結婚式
ついにこの日が来た、結婚式だ。花嫁の控え室の前に立つ。いわゆるファーストルックというやつらしい。BPMがやばい。さとみの、ウエディングドレス姿。
俺「入るよ」
扉を開ける。
部屋の中に、純白のドレスに身を包むさとみがいる。確かにそこにいる。
俺「……女神だ」
さとみ「大げさだよ」
流石にさとみも緊張していたようだったが、笑ってくれた。俺は本心で言ったんだけれど。本当に幸せだ。
さとみ「でも、よかった……やっぱり最初はあなただけに見てもらいたかったから。ハジメさんだけに」
…………ハジメ。
あぁ、一瞬誰のことか分からなかった。俺か。片繁ハジメ。一と書いてハジメ。
違う。俺は、片繁 一じゃない。この姿を最初に見るのは、
さとみ「……どうかした? 緊張してる?」
俺「あ、いや……」
何を話したらいいのか分からない。
俺「取り敢えず控え室に戻るよ。また」
さとみ「うん。また」
逃げるようにその場を去った。
結婚式が始まった。花嫁の入場。ベールに顔を隠した右原さとみが俺のいるところへ歩いてくる。
誓いの言葉。牧師から新郎、ハジメという言葉が俺に向けられる。あなたは國子を妻とし。その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか。
誓うのは俺じゃない。でも今は言うしかない。演じるんだ、新郎を。
俺「誓います」
新婦、國子。あなたはハジメを夫とし。その命ある限り……真心を……隣にいるこの俺に……偽物に誓おうとしている……
さとみ「誓います」
夫を、演じるんだ。俺は……
指輪を交換する。何も気にする必要はない。昨日まで着けていた指輪をさとみにつけてもらうだけだ。でも……でも。一生に一度しかない思い出を、俺は片繁から奪っている。違う、さとみからも奪っている。汚している。
ベールを上げる。彼女の顔を最初に見るのは。彼女と唇を重ねるのは。
俺「俺じゃない」
さとみ「え……?」
俺じゃない。片繁だ。俺は片繁じゃない。ここに立っていい人間ではない。彼女のウエディングドレス姿を見ていい人間ではない。彼女が誓う相手ではない。指輪を交換する相手ではない。
さとみ「誓いのキスの時間だよ」
俺「出来ない」
場が凍り付く。
俺「キスは出来ない」
さとみ「出来ないって……私てっきり、あなたがこの2週間キスをしてくれなかったのはこの日を大切にしたいからだと思って」
俺「違う。俺はあなたとはキスは出来ない。これまでも、今も、しちゃいけない。だって俺は……」
左頬がいたい。殴られた。俺の親父に……いや、片繁の父親に。そりゃそうだ。自分の息子が結婚式にこんなことを言い出したら誰だって殴る。
俺「右原さとみさん、話を聞い……」
彼女が出口の方へ駆け出す。泣いていた。涙を流していた。
誰も彼女を止めない。式場から出て行ってしまった。
俺「追いかけなきゃ」
今すぐに追いかけなきゃ。どう説明したらいいか分からないけど、一刻も早く追いかけるんだ。
夫ではないけど……俺が。




