第四十四話『告白』
ニーナの登場から宣言までがあまりに唐突過ぎて、モニカ達は誰も動くことができなかった。
ニーナはその反応はある程度予想していたのか、手を広げたまま満足そうな顔をしている。
すると、そのニーナの後ろに、フレイヤがゆらゆらと揺れながら歩いていき、肩をつかんだ。
「ニーナ……これってもしかして?」
「昨日ここに綺麗な噴水があるよってモニカちゃん達に教えてあげたんだよ。いや~、まさかフレイヤがここにいる時間とぶつかるとはね。偶然、偶然」
そう言ってニーナは微笑む。そのニーナの顔をみて、フレイヤは顔を真っ赤にしてニーナを揺さぶった。
「絶対偶然じゃないよね! その笑顔はうそをついてる顔だよね! 何が、どうして、どうなって、いったいなんでこういうことに~ッ!」
「あはは! 目がまわる~」
言葉がおかしくなりながらフレイヤはニーナを前後に揺さぶる。ニーナは揺さぶられながら楽しそうに笑っていた。
やがて、フレイヤが疲れて手を放すと、ニーナは目をつむって神妙そうに言った。
「うーん、私としても、もう少しフレイヤの悩みを独り占めしていたかったんだけどね。どうにも私のスポンジの頭じゃ解決策が浮かばなくて。こりゃ、私一人じゃどうにもならないと考えていたんだよ」
真面目な声色で話しながら、ゆっくりとモニカ達の傍まで歩いていく。そして、素早くフレイヤに振り返りながら、片腕を広げながらモニカ達を指した。
「なので、巻き込んでみました~」
そこでニーナはまじめな表情を解き、再びからかうような声でそう宣言した。
「……あぁ」
フレイヤはニーナの顔を見てがっくりとその場にうなだれた。
「ちょっとニーナ、まだ話が見えないわよ? どういうことなのよ?」
ようやく声を取り戻したクララが説明を要求する。
「フレイヤって歌が好きでね? でもあまり人に見せるのが好きじゃないんだ。だからたまにこの場所でこっそり歌ってるんだよ~」
クララが首を振る。
「いや、そうじゃなくて。私たちはフレイヤが悩んでるって聞いてここに来たんだけど?」
「んとね、それのことなんだけどね……」
「ダ、ダメ!」
うなだれていたフレイヤが、突然矢のようにニーナのもとまで詰め寄って言葉を遮る。突然の行動に、今度はモニカ達のほうが驚いた。
「ダメだよニーナ。あの事を知られたら私……」
「大丈夫だよフレイヤ~。さすがに人の悩みを勝手に話したりしない。もしフレイヤが話す気が起きたら話せばいい。そのためにみんなを呼んだんだから」
その言葉を聞いて、怯えていたフレイヤがほっと胸をなでおろした。
その様子を見てニーナは、優しくフレイヤの頭を撫でる。
「それにねフレイヤ。フレイヤの悩みを独り占めしていたかったっていうのは、半分は軽口だけど、半分は本気なんだよ」
「え……?」
フレイヤが顔を上げる。ふざけた調子から諭すような声に変わったから、自然と顔が上がったのだ。
「フレイヤの悩みを独占できるっていうのは嬉しかった。だって、悩みを打ち明けてくれるっていうのは、信頼してくれているっていう証だから。でも、フレイヤの歌を独り占めにするのは気が引けた。だって、あんなに綺麗な歌声なのに、私一人しか聞くことができないなんてもったいないもん。だから、この場所にみんなを呼んで聞かせてあげたかったの」
「そんな……私の下手な歌なんて……」
「うまかったわよ?」
フレイヤの自虐を遮って、クララが声を上げる。
「聞いていてとても心地よかった。誰にでも特技があるものだっていうのは本当ね。思わず口を噤んでしまうくらいきれいな歌声だった」
「そうですね」
エーフィが続く。
「いつも自信なさげで、おどおどしていた時とは大違いでした。一瞬フレイヤさんとは思わず、あの方は誰だろうと思ってしまったのは雰囲気の違いですね。とても大人びて、優しさに満ちた顔をしていました。私もよく弓を持つと顔が変わると言われますが、私の場合は怖いという印象を与えてしまうんですよ? クスクス……」
そう言ってエーフィはおかしそうに少し笑った。
「でも、人というのは、好きなことに打ち込んでいるときは大なり小なり雰囲気が変わってしまうものなのでしょうね。カルラさんも……」
「……うん?」
カルラはいつの間にか筆を取り出して絵を描いていた。
「カルラさんは絵を描いている時が一番幸せそうです。あまり表情を作らない方ですが、かわいらしいことに、絵を描いているときはわずかに口元が緩むんですよ? ……なんの絵を描かれているのですか?」
フレイヤにのぞきこまれながらそう問われると、カルラは口元を紙で隠しながら答える。
「……フレイヤ」
「え、え? なんで私の絵を?」
フレイヤが慌てながらそう聞いた。
「歌ってる時のフレイヤが絵になってたから……。歌ってる最中は、歌の邪魔をしたくなかったから描かなかったけど……」
「~~~!」
直球の返事に、フレイヤは顔を赤くする。そのフレイヤに、ニーナが再び声をかける。
「ねえフレイヤ~、みんなに悩みを打ち明けてみない? みんなを信頼してみようと思わない? 私はここまでみんなを巻き込んだけど、フレイヤの悩みはまだ誰も知らない。ここでフレイヤが打ち明けなければ、みんなはそれを知ることはない。私はそれでも一向に構わないよ~? フレイヤの信頼を独り占めできるならむしろ嬉しいくらいだもん」
「あ……う……」
フレイヤはまだ揺れていた。別にモニカ達を信頼できないわけではない。みんな優しい人達だということは知っている。それでも、すべてを打ち明けることで失望され、みんなが去っていくのが怖かった。
だが、ニーナの言葉が暖かかった。全幅の信頼を寄せられるのがうれしいと言ってくれた。そのニーナが傍にいてくれるなら……ニーナだけでも離れないでくれるなら、他の誰が去って行ってもきっと自分はがんばれる。
「ズルい……な。ニーナはそう言えば私が打ち明けざるを得ないと知ってるんだね」
そう言ったフレイヤは、少し嬉しそうに見えた。
「私、話してみるよ。ニーナと……みんなを信じてみる」
「……うん!」
フレイヤの言葉に、ニーナは嬉しそうにうなずいた。
フレイヤは静かにモニカ達に向き直った。
「私……実は……」
そこでまた少し口ごもったが、意を決したようにその言葉を口にした。
「親衛隊になりたかったわけじゃないんだ」
そう言ってから、フレイヤは親衛隊試験の日のことを話し始めた。
* * *
時間はさかのぼって親衛隊試験当日。三次試験の筆記が終了し、これから四次試験が発表されようという頃の観客席。その日、フレイヤはそこにいた。
「四次試験は非公開で行う。見学は一切認めない。受験者以外は早々に立ち去れ!」
「「「ええー!?」」」
試験官による、突然の試験非公開宣言に、観客席にいた民衆は不満の声を上げる。それはそうだろう。白熱した実践試験を堪能した後、まだ試験があると聞かされて心躍った。
しかし三次試験は何とも地味な筆記試験。私語こそ禁止されなかったものの、ただ問題を解いている人間を眺めるというのは退屈だった。
それでもこの後まだ試験があるという含みを感じたから、我慢して終わりまで待っていたのだ。それなのに、いざ期待していた四次試験が始まろうというときに非公開宣言だ。初めからそうだと知っていれば帰った人間もいただろうから、不満の声が上がるのは当然だと言えた。
「そんなー……」
他の民衆たちの例にもれず、フレイヤもまた小さく不満を口にする。
家の傍で行われている、大きな工事の騒音から逃げてやってきた親衛隊試験会場。基本的におとなしい性格をしているフレイヤは、女性同士が武器を持って戦うという激しい光景に、初めは少し物怖じしていた。
しかし、人間の本能というのだろうか? 会場の熱気と興奮はフレイヤの中にも乗り移った。興奮によって叫びこそしなかったもののフレイヤもスポーツ観戦気分でそこそこ楽しむことができた。
さらに試験が続くと聞いて期待したが、最後の試験が非公開では興ざめというものだった。
観客席にいる民衆たちは、不満の声を上げてなかなか退場しようとしない。気持ちがわかるから、フレイヤも席に座ったまま周りを見渡していた。
すると、不満を言いながらぐずぐずしているものとは違い、急いで出口に向かって走っていく者達が見えた。それらがすべて女性だったので、三次試験を受けずに四次試験を待っていた受験者達なのだと気づいた。
あの女性たちはこれから行われる四次試験の内容を知ることができる。そう思ったらなんだか無性にうらやましい。
そこでフレイヤは、手をポンっと打ってひらめいた。『自分も受験者になれば試験を観戦できる』ということに。
試験官は四次試験の受験条件に、『一次試験を受けていること』などとは言わなかった。親衛隊になりたいものならば誰でも受けていいとそういった。ならば、自分が受験しても問題はないのでは?
「……よし!」
自分が四次試験で合格するはずがないし、他に行くところなどない。もしも過酷な内容なら、おなかが痛くなったとでも言って辞退すればいいのだ。今はとにかく四次試験の内容が知りたい。
フレイヤはそんな風に考え、軽い気持ちで受験会場に向かった。
* * *
「よし、これで全員だな?」
試験官が観客と受験者の移動が終了したと判断してそう言った。
フレイヤは移動してきた受験者達の中にまんまと紛れ込むことに成功した。もしかしたら名前を聞かれ、一次試験を受験していないことがばれてしまうのでは? と心配したが、それは杞憂だった。そもそも、一次試験は飛び入りでも歓迎していたのだから、精密な名簿なんてないだろう。受験者の顔だって把握してないだろうから、紛れ込むのは至極簡単だった。
(くっく、本当にうまく行っちゃった。さあ、みんなが見られなかった四次試験はどんな内容なんだろう? 町の人たちは、後でその内容を聞いて、見られなかったことを悔しがるんだろうなぁ)
フレイヤはいまだ観客気分だった。自分がこれからその内容を受けなければならないことは忘れていなかったが、どうとでも乗り切れると考えているから気楽なのだ。
しかし、そんなフレイヤの後ろで話し声がした。
「でも、どうしてわざわざ非公開にしたのかしら?」
「そりゃ、一般市民に見せたくない内容だからに決まってるじゃない」
フレイヤだけでなく、他の者達もこれから行われる四次試験に意識が向いている。その内容を話し合うくらいは当然だった。
「なんで見せたくないの? 関心が高まるだろうし、盛り上がった方が国の力をアピールできていいでしょうに……」
「盛り上がっちゃいけない内容だってあるってこと」
「え?」
(……え?)
聞き耳を立てたわけじゃないが、すぐ後ろで話している内容だから自然に耳に届いた。そして、フレイヤは一人で疑問に思う。
なぜ盛り上がってはいけないのだろうか? 難しいことは分からないが、盛り上がるのは楽しい事なのだとさっき知った。国に関心が集まるという意見も納得できるし、いいことずくめの気がする。それがなぜいけない……?
「国を統治するのは綺麗なことばかりじゃない。利益っていうのは移り気な性格をしているの。風の向きが変われば、どこへなりとも飛んで行ってしまう。いつまでも一か所に恩恵を落とし続けてくれるとは限らないわ」
「……よくわからないわ」
フレイヤもよくわからなかった。たとえ話をしているのだろうが、何を言いたいのだろうか?
「つまり、世界の情勢が傾けば、どんなに安定した国だって一気に瓦解してしまう可能性があるのよ。それにゲルイセン王国は大きい。世界が変わらなくても、国の内部にいくらでも不安要素がある。それらが国の利益を吹き飛ばす強風になりかねない」
今度は少し理解できた気がする。風というのは国を傾けかねない不安要素のことなのだ。その風によって利益が壊される可能性もあるという話をしているのだろう。
「その風から国を守る方法はいくつかある。国自体を強靭にして、風が吹いても利益が吹き飛ばされないようにする。風に備えて利益を壁で囲む。あるいは、風を起こさないようにするか、風自体をかき消してしまう」
「かき消す?」
「あるいは殺すって言葉を使ってもいいと思うわ」
(こ……殺す?)
物騒な単語が飛び出て、フレイヤが震えた。
「国を統治するっていうのは、汚い側面だってあるわ。そういう汚い側面は、民衆に知られれば反感を買うし、反発を生む。でも、私たちは王族を守る親衛隊になろうというのだから、知らないわけにはいかない。携わらないわけにはいかない」
聞こえてしまったフレイヤは震えだす。今『携わらなければならない』と言わなかったか? 普通の人間が知れば反感を覚えるような恐ろしい出来事に?
「最終的に国が欲しがったのは、そういうことができる人間だったってことだと思う。きっとこれから発表される四次試験の内容は苛烈なものになるでしょうね。どんな恐ろしい内容だったとしても引き返すことはできない。口外することも許されないだろうし、もしほかの人間に話したら罰せられる可能性だってあるわ」
その女性は神妙な表情をして語る。その語り口の表情のせいで、周りの人間達が雰囲気にのまれて不安な顔をした。
そんな馬鹿な。軽い気持ちで参加した四次試験だった。それなのに……それなのにどうしてこんなことに?
「で、でもそれは推測でしょう? 当たらない可能性だってあるのよね?」
もう一人の女性が今解説をしていた女性にそういった。
そうだ。そんなものは的外れかもしれない。きっと他に理由があるんだ。他にきっと馬鹿らしい理由があって非公開にしただけに違いない。口外することは許さないなんてあるはずがないし、ましてや罰則なんて……。
「四次試験は非公開だ。察している者もいると思うが、もし不合格になったとしても他者に内容をしゃべることは一切禁止する。もし喋った場合は、それ相応の罰が下ることを覚悟しておけ」
……ああ、神様。




