白状
式場の扉を開け、彼女の姿を探す。右に、右原さとみ。いやふざけてる場合じゃない。
俺「さとみさん待って!」
さとみ「追いかけてこないで!」
ウエディングドレス姿の右原さとみが新婦の控え室へと走っていく。追いかける俺。追いつかない俺。
俺「速くない!?」
さとみ「東京オリンピックの聖火ランナーに選ばれてからちゃんと走ってるの!」
俺「ウエディングドレスだよ!?」
さとみ「前にドラマでドレス姿で走ったことあるからコツは掴んでるの!」
これが女優右原さとみなのか。対してこちらは生前は運動と一切縁のないオタク、生まれ変わっても一日中デスクワーク。
さとみが控え室の扉に手をかける。鍵を閉められたら終わりだ。さとみが中に入り、扉を閉めようと……俺は最後の力を振り絞って扉へと……
俺「いってぇ!!」
なんとかして右腕を扉に挟んだ。
さとみ「あっ、ごめんなさい!」
反射的に扉を開けるさとみ。優しい。その優しさの隙に部屋に入り込む。
俺「何とか締め出されずに済んだ……いてて……」
さとみ「ご、ごめんなさい……」
俺「いや別に怪我とかはしてないから大丈夫……それより……話を聞いてくれませんか」
返事は帰ってこない。
俺「さとみさん」
さとみ「やっぱり、『さとみさん』って私のこと芸能人としか思ってないんでしょ。本当は好きじゃないんでしょ。だから今になって結婚出来ないって……」
俺「違う、2週間前言った通りです。俺はあなたの顔と声が大好きだ、だから何が起きてもあなたのことを……」
さとみ「顔と声って結局そういうことじゃない! 結局女優としての私しか」
俺「そうじゃなくて!」
…………いや。
俺「いや、その通りだ。俺は……女優としてのあなたしか知らない」
さとみ「やっぱり……」
彼女の目から涙がこぼれる。
もう洗いざらい白状するしかない。これ以上、偽物が彼女の幸せを守ることは出来ない。
俺「俺は……片繁さんじゃないんです。信じてもらえないかもしれないけど……いや、信じてもらわなきゃ。俺は片繁に乗り移った全く別の男です。この2週間、あなたを騙していました」
さとみ「え……?」
俺「2週間前……あなたが結婚の発表をした日のニュースを覚えていませんか? 名古屋で起きたトラック事故のニュース」
さとみ「2週間前……あ、確かマスコミに送る文章を考えている時に」
俺「俺は、その時に死んだ大学生……福崎ソウです」
さとみ「いや、そんなこと信じられるわけ……」
信じてもらうしかない。
俺「20歳、名古屋のとある大学の工学部生。実家は九州で、大学から1駅のところで一人暮らしをしている。これと言ってハマっている趣味はないが、暇な時はドラマやアニメを見ている」
さとみ「それが……福崎ソウ君?」
俺「はい。あ、ほら、これが福崎ソウのTwitter。俺はパスワードを知ってるからログイン出来る」
さとみ「ホントだ……」
流石に死人が呟いたらフォロワーに死人が出るだろうからツイートはしてないが、生前の知り合いの近況は確認していた。
俺「俺右原さとみさんのファンだったんですよ? ほら、8月にアンナチュラル見たってツイートしてる。それでめちゃめちゃ美人だなーって思ったんですけど、アンサングシンデレラ録画してなかったからめっちゃ後悔してたんですよね」
全部本当のことだ。全部、俺のこと。もう嘘はつかない。
さとみ「本当に……ハジメさんじゃなくて、福崎ソウ君なの……?」
俺「はい。どうしてかは分からないけど、俺は死んだ後にあなたの夫の身体に乗り移りました。あなたの夫……片繁さんの魂が今どうなっているのかは分かりません。いつか戻ってくるのか、それとも戻ってこないのか……」
さとみ「どうして私の夫のフリなんて……」
俺「俺は右原さとみさんのファンだから……さとみさんに不幸になってほしくなかった。突然愛する人がいなくなるなんて、そんな不幸を味わってほしくなかった。俺がさとみさんの夫を演じられるなんておこがましい話ですけど、どんな手を使ってでもあなたに何も知らずに幸せでいてほしかったんです」
さとみ「だから2週間前、『俺の顔と声は好きですか、別人みたいになっても愛してくれますか』なんて聞いてきたの?」
俺「はい。俺に残された片繁 一の部分は、顔と声だけだったから……」
さとみ「ずっとキスをしなかったのは……」
俺「それは……なんかいくらなんでも……その……」
彼女が笑う。
さとみ「大好きな女優とキスするチャンスだったのに」
俺「いや、まさかそんなこと」
顔が熱くなる。
さとみ「めちゃめちゃ顔赤いよ」
俺「いや、あはは……」
笑ってくれている。俺のことを許してくれたのか? ……いや、許してもらうには俺はまだ大切なことをしていない。
深々と、頭を下げる。
俺「すみませんでした。俺は片繁さんの身体を奪い、2週間あなたを騙し続けた。結婚式も台無しにした。本当に……すみませんでした」
床を見つめる。
さとみ「偽物に気付けなかったんだから私も奥さん失格、私もハジメさんに謝らなきゃ。それに……確かに私はこの2週間、何も知らずに幸せだったよ。それはあなたのおかげ」
俺「さとみさん……」
顔を上げ、彼女の顔を見る。優しい笑顔で俺を見つめてくれている。
さとみ「私の夫の身体を守ってくれて……ありがとう」




