第四十話『パーティー』
クララが一人部屋のベッドの上で横になっている。寝息は穏やかだが、表情が若干苦しんでいるようにも見える。
風が窓を小さく揺らし、その音でクララは目を覚ました。
「んん……」
クララは目を覚ますと同時に大きく息を吸った。澄んだ空気をできるだけ多く吸い込みたかった。
朝気絶するように眠ってから、何度も目を覚ましたのは吐き気のせいだ。
胃のあたりから胸にかけての不快感。目を覚ますたびに嘔吐しそうになったが、枕元に置いた水を飲んで何とか抑えていた。
むしろすべて吐いてしまった方が楽になるのは分かっている。だが、それを差し引いても、嘔吐する気持ち悪さがどうしても嫌で我慢していたのだ。
大きく息を吸ってみたが、もう吐き気はなかった。ただまだ気分が悪くてふらふらするし、軽く頭痛がする。
「お酒を飲みすぎたらきっとこんな感じなんでしょうね……」
父親が二日酔いになっているのを見たことがあるが、ちょうどこんな感じだった。背中をさすりながら、大人は大変だなと思ったものだが、酒も飲まずに同じ目にあうとは……。
「っふ! ……うぁ」
意を決して体を起こしてみる。しかし、体を起こすと、気持ち悪い感覚が襲ってきた。視界は歪んではいないが頭がふらふらする。
クララはふと、今日は朝から何も食べていないことを思い出す。この気持ち悪さは、空腹からも来ているのだろう。
何か食べたいが、食堂まで行くのは億劫だ。ご飯が運ばれてくればいいのに……。
その時、部屋のドアがノックされた。
「クララちゃんいる? おかゆを作って持ってきたよ」
モニカの声だった。外を見ればもう日が沈もうとしている。夏のこの時間なら、訓練が終わってからかなりたっているはず。まさか、またモニカが作ってきたのか?
「病み上がりの人に断る言い訳を考えさせるのも可哀そうだね。だから私の声も聞かせておくよ~」
「ニーナ……」
ニーナの声を聴いて、クララはほっと胸をなでおろす。今まさに言い訳を考えようとしていたところだった。フラフラの頭でそんなことはしたくない。
クララの返事を聞くと、モニカとニーナが部屋の中に入ってくる。おかゆはニーナが持っていた。
「クララちゃん、気分はどう?」
「ええ、大丈夫よ……おっと」
「え? わ!」
ベッドに近づいてきたモニカに対し、クララは少しふらっとして倒れこんだ。モニカはそれを抱き留め、クララもモニカを頼るように腰に手を回す。
「ほ、本当に大丈夫? なんだかフラフラだけど」
「ええ、大丈夫よ。ふらつくのはこれで最後だから……」
(背中に何か隠してる風ではないわね。さすがに反省してくれたのかしら?)
クララは気付かれない程度にモニカが何かを隠し持っていないかを探り、安心するとモニカから離れる。
「ありがとう二人とも。そのニーナが作ってくれたおかゆもとってもおいしそう……」
クララは、『そのおかゆはニーナが作ったものだろうな』と一応確認する。その意図を察したニーナはクスッと笑った。
「そうだよ~。私の作った自慢のおかゆなんだから。いろいろ薬草も入れてるんだよ~ご飯の上に乗ってるのは頭痛に効くし、お湯に混ぜたのは毒を洗い流して胃を回復させてくれる。香りづけに使ったのは熱さまし、細かく刻んで混ぜたのは虫下しに効くでしょ~。それから……」
「ニーナ、内容を聞いていると、私がクララちゃんに毒を盛ったみたいに聞こえるんだけど……」
自信満々で解説するニーナに、モニカはそう言った。
「あはは! 大丈夫だよモニカちゃん。どれも隠し味や香りづけに少し入れているだけだから他意はないよ~」
そうはいっても、それならもっと簡単に手に入り、もっと楽に調理できる材料がいくらでもあったはずだ。このおかゆは残さず食べたほうがいいだろう。
「……おいし、体に染みわたるわね。朝からろくに食べてないから、これ一杯じゃ足りないくらい」
その言葉に、モニカがうれしそうな顔をする。
「本当? それじゃあまだまだ食べられるね。用意してあるご飯はこれだけじゃないから」
「……え? これだけじゃないって?」
瞬間。クララの表情が青ざめる。油断した。モニカの料理はここにないだけで、やはり用意されていたのか?
「今クララちゃん、失礼なことを考えたでしょ?」
「い、いやね。何も考えてないわよ」
モニカは一つため息をついてからばつの悪そうな顔をする。
「さすがに反省したよ。しばらく創作料理は作らないことにする。ちょっとずつ、ニーナに料理を教わろうと思うんだ。家に帰った時、お母さんに料理を食べてもらいたいし、いつかはノルベルト様にも……なんてね」
そう言って顔を赤らめるモニカはかわいらしく見えた。しかし、クララはそれに聞き返さざるを得なかった。
「で、それまでの毒見役は誰がやるの?」
「ヤダなー毒見役だなんて! 試食役って言ってよ、試食役」
(ええ、そうよ。だからその死食役は誰がやるのかって聞いてるの)
「そりゃ、もちろんクララちゃんだよ。一番近くにいるし、遠慮なく評価してくれそうだもん」
やっぱりか。クララはそう思い、うまい回避の言い訳を考えようとすると、モニカが続いていった。
「それに、私の一番の友達だもんね。やっぱり、クララちゃんにおいしいって言ってもらいたいもん」
そう言って、モニカは珍しく照れたような表情を作った。それを見て、クララは言い訳を飲み込む。
「……まったく、しょうがないわね。ただし! 私に食べさせる前に、自分も食べるのよ? いいわね?」
「はーい」
モニカが返事をして、クララはふっと笑った。
「じゃあ、行こうか。そろそろ準備もできるだろうし」
クララがおかゆを食べ終わると、モニカがクララの手をつかんで部屋の外へ引っ張った。
「ああ、さっき言ってたご飯のことね? いったいなんなの?」
クララは少し困惑しながらモニカとニーナに問うた。すると、二人は顔を見合わせてから、声を合わせていった。
「「パーティーだよ」」
* * *
「全快パーティーね……」
さすがに昼間に寝て、汗だくになった服で外に行くことはできない。クララは着替えながら、パーティーの説明を聞いていた。
クララのことを反省したモニカが、ニーナに頼んでクララのために料理を作ってもらったらしい。
本当はクララのために一品作ってもらおうという話だったが、せっかくなら親衛隊のみんなで集まって食べようということになったのだそうだ。名目はクララの全快を祝うパーティーだ。
「私が治ってなかったらどうするつもりだったのよ。それにまだ全快というわけではないんだけど?」
「その時はクララちゃん早く良くなってねパーティーだね~。ベッドに横になるクララちゃんの傍で、私たちが楽しくお食事会~」
「……ひどいいやがらせ」
クララも毒舌が言えるくらいには回復したらしい。モニカとニーナにあきれながらも、しっかりとした足取りで部屋の外に歩み出た。
会場はニーナとフレイヤの部屋だ。本当はモニカとニーナが料理を運ぶ予定だったが、途中であったエーフィとカルラが代わりに運んでくれることになった。
「ディアナはこれないそうです。その……用事があるそうで……」
エーフィは苦笑いをしながらそう言っていた。
「部屋はフレイヤが片づけてくれてるから、六人くらい十分座れるよ~」
ニーナは部屋を出ながらそう言って、自分の部屋に向かって歩き出す。親衛隊の部屋は隣接しているからすぐにつく。
すると、部屋の前にはエーフィとカルラが立っていた。手に何も持ってないところを見ると、料理は運び終えたらしい。
「どうしたの二人とも~? 部屋の中で待っていてくれてよかったのに」
ニーナはぴょんと二人の前に現れてそう言った。それに対してエーフィは遠慮がちに笑う。
「いえ……フレイヤさんが部屋の片づけをしてくれているのですが……その」
歯切れが悪い。何か言いたいことがあるのだろうが、言っていいものなのか迷っているようだった。
「どうしたの? とにかく部屋の中にはい……りましょ……」
クララの言葉が止まる。ドアの隙間から物がはみ出ている。クララは嫌な予感とともにエーフィの顔を見た。エーフィが頷き、クララはすべてを察する。
「たっだいま~。フレイヤ、みんな来たよ~」
ニーナは部屋に飛び込んだ。気分が高揚していたから飛び込んだわけではない。物をまたがなければ部屋の中にはいれなかったから飛び込んだ。
「あ、おかえり。ふぅ、六人分のスペースを作るのは大変だったよ」
フレイヤはそう言っておでこの汗をぬぐう。
親衛隊たちの部屋はそれなりの広さがある。六人くらいなら、横にならない限りは窮屈に思わない程度のスペースはあるのだ。その本来あってしかるべきスペースを作るために、フレイヤは汗を流さなければならなかった。
「お疲れさま~。さあみんなも入って! あ、入り口は物があるから気を付けてね。少しはしたないけどジャンプすると楽だよ~」
ニーナはニコニコ笑っている。その横でフレイヤも一仕事終えて満足げにほほ笑んでいる。
「と、いうわけなのですよ」
「……入れない」
エーフィは困ったように笑い、カルラは特に表情を作らずそういった。別に部屋が汚くても気にしないが、物を飛び越えるのが面倒なのだろう。
クララはプルプルと震えている。別に今になって体調が悪化したはずもない。
「ちょっと……ニーナ、フレイヤ?」
「ん~? どうしたのクララちゃん。早く来ないと料理が冷めちゃうよ? 今日はクララちゃんが主役なんだから……」
「そうじゃないでしょ! なんなのよこの部屋の汚さはッ!」
クララは耐えきれず叫んだ。その声の大きさに、こっそり耳をふさいでいたモニカ以外の全員がびくりとする。
「えっえ? き、汚い? で、でもでも、ちゃんと片付け……」
「どこが片づけてるのよ! 人が座れるように物を端に寄せただけじゃない! ドアの隙間から服がはみ出てたのよ? 何とも思わないの!?」
「ひ、ひぃ! ごめんなさいごめんなさい」
困惑しながらフレイヤが言うと、クララがそれを怒鳴りつける。フレイヤは腕で頭を守り、怯えたように謝った。
「も~、クララちゃんってば細かいな~。現に部屋には座れる場所があるんだから問題ないでしょ? 部屋ってどんな場所? 落ち着けるところだよね~。私広すぎる部屋って駄目なんだ~。だって、何もない場所って不安にならない? そこにオバケが出そうな気がしちゃうもん」
「うん! うん!」
ニーナの言葉に、フレイヤが大きくうなずきながら賛同する。ついに部屋に座る場所と寝る場所以外のスペースがなくなった時に、ニーナが考えた言い訳だった。
「何言ってるの! これだけ物が散乱してる方がよっぽど落ち着かないでしょうが! どこを見ても物・物・物! 気が休まる気がしないわよ! これだけあったら一歩動こうとするだけで気を使うでしょ? それのどこが落ち着くっていうの!」
「た……確かに……」
クララの言葉に、フレイヤが不安になる。いつしかニーナの後ろに回り込んで足をつかんでいた。唯一の味方……というか、今までずっとフレイヤの不安を晴らしてくれ続けたニーナに。
ニーナは不敵に笑い、フレイヤの頭を撫でる。
「だ、大丈夫だよフレイヤ~。私は負けない。私が勝ったら、一緒にごみを出しに行こうね~」
「ニーナ……」
フレイヤは瞳をうるうるさせてニーナを見返す。ついにごみの入った袋は四つまでたまっていた。
「い、いい? クララちゃん。ここにあるものはすべて必要なものなの。捨てていいものじゃないんだよ~。だったら、近くに置いてあった方が、いざというときすぐに手にとれて便利でしょ~? この部屋は散らかってるんじゃなくて、機能的な部屋で……」
「はぁああ?」
もはやクララは言葉を選ばなかった。声が完全に怒っている。
「機能的な部屋? どこが? 使いたいときにすぐ使えるようになんて言うのは言い訳よ! しっかりと整理して、決まった場所にしまった方がいざ使いたいときすぐ見つけられるでしょ! あなたは部屋の中を数歩歩くのすら億劫なの? 棚を開くのすら疲れるの? 元あった場所に戻すのがそんなに大変? そんなわけないでしょ! むしろ、こんなに散らかり放題な方がよっぽど不便よ。あなたみたいに機能的だなんだいって散らかり放題にしてる人に限って、いざ使いたいときに道具が見つからずにあわあわするのよ。いい? 私たちはまだ候補生ではあるけど、親衛隊なの。王族に仕え、王族を守り、王族のためになるための人間なの! それがこんなだらしない……ガミガミ! ガミガミ!」
「クララちゃんも完全復活したみたいだねー」
モニカがエーフィとカルラにそういった。クララはすっかりお説教モードに入り、言われるでもなく正座を始めたフレイヤとニーナを叱りつけている。
「……ノルベルト様を叱っているときは本当に手加減をしていたんですね。離れて聞いているのに迫力があります」
「私……部屋の掃除だけはしっかりする」
エーフィとカルラはそれぞれ感想を述べる。
「あはは! 私も本気で怒ってるクララちゃんを見るのは久しぶりかな? 慣れたものだけど、傍から見たらあんなふうに見えるんだね」
クララが本気で叱り飛ばすなど、村ではモニカぐらいのものだった。それを外から見れるのは新鮮で面白い。
クララだって、いくらなんでも他人にあんなふうに叱ったりはしないと思う。これはこれで、クララが……いや、自分たちが親睦を深め始めている証拠かもしれない。
「クララちゃんが説教をしている間に片づけをしようか。本当においしい料理だから、冷めたらもったいないよ」
「そうですね。夕ご飯もまだ食べていないことですし」
「早く食べたい」
三人はそれぞれ部屋の中にはいって片づけを始める。勝手に部屋を片付けるのもどうかと思ったが、下着すら散らかっているありさまだ。ここに招き入れようとしていたのだから、勝手に見られて恥ずかしいものなどないだろう。
「あれ……ニーナさんのお部屋には花が飾られていないのですね」
片付け途中、エーフィがそう言った。
「へえ、ということはエーフィさんの部屋にはお花を飾ってるんだ? いいね、涼しげで」
「……え?」
別におかしな返事をしたつもりはなかったが、なぜかエーフィは驚いた風にモニカを振り返る。
「モニカさんたちの部屋も花を飾っていないんですか?」
「え……うん。でもいいよね。部屋の中にお花があるのは綺麗だろうし、癒されそう」
「あ、はい。それはもちろん。……あの、管理人さんが花を飾って回っているっていう話は知っていますか?」
エーフィはまだどこか納得がいっていないようだった。何がそんなに気になるのだろうか?
「ああ、知ってるよ。この間、廊下の花瓶の花を取り換えてるのを見たもん」
「廊下……そうですよね。建物の管理人なら、当然ですよね……」
エーフィはそう言った後、考え込むように部屋の片づけを続けた。
* * *
「いい? これから私は、週に一回部屋の見回りに来ますからね。その時にまた散らかっていたら覚えてなさいよ」
クララの説教が終わると、部屋の片づけもだいたい終わっていた。六人はそれぞれコップを持ち、席に座っている。
「うぅ……ニーナの嘘つき。やっぱり散らかっていたんだ……」
フレイヤはコップをもってしょぼんとしている。途中からニーナもクララの迫力に負け、「おっしゃる通りです」と謝り始めた。それを見てフレイヤは、今までごまかされ続けていたことを知った。
「大丈夫だよフレイヤ。ドアの前に『クララちゃん立ち入り禁止』の札をかけておくから~」
「ああ? なんですって?」
「さて、それでは~……」
クララの説教を遮って、ニーナが立ち上がってコップを掲げる。
「クララちゃん全快記念兼、お部屋掃除ありがとう兼、親睦会兼、今日の訓練お疲れ様会兼、その他にも頑張っていこう会とかクララちゃん怖いねとかいろいろ含めて!」
「ちょっと、私の全快祝いのパーティーじゃなかったの?」
あまりにいろいろ入ったパーティーの名前だったので、クララが思わず突っ込む。
「いや~、これだけ料理が並んでると全快祝いだけじゃもったいないかな~って思って」
そう言ってニーナは頭をかく。クララは一つため息をついた。
「はぁ……要は騒ぎたいってことなのね。でも、あんまり長いと締まらないわよ?」
「ふむ……そうか~。じゃあここはシンプルに!」
ニーナは改めてコップを突き出す。
「これからもよろしくお願いしますってことで! かんぱい!」
「「「かんぱ~い!」」」
全員のコップがぶつかってパーティーが始まり、時間ぎりぎりまでこの日は盛り上がった。




