第五話『二次試験』
「すぐに勝ってはダメ……すぐに勝ってはダメ……」
闘技場のリングの上に立っているというのに、モニカはまるで上の空だった。さっきクララが言ったことを反復し、出来るだけ頭に入れようとするのだがうまく行かない。
「……こりゃ楽勝だな」
モニカの一回戦の対戦相手は、モニカが極度に緊張していると思い、一回戦突破を確信した。
「手の内を見せる……伸びしろ。扱いづらそうに見えてはいけない……」
モニカはブツブツつぶやきながら、リングの上を歩く。
「両者準備は良いな? 試合開始ッ!」
「うらぁああぁあああ!」
試験官が試合の開始を宣言し、モニカの対戦相手は勢いよく飛び出した。頭に一撃喰らわせればすぐにこん睡させられると思い、防御のことも考えずモニカに迫る。
「ぶつぶつ、ぶつぶつ……」
モニカは試合が始まったことにすら気付かずにまだブツブツと何かを呟いている。
「ボケっとしてんじゃないよーッ!」
対戦者は攻撃が届く間合いまで来ると、大きく武器を振りかぶった。
「さっさと眠っちゃえ! 目が覚める頃にはお前は不合格だッ!」
「……ああもう、うるさいな!」
考え事をしていたというのに、対戦相手の大きな声で邪魔され、モニカは不機嫌そうに叫んだ。迫ってくる相手の攻撃を伏せて避け、右腕を振りかぶって相手を見上げた。
対戦者はまさか攻撃を避けられると思わなかったため、思いっきり前のめりに体勢を崩してしまう。そのふところにはモニカがいた。
「私は今考え事をしてるんだから静かにしててよッ!」
「嘘!? ちょ、ちょと、まッ! グフ!」
腰の入った見事なアッパーだった。
顎に直撃を受けた対戦者は、空中に飛ばされ、そのままリングに叩きつけられて気絶した。モニカは勝利をアピールするかのように右腕を空に突き出したまま、呆然として対戦相手を見おろした。
「あ……あれ?」
「勝負あり! 勝者モニカ・ライヤー!」
「え……ええぇー! ちょっと待ってぇ~」
試合が終わってしまったことに気付いたモニカは、思わず声をあげて周りを見回した。
「……色々教えたのはかえって逆効果だったかしら」
クララは観客席から呆れ顔を浮かべながら、自分の親友を見つめていた。
慌てながら周りをきょろきょろを見ているモニカを、周りの観客達が笑う。クララもそれに混ざって苦笑いを浮かべた。
* * *
「どうでした?」
「なるほど、高い身体能力は天性の物らしいな。反射的にあの動きができるのは面白い」
一般席とは違い、高い位置に設けられた観戦席に、試験官がずらりと並んで試合を観戦していた。
実は一次試験の際に、注目して観戦する受験者をリストアップしてある。二次試験の組み合わせをくじで決めないのは、その注目受験者をバラけさせるためである。それ以外の者達はあて馬だ。もちろん、その中で良い候補が出ればその者を合格にする。
今注目していたのはモニカの試合だ。
「武術を学んだことはなさそうだな。今の一撃は完全に素人のものだった」
「いいではありませんか。鉄は柔らかいうちに叩くものです。鍛え方によっては化けますよ」
試験官達は、資料をぱらぱらとめくり、誰が教育を担当するのかを改めて確認する。
「教育担当はレナーテか。元はノルベルト様の護衛もしていましたし、評判も高い。適任ですな」
「ノルベルト様にも特別信頼されていますしね。これ以上の人選はないかと思います」
その場にいる試験官達が首を縦に振って同調する。
一人の試験官が、再びモニカを見おろしながら呟いた。
「ふむ、武器を持たずに試合に臨んでいるのはこいつくらいか? 武器を持った相手にも臆している様子はないし度胸はあるな。それに……」
「ねぇ、起きてよ! 私まだなんにもやってないんだから~!」
モニカが、自分が今気絶させた対戦相手の襟えりを掴み、前後に振りながら起きるように泣きついている。
「やめろ、もう決着はついている。誰かこいつを引きはがせ」
その場の試験官は、モニカがさらに対戦者を傷つけようとしているかのように見えたのか、応援を呼んでモニカを無理やり退場させた。
「うわぁああああん」
「……適度に、頭が悪そうだ」
一人の試験官が呟くと、観客席にいた全員の試験官達が、やはり小さく頷いて同調した。
* * *
「うぅ~……」
「元気出しなさいよモニカ。結果発表はこれからなんだから」
俯くモニカの背中を、クララがさする。
あの後結局、モニカは三連勝することができた。しかし、クララが言っていたポイントを少しもクリアできなかったと思い、落ち込んでいるのだ。
「さっきはああ言ったけど、私は試験官じゃないのよ? 私が言ったことができなかったからと言って落ち込むことなんてないわ」
「う……うん、そうだよね! 最後まで希望を持つよ」
モニカが声を出して顔をあげる。少し無理をして笑って見せた。
「ところで、合格するのは何人くらいなんだろうね?」
「前回の男の親衛隊の時は七人だったらしいわよ?」
「……えッ!」
モニカはそんなに少ないのかと思い絶句したが、王族直属の親衛隊は超少数精鋭なのだった。確かにそれを考えれば七人というのはおかしくはないのかもしれない。
最後まで残ったのは百人ほど。そこから七人合格ということは、倍率は十四、五倍というところか……。
その時、場に小さなざわめきが起こった。
モニカとクララが周りを見回すと、試験官達が歩いてくるところだった。いよいよ結果が発表されるのだ。
「これより、親衛隊試験合格者を発表する。武術試験合格者は二名……」
「「「ええぇー!」」」
試験官の発表と共に、今度は巨大なざわめきが起きた。
それはそうだ。男の親衛隊が七人という情報を知らなかったとしても、合格者の人数が二人だと思っていた人間はそういないだろう。
「ク……クララちゃん……」
モニカがかすれるような声を出しながらクララをみた。すると、クララもさすがに予想外だったのか、苦い表情を浮かべて試験官を見ていた。
予想よりも五人も少なかった。これが大量に合格者を出すというなら、五人なんて誤差の範囲だ。千人合格の試験なら、五人減ったところで九百九十五人だ。大したことはない。
しかし合格者はわずか二人なのだ。倍率はざっと五十倍まで跳ね上がった。これがどれだけ絶望的な数字かは言うまでもない。
「静まれッ! それでは発表するぞ。一人目の合格者は……」
全員が息を飲む。
「……ディアナ・ブラッハーだ!」
「……よっし! はい」
モニカの名前は呼ばれなかった。名前を呼ばれた女性は堂々と前に出る。顔を見ると、二次試験で目立っていた女性だった。
三戦すべてで苦戦することなく、余裕を浮かべて楽しそうに戦っていた。荒々しい恰好をしているから分かりづらいが、整った綺麗な顔をしている。クララが言っていたことがそのまま的中したような審査結果じゃないか。
「二人目の合格者は……」
モニカは手を組み、祈るように試験官の口を見つめた。
「……エーフィ・ボルトマンだ。前に出ろ」
「は、はい」
「あ……」
呼ばれなかった。その瞬間モニカは涙がこぼれそうになるのを必死に耐えた。
だが、クララが優しく抱きしめてくると、誰にも見せないように一筋涙を流した。
二人目の合格者に見覚えはなかった。二次試験中はめだっていなかったように思う。ただ、髪の長いとても美しい女性だということしか分からなかった。
その女性が髪を揺らしながら試験官の前に進み、二名の合格者が出そろった……。
「そして三人目の合格者は……」
「「え?」」
クララとモニカが同時に声をあげ、試験官の方を見た。三人目だって? さっき二人だと言っていたはずなのに……。
モニカ達の周りの人間も驚いていた。しかし、前の方に立っている者達は驚いている様子はなく、真剣な顔をして試験官のことを見ている。
「モニカ・ライヤーだ。前に出よ」
モニカの名前が呼ばれた。しかしそれに対して返事をする声が出せない。
「モニカ・ライヤー? いないのか?」
「あ、あのッ!」
モニカが呆然としていると、クララが代わりに声をあげた。
「さっき、合格者は二人だといいませんでしたか?」
「ん? 聞こえなかったのか? 武術試験合格者二名。弓術試験合格者一名だ」
実は、剣や槍といった近接戦闘分野と、弓を使った遠隔戦闘分野を別々に審査していたのだ。
さっき武術試験合格者二名といった後大きなざわめきが起こり、その後の部分の声が後方まで届かなかったのだ。
「モニカ! 合格よ! あなたは合格したのよ!」
「合……格? 私が……?」
クララが喜んでモニカに合格を伝えると、モニカが確認するように試験官の方を向いてそう聞いた。試験官はそれに迷いなく頷き、早く前に出て来いと手招きをする。
「やった……やったぁー!」
モニカは親衛隊試験に合格した。
* * *
「よし、では城の中まで案内する。そこで手続きを済ませよ」
「はいッ!」
モニカは試験官から紙を受け取り、大きく返事をした。何と書いてあるか分からないが、きっと契約書みたいなもので、名前でも書かされるのだろう。名前くらいは、モニカでも何とか書ける。
「ふんふ~ん」
モニカは案内役の試験官の後ろを鼻歌交じりでついて行った。すると、後ろで声が聞こえた。
「これより第三次試験を行うッ!」
「え?」
モニカが驚いて振り向いた。まさかこの三人の中からまだ絞り込まれるというのか? しかし、試験官はこちらを見ていなかった。視線が向いているのは、不合格になった者達の方向……。
「三次試験は知力を図る。受験資格は、今現在も親衛隊になりたいと考えているもの全員に与えられる」
* * *
「モニカ? 何ぼうっとしているのよ?」
「え? ああ、ごめん。試験の時のことを思い出しちゃって……」
モニカは窓から月を見上げながら物思いにふけっていたようだ。
ここは中央城の女親衛隊の宿舎だ。あの親衛隊の採用試験からもう一月も経っていた。
二次試験までの合格者は三人。それで今回の合格者は終わりかと思われたが、そのあと第三試験が行われ、さらに四次試験まで実施された。
三次試験は純粋な学術試験で、定員は一人だけ。この試験には、文官を夢見ていたクララが合格した。
そして四次試験では三人合格したのだが、この試験内容が謎だった。
「すう……すう……」
モニカとクララが小声で会話をする横で、小さな寝息を立てている少女がいた。その名前をカルラという。彼女が四次試験合格者の一人だった。
四次試験は非公開のもとで行われた。退屈な学術試験すら公開したというのに、三人も合格者を出した四次試験をわざわざ非公開にしたのだ。しかも、この試験内容については箝口令までしかれてしまったので、少し不気味な空気すら感じられていた。
親衛隊試験に合格したモニカとクララは、その試験内容について聞いても問題ない事にはなっているはずだが、どこか聞きづらい空気が漂っており、二人はその試験内容を誰にも聞けずにいた。
「綺麗だね……」
モニカが窓から城を見上げながらそう呟く。城のあちこちに明かりがつけられ、城のあちこちに蛍が飛んでいるかのようにモニカには見えた。
「あそこに、ノルベルト様がいらっしゃるんだね」
「ええ、国民から姿を隠す王子様。その素顔はどんな風なのかしらね」
試験に合格し、故郷で準備をして城にやってくると、ノルベルトが姿を現せて言葉をかけてくれた。ただし、モニカ達は顔を伏せていたし、かなり遠くからの挨拶だったので、まだその顔をモニカ達は良く見ていない。
しかし、死んでいるのでは? と言われていた幽霊王子は、実在していたのだ。
「近いうちに顔を見られる機会があるんじゃないかな?」
モニカがそう呟くと、クララが「まさか」と言って笑う。
「私たちはまだ正確には親衛隊の候補よ? 約一年間の訓練を経て、適正ありと判断されて親衛隊になれるの。半年も経てば別だろうけど、まだ私たちはこの城にとって部外者も同じ。そんなところにノルベルト様がやってくるとは考えづらいわ」
モニカは残念そうに「そうなんだ」と言ってからもう一度城を見上げる。
「明日の訓練にでも、見学に来てくれないかな?」




