第四十五話『恐怖の試験内容発表』
フレイヤはすっかり後悔し、怯えていた。
(どうしてこんなことに……)
軽い気持ちで参加した四次試験だった。冷やかしをするくらいの気持ちで、試験内容を知りたいがためだけにここに来た。
それなのに、さっきの話によれば、見るにも聞くにも恐ろしい試験内容がフレイヤを待っているという。辞退は許されず、口外もできないらしい。口外することすら許されないという事実が、余計にフレイヤを不安にさせた。
「四次試験は三種類行い、各種目から一人ずつ合格者を出す。複数受験することは許さん。そして、これが最終試験である」
試験官の言葉に、場内が小さくどよめく。今どよめきの声を上げた者たちは、最終試験という部分に反応したのだろう。だが、フレイヤは別の部分を聞いて呻いた。
三種類! 四次試験の内容は三種類もあるというのだ。身の毛もよだつようなおぞましい内容の試験が三種類も用意されている。そのすべてを受験する必要はないらしいが、黙っておかなければならない内容が三つにも増えてしまった!
もしもその内容のうち一つでも洩らせば……か、考えるも恐ろしい! きっとその恐怖の四次試験で採用された親衛隊候補の実験台にされてしまうんだ。
そうか! そのための箝口令であり、そのための罰則なんだ! 秘密を知ってしまったものは逃がさず、誰かに話せば実験台にするためのものだったんだ! ああ、自分はいったいなんて取り返しのつかないことを……。
小さく不安をあおられてから、その不安は体中を巡って大げさになりつつあった。フレイヤの中にある最大限の知識が不安を肉付けしていき、恐ろしい妄想の化け物となってフレイヤを襲っていた。
「では、試験内容を発表する」
(き……きた)
フレイヤは試験管に向かって耳を向ける。三つとも耐えがたい内容だった時のために、土下座をして謝る心の準備はすでにできている。
「四次試験一つ目の内容は……絵だ」
「「「……は?」」」
ついに一つ目の試験内容が発表された。それに合わせて、受験者達は怯えて悲鳴を上げる。少なくともフレイヤには悲鳴に聞こえた気がした。
(絵ッ! 絵って言ったの今! いったいどんな地獄絵図を描けというの! わ、わかった。きっとこれを選択したもの達は隔離され、武器を持たされ、最後の一人になるまで殺し合いのサバイバルをさせられてしまうんだ。そのさまはまさに地獄絵図! 嫌だ嫌だ、これだけは絶対に選択しない!)
試験官が試験の内容を説明しているのに、それは耳に入らなかった。その声よりも、自分の中の、不安妄想の声の方が大きかったから。
「試験内容二つ目は……料理だ」
「「「……?」」」
その二つ目の恐ろしい試験内容に、受験者達は息を飲む。その表情までは見えなかった。というより、見てる余裕などなかった。
(料……理……ッ! この局面で試験内容として出される言葉として、これ以上恐ろしい言葉もない。いったい何を料理しろというの? その食材は生きているの死んでいるの? 怪我の具合はどんなくらいなの!? ッは! さっきの地獄絵図試験の内容……。そ、そうか、食材はそこで調達できるということなんだ。そして『味の評価をするのはお前たちだ』とか言って無理やり口に押し込まれたり……。む、無理無理! そんなの絶対無理だからー!)
フレイヤはわんわんと頭を振って試験内容の説明を振り払う。
「そして、最後の試験内容は……歌だ」
「「「……」」」
もう受験者達は恐怖で声も出ないらしい。
(歌! 今絶対歌っていった。そうか分かった。はるか昔、たくさんの船乗りたちを海に沈めたという、伝説のセイレーンの歌声……)
「へ……あれ? 歌?」
聞きなれた言葉を聞き、ようやくフレイヤは試験内容がおかしいことに気付く。
「これを選択したものは一人ずつ試験官の前で一曲歌ってもらう。課題曲はない。己の一番得意な歌で勝負していい。伴奏はないから独唱で歌うことになるぞ。試験官を担当するのは、王族専属の音楽団の者達だ」
「「「――?」」」
受験者達が疑問からざわめく。今度はフレイヤの耳にも、周りの音が正しく聞こえた。
あれだけ恐怖し、あれだけ不安に思っていた試験内容は今の三つ。『絵』と『料理』、そして『歌』だ。ひねりのない内容ならば、その三つは単なる娯楽であるともいえる。ただの娯楽が、王族を守る親衛隊を選ぶための試験内容……?
(あ、そうだ)
そこでフレイヤは、不安に陥ってしまった原因である女性を思い出した。その女性はすぐ後ろにいたはずなので、フレイヤはそのまま振り返る。
すると、周りでその女性の話を聞いていた者達も同じことを思ったのか、フレイヤと同時に全員がその女性を振り返った。
「……ふむ」
たくさんの視線に射抜かれたその女性は、静かに腕組みをしてから周りを見渡し、自分に視線が集まっていることを確認する。
そして、悟ったように空を見上げながら言った。
「……いや、実は私、地元ではマイナス思考の天才として恐れられていてね?」
「「「やかましいわ!」」」
「ご、ごめんなさいッ!」
勝手に立ち聞きして、勝手に不安になっただけの者たちに突っ込まれ、その女性は深々と頭を下げて謝る。
つっこんだ方も謝った方も、怒りなどの激しい感情は薄く、どちらかというと少し安堵したような雰囲気だった。試験内容を聞いて、少し安心したのはフレイヤだけではなかったのだろう。
「……はぁ、なんだ。試験内容はこんなものだったんだ」
フレイヤは前を向いて胸をなでおろす。さっき不安を煽られていなければまた反応は違ったのだろうが、とにかく恐ろしい内容ではなくてよかった。そう思いながらフレイヤは息を吐いた。
「それでは各々試験を選択して移動してもらおう。時間は限られているからな」
その試験官はそう言って姿を消した。
(さて……どれを受けようかな?)
周りには、「なんなんだこの試験内容は?」と疑問の色を濃くして話し合っているもの達もいたが、フレイヤはそんなことはない。試験の内容をすんなり受け入れてどれを受験するか考えている。
フレイヤのほかにもそういう人間は多いらしく、どれを受けるか話している声が聞こえてくる。
「ねえどれを受ける? 歌とかどうかな?」
「歌いいよね歌。消去法だけどさ、多分結構うまいと思うよ。ららら~」
(絵か料理がいいな。別に合格したいわけじゃないし、恥をかかない程度にこなせばいいんだ。どっちも作品を作って提出するだけだから緊張なんてしないし、怖い事なんて何もない。その点歌は大変だ。みんなの前に出なきゃいけないし、みんなが注目してる中で歌わなくちゃいけないんだ。きっと私はそれに耐えられない。うん、絵か料理にしよう)
「あはは! 綺麗な声だねー。じゃあ私も歌にしようかな」
「うん、それがいいよね。ちょうど受付が目の前まで来たわけだし」
「え……?」
どれを受けるか話し合っていた女性たちが走り出した。フレイヤがそれにつられて顔を上げると、歌の試験の受付が正面に見えた。どうやら、先ほど話し合っていた二人につられて、この受付にふらふら歩いてきてしまったようだ。
「いけないいけない。絵と料理の受付は反対側だ」
フレイヤはそこで回れ右をして歩き出す。どちらかを受けることは決めたが、そのどっちを受けるかでまだ悩んでいるからだ。どちらも半端な経験しかないから、どっちを受けるか決めかねているのだ。
でも、歌なら毎日のように歌っている。
フレイヤは立ち止まった。絵と料理の受付は遠い。悩んでいるにしても、立ち止まることはない。それなのにフレイヤは立ち止まった。今、一番近い受付に気が向いてしまったからだ。
「歌の受付はあっちよ」
「よし、負けないわよ」
「私だって! 私は村の大会で優勝したことだってあるんだから!」
歌を選択した女性たちが、我先にと受付にかけていくのが見える。
(あの人達がみんな歌うのか……)
フレイヤの足は完全に止まっていた。悩んでいるからだ。絵と料理どちらにしようか悩んでいるのではなく、歌の試験を受験しようかと悩んでいる。
フレイヤが四次試験を受験した理由はなんだっただろう? 見学したいからだった。親衛隊試験の見学が楽しかったから、もっと見たいと思ったからだった。
二次試験の観戦。それなりにフレイヤは楽しむことができた。でも、どちらかと言えば、あまりフレイヤ向きの内容ではなかった。それに対して、今フレイヤが最も興味がある……最も好きな内容の試験が行われようとしている。
フレイヤは歌うのも好きだが、歌を聞くのも同じくらい好きだった。それはそうだろう、誰だって最初は、何かに出会うものだ。生涯を通して、常に新しいものに出会う。
フレイヤも歌に出会って好きになった。いきなり自分で歌えたはずもない。生まれて初めて聞いたメロディは、母親の鼻歌ではなかったろうか?
(歌の試験に……しようかな?)
そう心で呟くと、もうそれ以外の選択肢はあり得ないという思いが胸の中いっぱいに広がった。歌が聞ける。ただそれだけの欲望のために、自分を大勢の前で歌わなければならない場所へ連れて行こうとしている。
(歌うつもりは……ないよ。ほら、最初の作戦。いざとなったらお腹が痛いって言って辞退すればいいんだ。そんな怖い内容じゃないんだし、きっとそれで許してもらえるよ)
絵と料理の試験のほうが、やり過ごすのは簡単だろう。だが、歌の試験をごまかすのが特別難しいことだとも思わなかった。やり過ごすために少し演技が必要なだけ。お腹を押さえて、「歌えません」というだけで終わる。たったそれだけの労力を使うだけで、大好きな歌をたくさん聞くことができるのだ。
フレイヤはそう決めてゆっくりと受付に向かって歩いていく。たくさんの人たちに追い抜かれながら、フレイヤはごまかす方法だけを考えていた。
さっきそれで嫌というほど後悔したということを、フレイヤはもう忘れていたのだった。




