第七十四話『二人きりの決着』
「それでは! モニカちゃんの親衛隊長就任を祝って!」
「「「かんぱ~い!」」」
モニカとクララが城の中に入ると、ニーナたちが就任祝いパーティの準備をしてくれていた。料理はもちろんニーナの担当で、飾りつけや段取りなどは他の仲間たちがしてくれていた。
「みんな、ありがとう」
仲間たちの中心に座って、モニカは照れながらコップを握っていた。城に入ってからニーナたちの部屋につくまでも、色々な人からお祝いの言葉をもらった。それは、さっき正式採用を知らされたクララも同じだ。他の仲間たちも、発表されてから今までお祝いの言葉や花をもらって大変だったらしい。
「さあ今日は盛り上がるよ~! 何しろ私たちの就任パーティも兼ねてるんだからね~! おめでとう私!」
ニーナはそう言ってグラスに注いだ酒を飲み干す。
「ニーナ! 最初から飛ばし過ぎだってば!」
「せっかく厨房から高いお酒をもらったんだから飲まなきゃ損でしょ? さあ! ガンガン開けていくよ~」
テンションの高いニーナの周りで、フレイヤがおろおろと世話をしている。
「仕方ないわねニーナは……。でも、せっかくなら私たちも頂かないとね」
ゲルイセン王国では、程度を守りさえすれば一七歳から酒を飲んでいいことになっている。モニカとクララも今年一七となったので、晴れて仲間たちに混ざってお酒を飲むことができる。
「私も……」
「こーら。カルラは来年でしょう? 誕生日にはお酒をいくらでも用意してあげるわよ」
「……ちぇ」
カルラは残念そうにジュースを飲み干すと、さっそく酔っぱらい始めているニーナを描きはじめた。
「モニカさん。親衛隊長就任おめでとうございます」
「あ、エーフィさん。ありがとうございます」
エーフィが近寄ってきて、もう何度目になるか分からない祝いの言葉をもらう。
「これからは部下としてお世話になることになりますね。よろしくお願いします」
「そんな! おだてないで下さいよ……」
モニカは思わず頭をかいて照れてしまう。そして、少し小声になってエーフィに聞いた。
「あの……ディアナは……」
実はこのパーティにはディアナが参加していなかった。参加していないどころか、今のところ姿すら見せていない。
「ごめんなさいねモニカさん。誘いはしたんですが、かったるい……と。こういう場が苦手な性格ですから、ご理解ください」
エーフィは両手を合わせて謝ってくる。ディアナの性格なのだから参加しないこと自体は気にならないし、エーフィが謝ることでもない。しかし、モニカが気になっているのは別のことだった。
「あの、やっぱり私の親衛隊長就任に納得いってないんじゃ……?」
「あ、いえ、そんなことはないですよ。発表された時も、一つため息をついてくらいで、すぐに受け入れているように見えましたから」
「そうですか……。分かりました。とりあえず冷めちゃう前に食べよう? エーフィさんは何が好きなんですか?」
これ以上湿っぽい話をしても仕方がない。モニカは切り替えて明るい表情を作って料理に箸を伸ばす。
しかし心の片隅で、小さく引っかかるものがあった。
ため息をついたのか、やっぱり……と。
* * *
パーティが始まってから数時間後。エーフィが自分の部屋に引き上げてきた。
「終わったかい?」
部屋に戻ると、ディアナが部屋の窓に腰かけて酒を飲んでいた。
「こんなに近くにいるのでしたら、顔くらい出そうという気にはなりませんか?」
「ならなかったからここで飲んでたんじゃないか。ニーナの奴が一本持ってきたんだ。一緒にどうだい?」
「はぁ……一杯だけですよ?」
火照った体でグラスをだし、ディアナが注いでくれる酒をもらった。見ればエーフィに注がれたいっぱいで、グラスは空になるところだった。
「結構飲んでいたんですね」
「隣から聞こえてくるどんちゃん騒ぎを肴にね」
落ち着いてみると、まだ部屋に残っている面々の声が聞こえてくる。明日は休みだから、へたをすれば朝まで続くかもしれない。
「酒癖が悪いのがいるな。ドアにカギを締めなければ乗りこんできそうだ」
「ニーナさんですよ。正式採用されて、厨房からも祝いのお酒をもらえたのがよほど嬉しかったようです」
「こき下ろされていた連中からもらった酒なんか嬉しいのかねぇ」
「尊敬していた人たちからもらったものだからうれしいのでしょう」
ディアナは「わかんないねぇ」と言ってグラスを煽った。
ディアナは今まで仲間たちと関わりが少なかった割には、親衛隊たちの事情に詳しい。ディアナはひそかに調べていたというが、いったいどうやって調べたのか?
「さて、そろそろ寝るか。……ん?」
ディアナは何かを見つけたように立ち上がり、ドアに歩き始めた。
「どうしました?」
「いや、水を切らしていたことに気づいてね。汲んで来ようと思ったのさ」
「? 今すぐ必要でもありませんし、明日の朝にしてはいかがです?」
「……そうだね。そうするよ」
ディアナはドアまで行ったが、エーフィの言葉にあっさりと引き返してきた。
エーフィはディアナの不思議な行動に首をかしげたが、あまり気にせずベッドに入った。ディアナも灯りを消して自分のベッドに向かう。
その手に、ドアの隙間からこっそり差し込まれた手紙を隠しながら……。
* * *
飲み会の翌日の夜。人気の少ない城の片隅で、人影が一つ石に座っていた。
月明かりがその人影を照らすとモニカの姿が現れた。目をつむり、片手には小太刀を握って何かを待っているかのようにその場に座っていた。
そんなモニカに、一人近づいてくる者がいた。
それはディアナだった。ディアナは肩に背負うように槍を持ち、まっすぐにモニカのところへ近づいてきた。
「ディアナ……来たね」
「来てやったよ。全く、こんな眠たい夜中に、こんな場所に呼び出すなんて何考えてんだい? しかも……」
ディアナは懐から手紙を取り出した。そこにはつたない字で『決闘状』と書かれてあった。
「こりもせずにこんなものをよこすなんてねぇ。これはクララに書かせたものじゃないだろう? へったくそな字で書いてあったから解読するのに時間がかかっちまったよ」
モニカは読み書きが苦手だ。城に来るまでは苦手どころか全くできなかった。それではいけないとクララがたまに教えてくれるのだが、まだどうにも身につかない。
その時、槍が振るわれる音とともに手紙が切り裂かれた。ディアナが手紙を真っ二つに裂いて、槍の切っ先をモニカに向けたのだ。
「そんなに私が気に入らないのかい? いいよ! だったらとことんやってやろうじゃないか!」
言うと同時にだった。ディアナは構えができていないモニカに遠慮することなく突っ込み、槍で突きを放った。
「ディアナが気に入らないわけじゃない……でも!」
走り出してから数秒しかなかったが、モニカはうまく空中に飛び上がって槍をかわす。目標を失った槍はモニカが座っていた石を砕く。
「私たちは戦わなくちゃいけないんだ!」
空中に逃れながら、モニカは完全に構えを取る。
「今更決闘だなんてねぇ! あんたたちのお気楽パーティに参加しなかったのがそんなに腹が立ったのかい?」
「違う」
ディアナは石を貫いた槍を器用に持ち直し、空中に逃げたモニカを弾き飛ばすように弧を描いて振るった。月光を反射して描かれた線を、モニカの小太刀が受け止める。
「ああそうかい! だったらもっとくっだらない話なんだろうねぇ! あれかい? 私がお前をチビといった回数が百回を超えた記念決闘か?」
「違うよ! って、ディアナそんなに言ってたの!?」
さっきまで真剣だったモニカの表情が一瞬素に戻った。それを見てディアナがにやりと笑って槍の攻撃を繰り返す。
「ああ、これも違ったか! ならあんたに酒を注がなかったことかい? それとも城門まで迎えに行かなかったことか? もしかしたら祝いの言葉をまだ言ってないことかねぇ? あんたらは好きだもんな、そういう仲良しごっこがさァ? それなら私に勝てたら言ってやるよ。祝いの言葉をな! これ以上ないほどくさい言葉で、あんたが泣いて喜びそうな最高に私らしくない言い方でッ!」
「そうでもないよッ! いや……ちょっと、関係はあるけど……」
ディアナの攻撃を防ぎきれず、モニカは少しだけよろめく。しかしすぐに立て直して間合いを開けた。
「はん! だったらもしかしてこうかい? 私があんたの親衛隊長就任が気に入らないだろうから、殴りつけるチャンスをくれるとでもいうのかよ?」
「……
ディアナは槍を構えたままでモニカにそう言った。それに対してモニカは沈黙した。正解である。
「……やっぱりねぇ」
ディアナは目をつむったかと思うと、いきなり構えを解いて立ち去ろうとする。
「ディアナ!」
「考えていた中で一番やる気がなくなる理由だ。私は帰るよ」
「待ってよ! ディアナだって納得してないんでしょう? こんな形で親衛隊長が決められるなんて!」
「そんなことないね」
「嘘だよッ!」
ディアナの言葉を、モニカが叫んで否定する。
「納得しているわけない。だって、私だって納得できていないもの。あの日の最終試験。取りやめになったのは私の理由でだった。いわば、私が逃げたも同じこと。後日改めて勝負となるのが筋だよ。それなのに、そのまま試験は中止で……まして逃げ出した私が親衛隊長に選ばれるなんてありえない!」
「だからなんだい?」
「だから! 今ここで決着をつけようよ。観客も審判もいないこの場所で……。二人っきりで決着をつけよう? ほかの人たちの意見が一切入らないこの場所ではっきり白黒つけようよ。それで、もし私が負けたら……」
「親衛隊長を辞退して、私に譲ってくれるっていうのかい?」
ディアナの言葉に、モニカは重々しい表情で頷いた。
「あほらしい」
ディアナは吐き捨てて再び立ち去ろうとする。
「ま、待ってよディアナ!」
「あたしは、一切不満はないよ」
「……え?」
ディアナの言葉に、モニカは目を丸くする。強がりかとも一瞬思ったが、それにしてはやけにはっきりした口調だった。
「あたしは納得している。だってあたしの主が決めたことだ。不満を持つ方がおかしい。主が意見を求めてくるならともかく、こうと決めていることに対して不満をガタガタぬかすのは間違ってる。ましてお前は親衛隊長になるんだろう? なおさら主の決めたことに反発するのはおかしいだろう」
「でも……うー。でも! たとえそうだとしても納得できることじゃないでしょう? こんな流れで、こんなあっさりと、こんなあっけない結末! 納得できるわけッ!」
「納得してるといっただろう? 私はあんたを認めてるんだよ」
「認めてる……ディアナが私を?」
どこかしっくりこないモニカに対して、ディアナは静かに言った。
「ああ、私がどれだけひねくれ者で、頑固な人間だったとしても、あんたのノルベルト様に対する忠誠心だけは認めざるを得ないって言ってるんだよ」
ディアナはモニカから顔をそらして頬をかいた。
「あんたの忠誠心は、あたしたちの中で一番抜けてる。あたしだって命をささげる覚悟でノルベルト様に仕えるさ。それでも、あんたの忠誠には遠く及ばない。ノルベルト様はそれを選んだんだろう。主がそれを望み、それを選んだとあっては認めざるを得ないよ」
「……」
モニカは言葉にならなかった。言葉にならないくらい、ディアナの言葉が嬉しかったのだ。今まで喧嘩してばかりで、認めてもらえるような発言を聞いたことがなかった。
「だから、親衛隊長をかけて決闘だと言われてもやる気が出ないんだよ。あんたの就任前に、力関係をはっきりさせておきたいというならともかくね」
「……ディアナ、目がギラギラしてきたよ?」
「あんたもね。さっきの真に迫る感じの顔とは大違い。前の決闘の時と同じで、吹き出すのをこらえるので大変だったよあたしは」
「ぷ! くふふ!」
モニカはおかしくなって笑ってしまった。なんだか一気に緊張が解けてしまった。
「じゃあ、どっちが本当に強いのか、はっきりさせておこうか?」
「その言葉を待ってたんだよ。あんたが就任したら、実力ナンバー二の隊長だって揶揄してやるよ」
「それは無理かな。だって……」
「「私が勝つからッ!」」
声が綺麗にそろってお互いに駆け出す。駆け出して、戦って、その日確実に決着がついた。お互いにどちらが勝ったか完全に納得し、どちらが強かったのか完全に認識した。
しかしそれを見ていた者は誰もない。二人っきりの決着だった。
そして最後に……一言だけ会話を交わした。
「親衛隊長就任おめっとさん、モニカ」
「うん……ありがとう、ディアナ」
* * *
ノルベルトは部屋の中で本を読んでいた。ふと窓を叩く音に気が付き、窓に近づいて開け放った。
窓を開けると一羽のハトが飛び込んできて、ノルベルトの肩に留まる。ハトは一通の手紙を脚に括り付けていた。
ノルベルトはそれを取り外してその手紙を呼んだ。手紙には走り書きで一文だけ書かれていた。
『私は実力で劣っているつもりはありませんからね』
ノルベルトは思わず吹き出し、差出人の書いていない手紙を手に持ったまま夜空に言った。
「ああ……そうだろうとも。ディアナ」
部屋の中で、ハトは餌をついばんでいた。




