
短剣は、お水の壁に触れると同時に、地面に叩きつけられました。
バブルドームでも良いかなあ……とか思ったんですけどね。
横回転だと、どこに飛んで行くのか予想できないので、ウォーターフォールにしたワケです。
なにかの間違いで、ベリアさんのところに飛んで行っても困りますし。
さて、次の攻撃はなさそうなので魔法を解いておきます。
すると、驚くダークエルフさんの姿が見えました。
「オマエ……『魔力持ち』なのか? 人族のくせに、人族のくせにーーーっ!!」
その口調は驚きから、憎しみへと変わっていきます。
どうやら、魔法を使えることが気に入らないみたいですね。
ところが、その憎しみの感情は、わたしではなく、ベリアさんに向けられました。
「このクズ奴隷が、どうなっても良いのか? フェンリスヴォルフを寄越すなら許してやるっ!」
ダークエルフさんはローブの袖から新たな短剣を取り出し、わたしを脅します。
そのローブに一体何本の短剣を隠し持っているんだか……。
呆れるよりも、不思議に思ったりしてました。
それに、どうしてシュヴァルツさんにこだわるのでしょうか?
なんだか執念みたいなものを感じます。
「まだ言いますか……どうなるもなにも、あなたでは解毒できないんですよね? その状況で、ベリアさんが人質になると思ってるんですか??」
「げ、解毒なら……出来るぞ」
「嘘ですね」
ダークエルフさんは、ものすごく動揺してますから。
その証拠に挙動が怪しいです。
「もう良いですか? ベリアさんを治療したいので、そこから離れてください」
「うるさい、うるさい、うるさーい! だったら今すぐ、ここで殺してやるよっ!!」
短剣を持つ手が、高く掲げられました。
そのまま振り下ろすつもりですね。
でも、そうはさせません。
わたしはベリアさんを守るように……。
「バブルドーム! からの、フルスピン!!」
最強の防御魔法を発動します。
予想した通り、ダークエルフさんは短剣を振り下ろしました。
しかも全体重を乗せるために、ダイブするように飛び掛かったのです。
ところが、目の前にあるのは泡状に見えるお水の塊。
「な、なんだよこの魔法はーっ!!」
叫んだところで、勢いは止められません。
その結果、バブルドームに触れたダークエルフさんの体は、ものすごい速さで真横に吹き飛ばされたのです。
「うわああぁぁああーーーっ!!」
悲鳴を上げながら、大きな岩に激突。
ダークエルフさんは意識を失っていました。
これは痛そうですね。
でも、治療はしばらくしてあげません。
ベリアさんを傷つけ、シュヴァルツさんを毒牙にかけようとした罰です。
「わたしの大切な人たちに手を出したらどうなるか、思い知ってくださいね……フフフ」
ふと隣を見ると、なぜかリアットさんが震えていました。




