第四十一話『看板娘』
王族の暮らす城を囲むように広がっている城下町。
語るまでもなく、国の中での経済規模は大きく、世界の中でも有数の大きな町だ。
この街をざっと見て回ろうとするだけでも骨が折れる。ましてや隅々まで把握しようと思えば、二日や三日程度では不可能だ。
そんな街の中にノルベルトに連れられた三人の親衛隊候補が歩いていた。モニカとクララとカルラだ。
昨日ノルベルトがいきなりあらわれ、モニカ達を再び町案内に誘いに来た。
『ベルが明日時間をとれるそうだ。町にはまだまだ疎いだろう? 案内してもらうといい』
正体などとっくにばれているのに、白々しくノルベルトはそう言った。
こうして三人は再びノルベルトに連れられて街を歩いている。エーフィも声をかけられたのだが、外せない用事があって参加できなかった。
「さあついた。ここだ」
町の中でひと騒ぎした後、ノルベルトは三人をある場所に連れて行きたいと言い出した。言われるままについて行くと、ノルベルトはある料理店の前で立ち止まった。
「お料理店? ここが連れてきたかった場所なの?」
モニカはその料理店を見上げながらノルベルトに言った。わざわざ連れて行きたいというくらいだから、もっと特別な場所なのだと勝手に思っていた。
店構えを見ても、別に高級料理を出すような店には見えない。普通に町を歩いていれば、ふらっと入ってしまいそうな普通の店だ。
「気をつけなさいよモニカ。ベルのことだから、何か隠してるに違いないわ。見た目と裏腹に、とてつもなく高い料理を出すお店かもしれないわよ」
クララは鷹のような眼光をノルベルトに向けながらそう言った。
「心配性だな。ここは俺のなじみの店なんだよ。高級料理は出さないが、今日は俺が奢ってやる。気楽に食べるといい」
別に三人とも食事一つに困るほど財布の中身はさびしくない。だが、ノルベルトはそれ以上に金になど困っていないだろう。だいたいノルベルトの金というわけでもないのだろうから、変に遠慮する必要もない。
ノルベルトがドアを開いて中に入ったので、三人もそれに続いた。
「いらっしゃいませ~……って、あ~!」
間延びした声が聞こえてきて、三人は目を丸くする。見慣れた光景がそこに……ニーナが料理を持って歩いている姿がそこにあった。
「え……ニ、ニーナ?」
モニカがつっかえながらニーナの名前を呼ぶと、ニーナはニコリとほほ笑み返してくる。
「うん、そうだよ~。いらっしゃ~い」
三人が驚いているのに対し、ニーナはそこまで驚いている風はない。「この席でいいよね?」などと言いながら、テーブルの上に水を三つ用意する。
「な、なんでニーナがここで働いているのよ? 確か交代でもらえる連休で、家に一回帰るって……」
「うん。ここ、私の家だから~」
ニーナにそういわれて、三人はニーナが中央の出身だということを思い出す。実家が料理店だという話もそういえば聞いていた。
だが、ノルベルトはなんだってニーナの家の料理店を知っていたんだろう? いや、それより、ニーナはなぜノルベルトが自分たちを連れてここに来たことを問うてこないのだろうか?
「おい、ニーナ。けらけら笑ってないで、お客さんを席に案内してやれ。ベルも、せっかく連れてきた女の子たちを放置して、自分だけ席に座ってんじゃねぇ」
モニカ達が不思議がっていると、この店の店主らしき男――ニーナの父親だろう――が声を上げた。
ベルは驚いているモニカ達に構わず、さっさとカウンターの席に座って水を飲んでいた。
「ほらほら、モニカちゃん達も座る座る。ずっと立ちっぱなしだと、足が棒になっちゃうよ~」
ニーナは、困惑して動き出せないモニカ達の後ろに回り、背中を押して席に誘導する。
「注文が決まったら教えてね~? それにしても、久しぶりだね~ベル」
「ああ、久しぶり」
ニーナは視線をノルベルトの背中に移し、気軽に声をかけた。それに対して、ノルベルトも親しげに声を返してくる。
「あの、ニーナ。もしかしてベルとは知り合いなのかな?」
なんとか驚きを押し殺して、モニカがニーナに聞く。
「う~ん、知り合いっていうより、幼馴染だね。幼馴染」
その返事にモニカが声を失う。その代わりに、クララが今度はニーナに聞いた。
「幼馴染って……いったいどれだけ小さいころから知っているの?」
「え……そうだな~。初めて会ったときは私が六つくらいの時だっけ?」
「ろ、六歳ッ!?」
クララは驚いて椅子から立ち上がる。これにはニーナの方が驚いた。
「そ、そうだよ? それがどうしたの~?」
ノルベルトとニーナは同い年だったはず。ニーナが六歳の時というなら、ノルベルトだって六歳の時ということになる。ノルベルトが城の外に出て遊ぶようになったきっかけは、部下に連れ出してもらったことが原因だった。
つまりその部下は、わずか六歳の子供の願いを真に受けて、外に連れ出したということだ。
「非常識だわ……」
「えー? 六歳からの知り合いが幼馴染じゃ非常識かな~? じゃあベルとの関係は友達だよ」
「あははは」
今のやり取りを聞いていたベルが笑いだす。
「ニーナ、クララはそれこそ生まれたときから一緒に過ごしてきたモニカっていう幼馴染がいるんだ。そういう幼馴染がいるから、六歳からの知り合いでも幼馴染になるっていうのが理解しにくかっただけだよ。六歳からなら十分幼馴染と言えると思うよ」
なぜだかノルベルトが急に丁寧な口調で話しだした。いったいどうしたのだろうとモニカ達が困惑していると、ニーナがつかつかとノルベルトの傍に歩み寄っていく。そして、手が届くほど近づいたと思ったら、いきなりノルベルトにげんこつを落とした。
「「えぇー!」」
モニカとクララが声を上げて驚く。ずっと沈黙していたカルラは、さらに沈黙を深くして驚いた。
「ちょっとベル、私の前ではその気持ち悪い好青年喋りをやめてって言ってるでしょ~。鳥肌が立ちそうになるんだけど!」
ニーナは腕組みをして不機嫌そうにノルベルトを見下ろす。ノルベルトは席に座ったままふざけたように笑い、ニーナを見上げる。
「……ああ、だからそんなに腕に肉をつけてるのか。その鳥肉を料理して俺に食わせてくれるんだよな? なんなら俺が切り取ってやるぞ、二の腕あたりが重くてつらいだろう?」
「むっか~~!」
その言葉が引き金となって、二人と取っ組み合いのけんかを始めた。周りの人間は止めるどころか、待ってましたと言わんばかりに煽り立て、賭け事まで始めてしまう。ニーナの父親まで、派手にやり過ぎるなよ? と言って放置し、料理を作り始めてしまった。
親衛隊の三人だけが、わけもわからず目を白黒させていた。
「お待たせ~、冷めないうちに食べてね」
ノルベルトと喧嘩をしてボロボロになったニーナが、三人に料理を運んできてくれた。
「ありがとう、いただきまーす」
「……いただきます」
最初は驚いていたモニカとカルラも、この状況に慣れてきた。というより、驚きすぎてお腹が減ってしまい、驚きよりも食欲が勝った。今は驚くことより料理を食べてしまいたい。
「……はぁ」
一人クララだけがため息を漏らしながら考えを巡らせていた。
たった今のやり取りを目にして、ニーナはベルがノルベルトであるとは気づいていないことを理解した。城でのニーナは、他の親衛隊たちと同じくらいノルベルトには緊張していたし、敬意を払っていた。
そのニーナが目の前でノルベルトとどつきあいの喧嘩をしたのだ。ノルベルトだと気づいているはずがない。
(私も最初は気付かなかったわけだから人のことは言えないけど、それだけ長い間一緒にいて気づかないのはどうなの?)
クララは頭を抱えて料理を見下ろしていた。
「ベルってね、暇を見つけては候補時代の男の親衛隊を連れてうちに来てたんだよ。だから、いつかは モニカちゃん達を連れてきてくれるんじゃないかな~って思ってたんだ」
「あ、それで最初私たちがお店に入ってきたとき驚いてなかったんだ」
モニカは納得して手を叩く。ニーナはそれに微笑んでからノルベルトを見た。
「それにしてもベル。城の中ではどこに住んでるの? ノルベルト様とすらすれ違ったことがあるのに、ベルとは一回もすれ違ったことがないよ? ノルベルト様は小心者な上寂しがり屋だから、常に自分を傍に置きたがるとか言っていたのは誰?」
「……寂しがり屋? 臆病?」
カルラが眉をひそめながらニーナに問う。
「びっくりでしょ~。他にも、怖がりで甘えん坊で、城の中では自分と一緒の時じゃなければ部屋から出ても来ない。だから自分はノルベルト様のことを一番よく知ってる。だから国民の前には姿を見せないんだ~とか言ってたんだよ。本物のノルベルト様を見てびっくりしたんだから」
大嘘だ。三人は瞬時にそう心の中で呟く。
「というよりニーナ。むしろあなたはそんな嘘を真に受けてたの? いくらなんでも嘘くさいと思わなかった?」
クララがちびちび料理を口に運びながらそう言う。
「だ、だってベルは本当に国の人と一緒だったし、親衛隊候補の人だって連れてたんだよ~? そのベルが言うんだから信じるのも無理ないでしょ? みんなもそうだよね~?」
ニーナは視線を泳がせて、店の常連らしい客に声をかける。
「いや、俺は信じてなかったぜ?」
「建前と本音ってやつがあるだろ? ニーナちゃん」
「へったくそなごまかしだなーと思って聞いてたよ、俺は。普通知られちゃまずい本当の理由を隠してるって思うだろ?」
「むしろ、真に受けて聞いてたニーナちゃんが面白くて話を合わせてただけだよな?」
「「「そうそう。ははははは!」」」
客たちは声を合わせて爆笑する。その笑い声を聞きながらニーナはプルプルと震えた。
「み、みんなして私を馬鹿にしてたっていうの~! くぅ、看板娘の私を馬鹿にして楽しいわけ~?」
それを聞いて客たちはさらに笑う。
「自分で看板娘だっていうほど滑稽なこともねーな。いったいどこにニーナちゃんの看板があるっていうんだい?」
「そ、それは……そうだ、カルラちゃん!」
ニーナはカルラの腕にすがり、カルラに向かって手を合わせる。
「私の絵を描いてくれない? できるだけ大きく」
「……いいけど」
カルラはそう言うと道具を取り出して絵を描き始めた。ニーナの表情がパッと明るくなる。
「ありがとう~。多少美化しても構わないよ。魅力二割増しでね!」
依頼を受けたカルラは、少し考えた後親指を立て、きりっとした表情を浮かべてニーナを見る。まかせろという意味だろう。
「っで、それを店に飾ろうっていうのか? 恥ずかしくないのか? カルラに捏造させてまで」
カウンター席に座ったノルベルトが、ニーナを振り返りながらそう言った。
「ふーん、エセ好青年様には何も言う資格なんてないよ~だ。聞いてよみんな。ベルってば男のくせに猫かぶってるんだよ。素はもっとガサツな人間なんだから」
そりゃ、正体はノルベルトだもんな。三人の中で心の声がそろう。本当は王族なのだ、猫をかぶっているなんてものじゃない。
「なんかわかるわ。それ……」
クララはジト目でノルベルトを見ながらそう呟く。
「あ、分かる~? ほら、ベル。鋭い女の子にはばれちゃうんだよ。好青年のほうが受けがいいからってキャラ作らないでよね~。地方で好青年気取って女の子をひっかけようとしている姿が目に浮かぶよ」
「俺の恋人はノルベルトだからなー」
そう言ってベルはくすくすと笑う。
「ふん、もうだまされないから。親衛隊の子たちで言うならだれが好みなの? ほらほら、誰がお気に入りなのか言って御覧~?」
その時モニカは動きを止めて聞き耳を立てた。話の流れでふざけあっているだけなのはわかっている。
だがそれでも、たとえ冗談だとしても、そこで自分の名前が出てきたなら嬉しい。そう思ってモニカは次のベルの言葉に集中する。
「そうだなー……」
ノルベルトはためた。そしてニヤッと笑ってから名前を言った。
「ディアナ……かな?」
その時、確かに三人は少し身じろぎした。あまりに予想外の人間の名前が出てきたから、一瞬呼吸すらも忘れてノルベルトを見る。
しかし、ノルベルトはまるで緊張していない風で続ける。
「それかエーフィ……あー、後はあまり会ったことすらないけど、フレイヤもいいなー」
「あー! ここにいない人間の名前を挙げてはぐらかそうとしてる。ずっこ~い!」
そう言ってニーナは、またポカポカとノルベルトと軽くどつきあいを始める。
「……ほ」
「よかったわねモニカ」
胸をなでおろすモニカに対し、クララがいじるような口調でそう言った。
「ク、クララちゃん? よ、よかったわねって何が? わ、わわわ私は別に」
「……できた」
慌てふためいて弁解しようとしたモニカの声は、カルラの言葉で遮られた。
何ができたのだろうと一瞬考えたが、そういえば先ほどニーナがカルラに絵の依頼をしていた。カルラは絵を描くのが恐ろしく速いから、もう描けてしまったのだろう。
「あ、もう描いてくれたの~? ありがとう」
ニーナがニコニコしながらカルラに近づき、依頼した絵を受け取る。そこにはしっかりニーナの絵が描かれていた。
「おー、かわいいかわ……い……い?」
カルラが手渡してきた絵には、料理を両手に持ち、ウインクしながら店の中を歩くニーナが描かれていた。それは確かに、ニーナの明るくほんわかした性格がよく読み取れる絵だった。
ニーナもその出来に満足し、上から下に流すようにその絵を見た。しかし、ある一部分で目が留まり、声も止まった。
「えーと、あのカルラちゃん? これは~?」
カルラに絵を見せながら、ニーナは目を止めた部分を指差してカルラに問うた。
ニーナが指をさしたのは胸の部分。別にニーナは胸が小さい方ではない。だが、明らかに描かれたニーナの胸の大きさは、実物より盛られていた。
「……魅力……二割増し!」
相変わらず返事は簡潔なのに、いつもより気合がこもっていた。
「あ、いや、私が言ったのは女の子としての魅力を二割増しにしてほしいって言ったんだよ~? 別に胸の大きさを二割増しにしてほしいとは言ってな……」
「何を言っているんだよ看板娘!」
ニーナが困惑気味にカルラに指摘しようとすると、それを邪魔するように客たちの声が響いた。
「女の魅力って言ったらすなわち胸だろ? 何を言ってるんだ看板娘は?」
「まったくだ、胸の大きさは、間違いなく女性としての魅力と直結する」
「そうだぜ。看板娘の胸が本当に看板だったら、集客力ゼロだぞ? ゼロ。本音と建前の話をさっきしてやっただろうが」
「あんた……若いのにわかってるぜ。飲んでくれ、ジュースだけどな」
男の客たちは口々にカルラの絵を褒め、カルラに飲み物を渡した。どんな理由でも、絵を褒められるのは嬉しいのか、カルラは誇らしげにそれを受け取った。
「……馬鹿ねぇ。男って」
クララは料理を食べながら、軽蔑のまなざしを男たちに向ける。そんなクララの肩を、ちょんちょんとつつく指があった。
クララが振り返ると、そこには涙目のモニカがいた。
「……ねえクララちゃん。胸の大きさが女の子の魅力だっていうなら、私の魅力ってゼロなの?」
「……」
(馬鹿は男も女も考えることが同じなのね……)
クララは一つため息をついてから親友の肩を叩いた。
「大丈夫よ。小さいのが好きって人もいるんだから。それにほら、ベルはさっきのばか騒ぎに混ざってなかったでしょ?」
「そ、そうか! そうだね」
モニカは元気を取り戻してノルベルトに顔を向ける。ニーナがノルベルトのそばで悪態をついている最中だった。
「まったく~、これだから何十年たっても乳離れできない男どもは~」
ニーナは口をとがらせて怒っている。そして不意にノルベルトに視線を向けた。
「ところでベル? さっきはちょうど口に物が入っていて参加できなかったみたいだけど、そうじゃなかったらなんて言っていたの~」
ノルベルトは水で口の中のものを流し込み、頬杖を突きながら言った。
「大きいにこしたことないだろ……何を言ってるんだお前は」
「……はぁ~」
ニーナはだめだこりゃという風に両手を広げてからモニカ達のところにやってきた。
「男ってやだね~。女の子同士でお話ししようよ。追加注文とかある~?」
「……牛乳」
「え?」
モニカは低い声でそう注文する。クララはおでこに手を添えて苦笑いをしていた。
「牛乳ッ! このお店にあるだけ全部! 飲み干して見せるからぁああああ!」
カルラがそのそばで、今度はモニカに注文された絵を描いていた。
魅力十割増しと言われたのだが、ゼロには何をかけてもゼロだということをモニカは知らない。




