第四話『一次試験』
親衛隊試験当日。空は綺麗に晴れ上がり、街はちょっとしたお祭りのような雰囲気に包まれた。
試験は一次試験と二次試験が二日間に渡って行われる。一次試験は基礎的な部分を見られ、ここでだいぶ振り落とされる予定だ。
二次試験は実技。つまり、実際に受験者同士で戦うことによって判定される。
今日は一次試験だ。この段階では受験者が相当数いると思われるので、いくつかの試験会場に分かれて受験することになる。
その試験会場は、くじ引きで決められるとことになっており、モニカとクララはクジによって別々の会場で一次試験を受けることとなった。
「次、モニカ・ライヤー前に出よ!」
「はい!」
モニカは手に布を巻き、言われるままに試験官の前に歩み出た。
「事前に告知してあったように、第一次試験の一種目めは『技術』だ。まず使用する武器を宣言し、攻撃対象を選べ」
一種目は技術。つまり、自分の得意な武器の熟練度を見せる種目だ。
剣でも槍でもいい。それを使って対象に攻撃を仕掛け、それを試験官に見せて採点してもらう。攻撃対象は、わらの束、丸太、岩の塊の三種類がある。別にどれを選んだからと言って評価が変わることはない。自分が技術を見せやすい対象を選べばいい。
「武器はいりません。攻撃対象は岩です」
モニカは涼しい顔でそう宣言する。それに対して周りで少しざわめきが起こった。武器を使わないというのはいいにしても、素手で岩を殴るつもりか?
「拳法か? では見せてもらおう」
「はいッ!」
冷静な試験官の声に、モニカは元気よく返事をして岩の前に歩み出た。
そしてそのまま中腰に構え、右腕を少し引いて目を瞑る。
「ふー……やぁああああああッ!」
少しの沈黙の後、モニカは勢いよく飛び出し、そのまま岩に向かって全力で右腕を繰り出した。
モニカの攻撃が命中すると、ハンマーで殴り飛ばしたように岩が宙を舞い、幾重にもひびが入って岩はバラバラに砕け散った。
「おぉ……」
周りの受検者達があっけにとられるなか、試験官も思わず小さな声をあげる。
「よっしッ!」
モニカは右腕を前に突き出し、適当にポーズを取る。実は全力の全力で殴ったせいで、右腕が少ししびれてしまった。それを誤魔化すためにポーズを取ったというのもあるが、喜びからポーズを取ったというのもある。
少なくともモニカが今日見ていた中で、岩を砕いたものはいなかった。この種目の合格は固いッ!
「なかなかの力自慢のようだな」
試験官が近づいてきてモニカに声をかけてきた。
「はいッ!」
モニカはそれに満面の笑みで返事をする。しかし、試験官は相変わらず冷静な表情を崩さず、小さく咳払いをした。
「オホン! ……しかしそう言うことは第二種目の体力試験でやってくれたまえ」
「……へ?」
モニカは意味が分からず首を傾げる。
「これは技術試験だ。まっすぐな正拳突きで岩を割ったとしても、技術点を付ける訳にはいかない」
「……あ」
そう言えば、クララがそんなことを言っていたような。何処からか武術の指南書を買ってきて、一通り型を教え込まれた気がする……。
「拳法の腕前を見せたいというのなら、この場で型を見せるだけでも良い。それとも、技術点はいらないのかな?」
「い、いえッ! やります、やらせてください!」
慌ててモニカは返事をし、適当にうろ覚えの型を見せて評価してもらう。
『モニカのいいところは型にとらわれない所だし、変に型が完成している方が扱いづらい印象を受けるかもしれないから、技術試験は流していきましょう』
ふとクララがそんなことを言っていたことを思い出す。
試験官に評価を書いて貰って用紙を渡されたが、それをモニカは読むことができない。良い評価を貰ったのだろうか?
「つ、次だよ次! 私の本命は体力試験なんだから!」
モニカはそう言いながら二種目を受けに向かう。
「よし、次の者前に出よ!」
試験官は表情も変えずに黙々と試験を続ける。しかしその手元は、誰にも見えないようにメモを取っていた。
『モニカ・ライヤー要注目』
* * *
「クララちゃん、こっちこっち」
二人であらかじめ決めていた待ち合わせ場所で、モニカがクララを見つけて手を振った。それを見て、クララが駆けてくる。
「ふー、モニカが先に着いたのね。どうだった?」
「ばっちりだよ!」
そう言いながらモニカは用紙を見せてきた。そこには大きく『一次試験合格』と書かれていた。モニカにそれは読めないが、一次試験が終わると同時に合格を告げられだので、多分合格と書かれているのだろうと理解した。
「おめでとうモニカ。これで二次試験に行けるわね」
モニカのはしゃぎぶりから、一次試験を突破したことはなんとなく察していたが、クララはあえて気付かないふりをしてモニカを褒めた。その方がモニカのモチベーションも上がるだろう。
「うん、ありがとう! クララちゃんはどうだった?」
クララは苦笑いを浮かべて首を振った。
「私は予定通り不合格。見てよこの剣」
そう言ってクララは鞘から剣を取りだした。その剣は、真ん中で二つに折れてしまっていた。
「お父さんの護身用の剣を借りてきたんだけど、手入れどころか使ったこともなく何年も放置していたのね。丸太を切りつけた瞬間に折れてしまうんだもの。恥をかいちゃったわ」
クララはその後の体力種目でも平凡な結果を出して終わり、当然不合格となった。
「そっか、残念だったね」
「予定通りよ。それより宿に帰りながら明日のスケジュールの確認をするわよ」
クララはそう言いながら歩きだした。モニカもそれに続こうとして、あることに思い至って立ち止る。
「そう言えばクララちゃん。一次試験に不合格になった人にも、まだ宿代割引きは適用されるの?」
宿代免除は、受験者を増やすための措置のはず。ならば、試験不合格者は街に留まらせる理由が無いのだからもう適用されないのでは? モニカはそう考えてクララに質問する。
「私もそれは少し考えてた。だから試験官の人に聞いてみたの。そしたら、三日間はそのまま宿代免除で泊まれるらしいわ」
「へー、国って親切だね!」
「そう思わせるのが目的でしょうからね。それと、中央にできるだけ滞在させて、街にお金を落とさせるつもりなのかもしれないわね。何にしてもありがたいことだわ」
クララはそう言いながらどんどん進んで行く。モニカもそれに続き、クララと並んで歩きだした。二人の影が後ろに長くのびる。
* * *
次の日。第二次試験が行われる今日も、空は快晴で暖かかった。
二次試験は、闘技場で行われる。クララが昨日闘技場で試験を受けたので、道に迷うことはなくつくことができた。
一次試験で相当数が絞られたらしい。闘技場の中に集まった受験者は昨日に比べると驚くほど少なかった。
それに対して、闘技場の観客席は昨日以上に人が溢れていた。何しろ今日は実技試験、つまり実際に受験者同士が戦うのだ。見ていて面白いのは、圧倒的にこちらの方だろう。
「よし!」
モニカは自分の頬を軽く叩き、第一試合に向けて気合を入れる。
「集中して行くのよモニカ」
その横にはクララがいた。クララは一次試験で不合格となっているが、付き添いだと申告したら一緒に入れてもらえた。
「うん、クララちゃんが傍に居てくれるのは心強いよ! で、何回勝てばいいんだっけ?」
その時、クララの眉がピクリと動いた。瞬間モニカは怒られると思った。試験を受けるのは自分なのだから、それを把握できてないのは確かにまずい……。
「……まったく、モニカ? もし親衛隊試験に合格しても、まだ正式採用じゃないのよ? 最低でも指示を聞いて行動できるようにならないと、その場で辞めさせられるかもしれないの。分かる?」
厳しい口調ではないが、呆れたような様子のクララの言葉に、モニカは笑ってごまかすしかない。
「は、ハハ、クララちゃんも親衛隊になって、私に色々教えてくれないかなー? ……なんて」
「私もなれることならなりたいけど、実力が圧倒的に足りないもの。モニカがしっかりしなさい」
「はーい」
モニカは頭をかきながら返事をする。そして舌を出し、クララを上目遣いで見る。
「……でも、今はまだ助けてくれるよね?」
そう言うことではないんだけどなーと思いながら、クララはさっき試験官が言っていた説明を繰り返す。
「試合は試験官が組み合わせを作った通りに一対一で戦い、三回勝てばいいわ」
「三回? でも……」
モニカは周りの受験者達を見る。対決方式は一対一。それを三回繰り返したとしても……。
「その通り、恐らく軽く見積もって百人くらいに絞られるはず。でも、合格人数はそれよりはるかに少ないわ」
「何でトーナメントにして合格人数まで絞り込まないの? そっちの方が簡単だと思うんだけど……」
「簡単だからダメなのよ」
「……?」
モニカが頭の上にクエッションマークを浮かべて首を傾げる。どうして簡単ではいけないのか分からない。
「つまり、その方式にしてしまうと試験官が必要なくなるの。極端に言えば私達が試験官をやっても優秀な人間を判断することができるわ。多分、試験官達も力量を見られているのよ。たくさんの候補の中から『優秀な人間を探しだす目』を見られているというわけ」
ようするに、試験を課している者たちも上官から評価を受けているのだ。優秀な人材を見つけるのも、上に立つ者には必要な能力なのだから。
「それと、選択の余地を残したいんでしょうね。トーナメント方式だと、扱いづらそうな人間が残ったとしても、その人間を採用しなくてはいけない。後は伸びしろとか、容姿とかも見られているでしょうね。他には……」
「ちょ、ちょっと待ってよクララちゃん!」
クララが次々に重要そうな情報を口にするのでモニカは怖くなった。それを全部考えながら戦わなくていけないのか? 見た目なんてもうどうしようもない。化粧品でも買ってこいと?
「結局私はどうすればいいの? 勝てばいいんだよね?」
「それは当然、全勝するのは最低条件。でも、ただ勝てばいいわけじゃないの。とりあえずすぐに勝負を終わらせてはダメ、出来るだけ自分に有利な試合運びをして、自分の手の内を見せ、なお且つ余裕を持って相手に勝つの」
クララはさらっと言うが、モニカには絶望的なセリフに聞こえた。
「む、むりぃ~! 手の内なんてないよ。殴って蹴る以外にどうすればいいの?」
「それを見せればいいのよ。その他の要素だと、伸びしろは私には分からないけど……容姿の方は大丈夫! モニカは可愛いわ」
こんな状態で褒められても素直に喜べない。
「ほら、名前を呼ばれたわよ。早く行きなさい」
モニカが後ろを振り向くと、試験官が自分の名前を呼んでいるところだった。
モニカは何度も不安げにクララを振り返りながら闘技場に向かった。クララはにこりと笑いながら手を振り、自分は観客席に移動する。
「……適度に頭が悪そうな方が扱いやすい印象を受けるだろうって言うのは、言わなくてよかったわよね。モニカはそのまんまだし」
クララは小さく毒を吐いて観客席に移動した。




