『ウンディーネさんとお仕事を失った元軍人さん』
ラドブルクの神殿をあとにし、わたしたちは中心街に向かって、大通りを歩いていました。
ギルド会館に差し掛かった時、見覚えのある馬車が目に飛び込みます。
そう……わたしがアルファルムンで購入した馬車です。
でもなんで、こんなところに停まっているんでしょうね?
不思議に思いつつ、馬車に近づきました。
すると、馬車の裏から怒声が聞こえて来たのです。
それも聞き覚えのある女性の声が。
「貴様! 何故、此処に居るっ!! 牢から抜け出して来たのかっ?!」
声の主はグリエムさんでした。
となると、怒鳴られている相手は……。
「一度は脱獄したわよ~。でもまた捕まっちゃったのよね~」
やっぱり、ベリアさんでしたか。
しかもこの口調。
グリエムさんが怒るのも、わかるような気がします。
まあ、理由はそれだけじゃないと思いますが……。
「何っ? ならば凝りもせず、再び抜け出したと言うのか?? この悪党めっ!!」
「そんなコトしないわよ~。今のアタイらは、真っ当な主サマの奴隷だしね~。ハンター家業からはキレイサッパリ、足を洗ったわ~」
「真っ当な主だと? ふざけるなっ! 貴様ら全員を奴隷にしている時点で異常ではないかっ!!」
グリエムさんの怒声が、さらに大きくなりました。
それと同時に、ベリアさんがグリエムさんから視線を逸らします。
そして、その視線はわたしに向けられたのです。
「……って、元軍人のお姉さんは言ってるけど~。主サマは、どう思う~?」
「あはは……異常なんですかね」
頬をポリポリと掻き、苦笑いを浮かべながら答えます。
するとグリエムさんがこちらに振り返り、今度は驚きの声を上げました。
「ディーネ殿っ?! まさか、こ奴が言っている主と言うのは……」
「あ……はい。わたしのことです」
「し、信じられん。理由を……理由を聞かせて貰えないだろうか?」
動揺する、グリエムさん。
まあ、そうなりますよねぇ。
グリエムさんからすれば、ベリアさんたちはヴィルアムさんを死に追い込んだ憎むべき相手。
一方わたしは、ヴィルアムさんを死から救い出した恩人のような存在。
それが主さんと奴隷さんと言う関係になっているんですから、混乱するのは当然のことかと思います。
なので、ここはしっかり説明しなくてはいけません。
わたしはグリエムさんを見据え、ゆっくり頷きました。
「もちろんです」
そして、わたしはグリエムさんに、ことの経緯をお話しします。
かくかくしかじか……。
「……と、言うわけです」
「ふむ……こ奴らは、そもそも奴隷だったのか。奴隷ならば命令に逆らうことなどできないな。いや、だからと言って貴様らを許すことはできぬ……が、理解はした」
「アタイらも許して貰えるとは思ってないさね。ただ……アンタら姉妹には悪いコトをしちまったからね。詫びさせておくれ……本当に済まなかったよ」
そう言うと、ベリアさんは深く頭を下げました。
それに続くように、他の奴隷さんたちも次々に頭を下げたのです。
『ごめんなさい』とか『すいません』とか、謝罪の言葉は様々でしたけどね。
奴隷さんたちは心から反省していました。
その気持ちが届いたのでしょうか。
グリエムさんから怒りの感情が消えていました。
「こう素直に謝られたら、怒鳴り散らしてる私が馬鹿みたいではないか。貴様らの気持ちは解ったから、頭を上げてくれ。まったく……もう二度と人を騙すようなことはするんじゃないぞっ!」
「ああ……約束するさね」
これで和解成立。
……と言うわけにはいきませんが、少しだけ良い関係になれたと思います。
それはそうと……。
「なんで、こんなところに馬車が停まっているんですか?」
「アタイらを護衛している冒険者どもが、ギルドに用があるとか言ってね。ここで待たされてたら……」
「グリエムさんと遭遇したと言うわけですか」
「そんなところさね」
なるほど、そう言うわけですか。
グリエムさんのほうは……聞くまでもありませんね。
冒険者さんがギルドにいるのは、当たり前のことですから。
そのグリエムさんですが、なにか言いたそうにこちらを見ています。
「グリエムさん? どうかしましたか??」
「いやなに……ディーネ殿は、こんなに大勢の奴隷を雇って大丈夫なのかと思ってな」
「大丈夫と言いますと?」
「これだけ大所帯となると、住む場所など大変ではないか?」
「そうですねぇ……」
特に問題ないですよ。
そう答えようとしたのですが、わたしよりも先にベリアさんの口が開きました。
「アタイらのコトなら気にしなくても良いさね。寝泊まりなら、この馬車で十分できるってもんさ」
ベリアさんは笑って言いますが、わたしは全力で否定します。
「いやいや、ベリアさんたちのお家なら用意してありますからね。ひとり一部屋あるので、馬車で寝ないでください」
「ひとり一部屋だって? お嬢ちゃん、それは本当なのかい??」
「本当ですよ。以前、衛兵さんの宿舎だった建物を買い取って、修理して貰ったんです。1階にはキッチン付きの食堂とお風呂があります。2階と3階は、お部屋が10部屋ずつあるので選び放題ですよ」
「それは凄いっ!!」
今答えたのは、ベリアさんではありません。
グリエムさんです。
そしてグリエムさんは、そのまま言葉を続けました。
とても興奮した状態で。
「ディーネ殿! 私とヴィルアムも、その宿舎に住まわせて貰えないだろうか?」
「……え? なにか、あったんですか??」
「恥ずかしい話なんだが……最近、受けられるクエストが減ってしまってな。宿代が払えず、ギルドの仮眠室に寝泊まりさせて貰っているのだ」
仮眠室?
あー、このギルド会館には、そんな施設がありましたね。
ドーラさんと一緒に泊まった時のことを思い出しました。
「そうだったんですか。でも、デンジャラスボアさんとか狩ってたんですよね? そちらのお仕事は、やらなくても良いんですか??」
「そのクエストなんだが、麦の収穫が終わってしまってな……今は受け付けていないのだ。蛇山で狩ると言う選択もあるが……ヴィルアムが怖がるから、クエストを受けられずにいる。だから、頼むっ! 私とヴィルアムをディーネ殿の宿舎に住まわせて欲しいのだ。仕事なら何でもする!!」
言い終えると同時に、グリエムさんは拝むように掌を合わせて頭を下げます。
グリエムさん、またお仕事を失ってしまったんですね……。
あとヴィルアムさんが蛇山を怖がるのは、仕方のないことだと思います。
バシリスクさんに石化させられ、一度は命を落としたのですから。
できることなら、グリエムさんのお願いを叶えたいところ。
そこで、ベリアさんに視線を向けました。
「あの~、ベリアさん。グリエムさんがこう言っているのですが……グリエムさんとヴィルアムさんさんが一緒に生活しても大丈夫ですか? 問題があるなら言ってください」
「なんで、アタイに聞くかね。お嬢ちゃんはアタイらの主サマなんだから、命令すれば済むコトさね」
「そう言うわけには、いきません。ベリアさんたちには『無理をせず、自由に生きて欲しい』と言ったんですから」
「あの言葉は本気だったのかい。なら、アタイの答えは『問題ないよ』の一択さね。お前たちも、それで良いかい?」
ベリアさんが、そう訊ねると、奴隷さんたちは一斉に、うんうんと頷いたのです。
「皆さん、ありがとうございます……と、言うわけでOKですよ!」
この言葉を聞いて、グリエムさんの表情が、パアっと明るくなりました。
「ディーネ殿。それと、ベリアと言ったか、其方らにも感謝する!」
こうして、ベリアさんたちに続き、グリエムさんとヴィルアムさんがイールフォリオの新たな住人になったのです。




