『ウンディーネさんと念話のスキル』
シレーヌさんが目を覚ましてから1時間ほど経ちました。
島に降りたわたしたちは、シレーヌさんを含め、セイレーンさんたちから盛大な歓迎と感謝の言葉を受けます。
ですがクラーケンさんだけは、わたしに近寄りもせず、そわそわしている様子。
そこでわたしはシレーヌさんに訊ねたのです。
「あの~、クラーケンさんって、人見知りさんなんですか?」
「ソンナ事ハ無イガ、何故ソウ思ウノダ?」
「なんだか避けられているような気がするので……」
「アア、ソレハダナ。奴ガ以前、ディーネ殿ノ魔法デ痛イ目ニ遭ッタカラダ」
「痛い目? あ……エンシェントワールドでの出来事ですか?? クラーケンさんも、あのことを覚えているんですね」
あのこととはバブルドームの渦に飲み込まれたことだと思われます。
まさかトラウマになっていたとは……。
さすがに申し訳ない気持ちになりますね。
苦笑するわたしに対し、シレーヌさんはやや厳しい表情を浮かべます。
「無論ダ。奴モ創造神ニ分体ヲ用意サレテイタカラナ……」
そう言いながら、シレーヌさんはわたしからクラーケンさんに視線を向けました。
そして深く息を吸ってから、言葉を続けたのです。
「オイ! クレーク!! 命ノ恩人ニ礼ヲ尽クサヌトハ、ドウ言ウツモリカ?? 王トシテノ立チ振ル舞イデハ無イゾ」
クラーケンさんはクレークさんと言うお名前なんですね。
しかも今、王様と言いませんでしたか?
これにはちょっと驚きました。
そのクレークさんですが、シレーヌさんに叱られたからか、しょんぼりしながらこちらにやって来ます。
ここでわたしを見つめて……。
「キュイキューイ」
……と鳴いたのです。
見た目とは裏腹に、とても可愛らしい声ではありませんか。
しゅんとしているので、さらにキュートさが増しています。
そんなことを思っているわたしに、シレーヌさんが視線を戻して言いました。
「謝罪ト感謝ノ言葉ヲ述ベテイル。コレデ許シテクレヌカ?」
「許すもなにもないですよ。そもそも、わたしは気にしていませんから……と言いますか、クラーケンさんの言葉がわかるんですか?」
「ウム。我ニハ『翻訳念話』ト言ウ、スキルガアッテダナ。異ナル種族ノ言葉ヲ聞イタトシテモ、頭ノ中デ我ノ知ル言葉ニ置キ換エラレルノダ」
ほう、種族を問わず自動で翻訳できるテレパシーってことですか。
このスキルがあるから、お互いにお名前をつけられたんでしょうね。
それにしても……。
「便利なスキルですね。ちなみに、どんな種族のかたとでも、お話しできるんですか?」
「知力ノ低イ者ガ相手ダト、言葉ニナラヌ事ガ多イナ。最低デモ、神獣レベルノ知力ガ欲シイ所ダ」
神獣さんレベルの知力ときましたか。
それってかなり限定されますよね。
代表的なところで言うならフェンリルさんでしょうか?
…………ん?? フェンリルさんっ?!
「も、もしかして……シュヴァルツさんの言葉も、わかったりしますか?」
「無論、解ッテオルゾ。シュヴァルツ殿ハ、神獣ノ中デモ高位ノ存在ダカラナ。ディーネ殿ガ他ノ者ト話シテイル間、我ノ話シ相手ニナッテ頂イタ」
「え? そうなんですか?!」
返事をしながら、わたしはシュヴァルツさんに視線を移します。
するとシュヴァルツさんは肯定するように首を縦に振りました。
「わおん」
「へえ、何をお話しされたんですか?」
何気なく訊ねてみたのですが、シュヴァルツさんは困った表情を浮かべたのです。
それを見ていたシレーヌさんが、口元に人差し指を立てながら言葉を返しました。
まるでシュヴァルツさんの気持ちを代弁するように。
「ソレハ内緒ダ。ナア、シュヴァルツ殿」
「わおん!」
シュヴァルツさんとシレーヌさんはお互いに顔を見合わせて小さく頷きます。
「うう、家族なのに言えないことがあるだなんて……」
わたしはガックリと肩を落としました。
そんなわたしの元に、フウカさんが飛んできます。
「家族デモ言エナイ事ガアルノデスヨ。デモ、シュヴァルツ様ハ何時モ、ディーネ様ノ事ヲ思ッテイルノデス」
「そうですか? ちょっと自信が持てません……」
「本当デス! ダッテ、シュヴァルツ様ハ、ディーネ様ガ寝タ後……『ゴ主人様、大好キ♪』ト言ッテイルクライデスヨ?」
だ……大好きですって?!
その言葉を聞いて、一気に顔が赤くなりました。
シュヴァルツさんも恥ずかしさのあまり地面に顔を埋めます。
フウカさんのお話は本当のようですね。
とっても嬉しいです♪
でも、だからこそ気づいてしまったことがありました。
「フウカさん……あなたもシュヴァルツさんの言葉がわかるんですね」
ジト目でフウカさんを見つめると……。
「ヒィッ!」
……と顔を青くしながら、小さな悲鳴を上げたのです。
そして『ゴメンナサイデス』と何回も頭を下げられました。
「別に怒ってなんていませんよ。まあ、ちょっとショックでしたけど……ところで、フウカさんも翻訳念話のスキルをお持ちなんですか?」
「ハイデス。翻訳念話ハ、精霊族ナラ誰デモ持ッテイル、スキルナノデス」
「誰でも? あー、セイレーンさんも精霊族に属しているから、スキルを所持していると言うわけですか」
「ウム、ソウ言ウ事ダ」
「ちなみに翻訳念話のスキルって、後から身につけられたりしますか? わたしのような人族でも」
「ソンナ話ハ聞イタ事ガ無イナ」
残念……。
シュヴァルツさんとお話しできると思ったのに。
ですがシレーヌさんは、すぐさま首を横に振りました。
「イヤ……可能性ナラ有ルカモ知レヌナ。ダガ、カナリ難シイト思ウゾ?」
難しくても構いません。
シュヴァルツさんのお話しできる可能性があるのなら。
「シレーヌさん、それはどう言った方法ですか?」
「海ノ女神、エーリィル様カラ加護ヲ授カレバ、翻訳念話ノスキルヲ身ニ付ケラレルヤモ知レヌ。エーリィル様ハ海ニ暮ラス者ノミナラズ、コノ地ニ住ム全テノ者ト、会話デキルト聞クカラナ。タダ……居場所ガ判ラヌノダ。役ニ立テラレズ申シ訳ナイ」
エーリィル様とは、これまた懐かしいお名前が出てきましたね。
とあるクエストで何度かお会いしたことがあります。
そのエーリィル様が、どこにいるのかわからないから、難しいと言ったのでしょうか?
それなら問題ありません。
居場所については、おおよその見当がついていますので。
なのでわたしは満面の笑みを浮かべながら、シレーヌさんに深く頭を下げました。
「いえいえ、それだけわかれば十分ですよ。ありがとうございます」
さて、明日にでもエーリィル様に会いに行くとしますか。
アルファルムンの港からなら、1日もあれば往復できるはずです。
そんな計画を立てていたわけですが、それは随分と先のお話になるのでした。
なぜならこの後、とても厄介な出来事に巻き込まれることになるからです……。